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ニアミステイカー  作者: 三月透
武争少女
1/12

001

 神に魅せられ魅入られた高校一年生の夏休みが明け、それから半月を何事もなく過ごしてきた古谷欠は──ある日隣の席の少女、門倉御前の秘密を知ってしまう。

 冷たく鋭い彼女は──まさかの《鉄塊》!?

 紛い物共が語り継ぐ、間違いだらけの怪異譚!

 『武装して、争うきみは《れいてつ》だ。』

 ()(がい)市立盈月(えいげつ)高等学校において門倉(かどくら)()(さき)が与えられている立ち位置は、俗的に言ってしまえば深窓の令嬢である。

 病院に行くためという理由で学校を早退し、体調が優れないという理由で年中行事を休み、いつしか彼女は《学校一のワケありお嬢様》と──《絡繰(からくり)小町》と、《アイアンウーマン》と、そう呼ばれるに至ったのだ。

 と言っても、彼女がこの高校に入学してから、一年と経過してさえいないため──それら数々の二つ名の歴史は、当時中学生だった彼女の光輝く煌びやかな二年半に(くら)べてみれば、まだまだ浅いと言っていいだろう。

 鉄の女──名は体を表すとはよく言うが、まさか(あだ)()までもが彼女の本質を示唆していたとは、(みょう)(たい)()()の阿弥陀如来も吃驚(びっくり)の伏線回収である。

 ──まあ、それもまた間違いなのだろうが。

 さて、話を戻すと。

 僕はその門倉御前という人間と、逆夢のような入学式から、地獄のような夏休みを経て、今日この日の九月十五日まで机を並べている。

 それこそ、何かの偶然か運命か作為か悪意か知らないが──僕と彼女の席が、いつまで経っても隣同士だったりするのだけれど。僕の学級に席替えをする慣習がないというだけなのかも、僕には定かではないが、とにかく彼女は僕の右隣に──最後列、窓際、左端の、所謂(いわゆる)主人公席に静座する僕の、その右隣にある席に()()()()()()

 それでも、僕が彼女について最大限の見識を振り絞って話そうと思うと、それは薄っぺらいA4用紙一枚に──四百字分の原稿用紙一枚に収まってしまうほど、僕は門倉御前のことを何も知らない。

 いや、何も知らないというのはいささか誇張が過ぎる。

 いくつか彼女の情報を挙げるとするのならば。

 彼女はボードゲームが好きだ。

 中でも特にのめり込んでいるのは将棋だ。

 読む小説のジャンルは小難しい海外文庫からなんともハッピーファンシーな表紙のライト文芸まで幅広く、かなりの(らん)(どく)派だ。

 甘い菓子を好み、逆に辛味だったり酸味だったりは大の苦手だ。

 勉強はよくできる方で、学級内での成績はトップクラスだ。

 彼女が友達と呼べるだけの存在は、僕の知る限りでは一人としていないようで──そのせいか、はたまた故意に為した状況か、彼女は大抵いつも一人だ。

 彼女は鉄のように冷たく、鋭く、重たく──それでいて、剣呑(けんのん)な目をした少女だ。

 懐にカッターナイフを常備していて、平生臨戦態勢だ。

 そして、彼女は。

 (まご)うことなき、間違うことなき──鉄の少女だ。

 花の十代を原子番号26の金属元素呼ばわりとは一体何事かと、僕自身でさえも耳を疑いたくなるが、これは真実である。

 正しく、正確で、適正の──事実。

 耳だけでなく、目も疑いたくなるほどの。

 いっそ覆ってしまいたくなるほどの、悲壮な秘密。

 門倉御前が誰とも関わることなく、誰の助けも借りることなく、地獄のような一年半を過ごす発端となった──欠損。

 日常から切り離された彼女の。

 あまりにも、人間のそれとは乖離している──彼女の姿。

 かけ離れて。

 欠けて──離れた。

 だからこそ、同時に満ち足りていた。

 《足》の頭に付属する漢字が過か不か、それとも充なのか、そんなことは今更気にするようなことでもないのだけれど。

 とにもかくにも、僕はその門倉御前が抱える秘密を──鉄のように冷たい彼女を、これ以上ない最悪な形で知ってしまったのである。

 少なくとも、この僕が住む世界ではの話だが。

 もしかすると、僕と彼女はお互いの秘密を吐露する必要もなく、未来永劫の将棋仲間になっていたのかもしれない。

 もしかすると、僕と彼女は相互に心のわだかまりを残したまま、全幅の信頼を置く仕事仲間になっていたのかもしれない。

 もしも、もしもこの僕が、この盈月高等学校での残り二年半を普通に過ごしても構わなかったのなら──もしかすると、僕達は僕達の秘密や真実を知ろうともせず、ただそこに僕と門倉御前が存在しているだけの、そんな希薄で希釈したかのような関係で終わっていたのかもしれない。

 けど、もう起こってしまった。

 取り返しはつかなかった。

 僕達は間違いに間違いを重ね、そしてこんな最悪の、あるいは最良の結果にたどり着いた。

 そう、最良。

 僕がその選択をするにあたって、それが正しいことだったのか、それとも歴とした間違いだったのか、僕にはまるでわからない。

 一つだけ、そこに確かな正しさがあるとすれば──僕が門倉御前と階段で衝突し、そしてその時、彼女の身体がどれほどまでに硬く、冷たく、重たいかを認知したということだけが。

 それだけが、正しく間違っていた。

 間違いなど、端からあってないようなものなんだろう。

 そう──間違い。

 これは、僕達の──間違い共の、物語。

 忘れてはならないもの。

 忘却を禁じた、黙示録。

 棄却を禁じた、備忘録。

 まずは一章飛ばして、門倉御前との記録を語るとしよう。

 鉄の少女。

 心身冷ややか、冷鉄少女。

 ──さて、結論から言うと。

 彼女、門倉御前の身体は──硬く、冷たく、そして重かった。

 傷付かないほど、硬く。

 触れられないほど、冷たく。

 動けないほど、重たく。

 もう少し、掘り下げよう。

 彼女は、他でもない彼女自身の希望によって──鉄の塊と化してしまったのである。

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