第27話 悪魔ノ狩人
ヨヅナ決着の五分前――。
地面が裂け、灼熱の炎柱が無数に噴き上がった。
暴風が荒れ狂い、建物の屋根も木々も何もかもが吹き飛ばされていく。
「この程度かしら!?」
アスタロトが嗤う。
「翠冷 ”夜嵐”!」
「”蛇腹猛炎鎖”ッ!」
放たれた無数の炎の鎖がアキラの技を切り裂き、かき消す。
アキラは舌打ちし顔をしかめた。
やっぱ相性最悪だな。
風が炎に散らされてちゃ意味ねぇ。
「はぁー……」
クソデカため息が漏れる。
その瞬間、南砦の方角で”紅黒い光柱”が天へ昇った。
アキラはそれを横目で見て、ふっと笑う。
「あれは……」
アスタロトが何かを言いかけた瞬間、アキラはメイスを大地に突き刺し、深く息を吸い込む。
「”悪魔ノ狩人”」
翡翠の光柱がアキラの身体を包み込む。
やがて、その中から金属が噛み合うようなガコン…ガコンッという重い音が響き始めた。
「……なに?この気配…誰?」
光柱を割って伸びた腕がメイスを掴み、そのまま引き抜く。
ガシャン…ガシャン…と鉄靴の足音を鳴らし、アキラが姿を現す。
その姿は先程とはまるで別物だった。
長く黒い外套をまとった狩人のような装束に、革のベルトや金具が胸元を締め、全体的に暗く重厚な雰囲気を放つ。
が、腕と脚にだけ金属鎧を備えており、軽装の戦闘服とも見える。
頭頂部と顎には黒光りする鉄板のようなパーツ…
露わになった素顔は鋭い眼光を帯び、まるで狩人の獣。
「アスタロト…。お前はここで殺す。」
ガコン!と音を立てて頭頂部の鉄板が閉じる。
顔面を覆うそれは、“カラスの嘴”のように見えた。
「貴方…誰なの?私のアキラちゃんを返して欲しいんだけど?」
「寝言は寝て言えよ。今、お前の目の前にいるのは紛れもなく“俺”だ。」
突風が咆哮のように吹き荒れ、炎柱を一瞬で掻き消す。
「…!?この風、どこかで……」
アスタロトが何かを思い出そうとした刹那、メイスが彼女の腹部に突き刺さる。
「翠冷 ”山籟ノ猟師”!」
「がっ……!?」
アスタロトは翡翠の閃光に包まれ、凄まじい勢いで地面へ叩きつけられた。
大地を抉りながら、北の砦へ向かって吹っ飛んでいく。
巻き込まれた建物は軒並み倒壊した。
「久しぶりすぎて加減を間違えたな。村長に謝らないとな……」
そう呟きながら、アキラはゆらりと歩き出す。
「アァァァァ!!!」
瓦礫を吹き飛ばし、アスタロトが怒号と共に現れる。
腹部の痛みが酷い。
普段なら即再生する傷なのに…治らない。
なんなのよ……!?
これ、私の知ってるアキラちゃんじゃない!
あの金属音と、この“風”…絶対に知ってる。
思い出せ!
どこで…誰……?
そして、ひとつの結論に達する。
「まさか……」
アスタロトの声が震える。
あの子、とんでもない“奴”と契約したわね…!
「いたいた。」
アキラが見下ろすように笑う。
「貴方……まさか、“悪魔ノ狩人”と契約したの!?」
「…?契約……?」
アキラが、本気で分かっていない顔をした。
アスタロトは思わず固まる。
契約…してない……!?
「信じられない……!」
「俺は創太と違って、“こいつ”と話したことがないんでね。」
アキラは自分の胸を親指で指す。
そして、小さく呟いた。
「ヨヅナも同じだったか……」
アスタロトは剣を構え直す。
「じゃあ何故そこまでの力を!?それにこの傷…悪魔ノ狩人の能力じゃない!!」
「知らねぇよ。聞きたきゃ本人に聞いてみろ。」
メイスに冷たく鋭い突風が収束していく。
それは、これまでのアキラでは絶対に出せなかった火力だった。
鋭く、冷たく、重い風。
アキラが踏み込み、突風が放たれる。
「翠冷 ”深山颪霜風”!」
「”蛇腹防炎鎖陣”ッ!」
炎の鎖の壁が立ち上がり、突風と衝突する。
爆風が村を吹き荒れ、周囲の建物が粉砕された。
アスタロトは悟る。
逃げ場はない。
アスタロトは歯を食いしばり、耐える覚悟を決める。
だが――。
風に乗って短剣が飛来し、アスタロトの肩に突き刺さる。
「……っ!?」
風圧で飛んできた……?
…いや違う。
短剣を抜こうとした瞬間、アキラが目の前に出現する。
「は…!?どうやっ……!!?」
「この距離なら防ぐ術がないよな?」
メイスには先程よりもさらに強烈な突風が宿っていた。
「翠冷 ”稲佐風一陣”!」
翡翠の閃光がアスタロトの身体を縦に裂いた。
「ガハッ……!」
血を大量に吐き崩れ落ちる。
身体は灰へと変わり始める。
「予想外……だった、わ。あなたに、そんな力が…なんて……」
「隠してきたからな。この姿を知ってるのは、キマリスと村長……」
少し言い淀む。
「…そして“アスタロト”だ。」
「……!」
灰に変わるその瞬間、アスタロトの頬を一筋の涙が伝う。
「嬉しい…わ。残念なのは、私が“初めて”じゃ…なかった……こと、ね………」
そう呟いて、アスタロトは完全に灰となった。
――ごめんなさい、バエル様。
貴方の願い…叶えられそうにありません……
意識が闇に落ちていく。
『何をしてる……?』
ドクンッ。
アスタロトの結晶が、不気味に脈動し始めた。
『僕の“ため”に働く…そういう“契約”だったよね?』
ドクンッ、ドクンッ――。
脈動が速くなる。
『契約はまだ……終わってないよ?』
ドクンッドクンッドクンッ!!
消えたはずの灰が結晶の周囲に留まり、集まり、形を成す。
その灰は巨大な“生物”の輪郭を描き始めた。
「……?なんだ?」
アキラが眉をひそめる。
灰の形は徐々に色づき、肉と骨を形作り――。
一軒家よりも大きな怪物が完成した。
「いったい…何が……」
アキラの言葉を遮り、怪物は咆哮を上げる。
その姿はまさに――”ドラゴンゾンビ”。
アキラの脳裏に“退避”の指令が走る。
アスタロトは紫と黄緑の混じった毒々しいブレスを吐いた。
アキラは跳躍して回避するが、死角から尻尾が薙ぎ払う。
「ガハッ……!!?」
肋骨が嫌な音を立て、アキラは砦付近まで吹き飛ばされた。
瓦礫が降りかかり、その下敷きになる。
「くそ……が……」
吐き捨てるように呟き、そのまま意識が闇に沈んだ。




