第26話 地獄ノ大総裁
「暇やな……」
南砦の外の地面にだらしなく座り込んでいたヨヅナがぼそりと呟く。
が、何かを感じ取ったのか素早く立ち上がった。
「居たよ、”サブナック”!あの人間じゃない?」
「”フォルネウス”…あまりはしゃぐものではない。相手はサロスが”認めた”人間だ。油断してはいけない。」
そこへ、二体の悪魔がこちらに接近していた。
一体は騎士のような悪魔。
会話の内容からして”サブナック”だろう。
もう一体は、ヨヅナやアキラたちと同じくらいの年頃に見える悪魔”フォルネウス”。
二体は近くまで来ると、足を止める。
近くで見ると、その姿がはっきりとわかる。
サブナックは水色の鎧に獅子を模した兜を被り、翼も尻尾も持たない。
フォルネウスも同様で、鮫の頭骨と兜を合わせたような被り物をし、軽装の鎧を着ていた。
「フォルネウス、村に侵入し、村人たちを扇動しろ。内乱を起こせ。」
「……? そんなことしなくても、俺ちゃんが殺して回った方が早くない?」
「一理あるが、それはお前らしくないだろう?」
そう言われたフォルネウスは、少し考える素振りを見せる。
「確かに、俺ちゃんらしくないな。殺して回ったらすぐ終わっちゃうし……。それより、お互いに殺し合ってもらった方が”目の保養”になる!やっぱ頭いいね!」
ウキウキと話すフォルネウスに、サブナックがフッと笑う。
虫唾が走った。
なんやこいつら……僕の前で
「舐めとんとちゃうぞ、コラァ!!」
それまで黙っていたヨヅナがブチギレる。
おでこに青筋を浮かべ、糸目だった目をかっぴらき、紅い瞳が殺意を宿して二体を睨んでいた。
そのヨヅナを見たフォルネウスが、一歩後退る。
「フォルネウス、予定変更だ。この人間を我々で片付ける。いいな?」
「あぁ……ちょっとビックリしたけど、面倒くさそうなこいつから殺っちゃおう。」
サブナックは腰の左右に装備した二振りの長剣を抜き放ち、フォルネウスは四本の短剣を器用に構える。
「二対一だけど……大丈夫? 俺ちゃんたちと殺り合える?」
「黙れ。次その口開いてみ。斬り刻むで……」
「こっわ……」
フォルネウスが小さく呟いた瞬間
ヨヅナは抜刀し、目にも止まらぬ速さでフォルネウスの首へ斬りかかる。
鈍い音が響いた。
「……!へぇ…今日で二度目やわ。止められるんは。」
「確かにサロスが認めるだけはある。だが…”速い”だけだ。」
サブナックの二振りの長剣が、ヨヅナのブレードを受け止めていた。
その隙を逃さず、フォルネウスが背後から飛び出し、四本の短剣を投げ放つ。
「”銀鮫”!」
投擲された短剣は銀色の鮫へと変わり、ヨヅナに襲いかかる。
それを見てヨヅナは回避し、標的をフォルネウスに定めて斬り込んだ。
「”導火一閃”!」
「まだわからないか、人間……!」
またもサブナックが受け止める。
「チッ……!」
舌打ちをした瞬間、フォルネウスの姿が視界から消えていた。
「”銀鮫”!」
再び――投擲。
今度は察知が遅れた。
左脇腹、右肩、右太腿に銀鮫が食らいつく。
「くっ…!」
食らいついた鮫はそれだけでは終わらず、肉を食い破っていく。
「ガハッ……!?」
口から血を吐き出し、ヨヅナは膝をついた。
その様子を見て、フォルネウスが歓喜の声を上げる。
「俺ちゃんのは一度食らいついたら、食べ尽くすまで離れないんだ!より深く中へ食い破っていく!生きたまま食われる感覚、存分に味わいなよ!」
ヨヅナはブレードを地面に突き立て、銀鮫を引き抜こうとする。
「無駄だって!取れないよ!」
ブチブチッ……と、肉を引き裂きながら銀鮫を引き抜く。
最後の一匹を地面に叩きつけ、グシャッ……と踏み潰す。
身体はボロボロ。左脇腹からは内臓が少し覗いていた。
「……ぷふッ! あははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
常人なら気を失っていてもおかしくない。
だが、ヨヅナは笑いながら立ち上がっていた。
砦の影がヨヅナと重なる。
その影と重なった姿はまるで”悪魔”のようだった。
「なんか不気味だね、あの人間……」
「……油断するな、フォルネウス。ああいう人間は、何か”奥の手”を持っている。」
「はぁ……いてて……せやで。見せたるわ、僕の”奥の手”を。」
ヨヅナはブレードの柄に手を当て、深く息を吸う。
「”地獄ノ大総裁”!」
赤黒い光柱がヨヅナを包む。
「なぁ、サブナック。あれって……まさか……」
「そのまさかだ。驚いたな……あの”女帝”が、人間の身体を乗っ取れなかったとは……。」
赤黒い柱の中から、ヨヅナが姿を現した。
その姿は先程とは一変し。
口元まで隠れる漆黒のコートをまとい、左肩には金色の獅子を象った肩鎧。
髪はそのままだが、毛先が黄金に輝き、漆黒の角と尻尾が生えている。
口元から上は獅子の頭骨を被り、紅い眼光が兜の奥で光った。
ヨヅナはブレードを地面から引き抜き、静かに納刀して構える。
「来るぞ、フォルネウス!」
「あぁ…わかってるよ!」
フォルネウスは短剣を投げ放ちながら後方へと下がった。
「”銀鮫”!」
「居合 六刀 ”粉塵紅蓮火”!」
ヨヅナのブレードから紅く輝く粉塵が撒き散らされ、飛来する銀鮫たちがそれに触れた瞬間。
ボボボンッと連鎖的に爆発が起こる。
炎と衝撃に呑まれ、銀鮫たちは次々と爆散していった。
「なんだそれっ!?」
叫ぶフォルネウスを無視し、ヨヅナは素早くブレードを納刀する。
「居合 四刀…」
その声と共に、ヨヅナの姿が掻き消える。
瞬きする間に二体との距離を詰めていた。
「……!」
何かを察知したサブナックが前に出る。
「”雷光火車”!」
雷の閃光が走り、その軌跡をなぞるように燃え上がるブレードの炎が通過する。
赤と黄が混じる輪を描いた。
「”蒼白ノ加護”!」
サブナックの身体が青白く輝き、ヨヅナの一撃を”身体”で受け止める。
「……硬いやん。」
舌打ち混じりに言って距離を取るヨヅナ。
その時、サブナックは鎧に亀裂が入っていることに気づいた。
まさか、加護を纏った我の鎧に傷を……
もし剣で受けていたら砕けていたな。
この人間は…我の手には余る。
「フッ…。」
兜の下で、誰にも見えぬ笑みを浮かべるサブナック。
「…?サブナック?」
フォルネウスが不審げに呼びかけるも、返事はない。
「逃げてもええんやで? まぁ、地の果てまで追うけどな。」
ヨヅナは冷ややかに笑う。
たじろぐフォルネウス。
動かないサブナック。
緊迫した静寂が三人の間に落ちる。
その沈黙を破ったのは、サブナックだった。
兜を外し、地に落とす。
傷だらけの顔、無精髭、水色の短髪に黒い悪魔の角。
金色の瞳には、確かな闘志が宿っていた。
地に落ちた兜を踏み砕くと、砕けた破片が両腕に吸い寄せられる。
金属片は瞬く間に形を変え、水色の小盾となった。
「退くな、フォルネウス。立ち向かう時だ。」
「…サブナックがそう言うなら、俺ちゃんも乗るしかないね。」
フォルネウスもまた頭骨の兜を外し、地に落として踏み砕く。
人の姿が変化していく。
二足歩行から四足へ、脚が尾びれへと変わり、腕は胸びれに。
ゴキゴキッと、骨が軋む音が響く。
「ゴアァァァァァァァァァァァァッ!!』
フォルネウスが咆哮を上げた。
その姿は宙を泳ぐ”銀色の鮫”となる。
鼻先と鰭は刃のように鋭く、金色の瞳が光を宿す。
日光を反射する銀の鱗は、触れるものを切り裂く。
『オレちゃん……本気モード!』
そう言って地面へドプンッと潜り込む。
「行くぞ、フォルネウス!」
『”銀鋼・斬鮫”!!』
サブナックが駆け、地面下ではフォルネウスが背びれを突き出しながら猛スピードで泳ぐ。
全身が刃と化し、銀色の弾丸となる。
「まずは”魚”からやな…。」
ヨヅナはブレードを地に突き刺すと、刃がボウッと発火する。
「居合とちゃうけど、いけるやろ。」
ヨヅナの周囲に漁火のような光が一直線に現れる。
フォルネウスが一瞬、目の前に出現した漁火へと意識を向けた。
『…?なんだ……?』
「避けろ!フォルネウス!!」
「居合 五刀 ”不知火”!」
サブナックの叫びより早く、炎熱が地を走る。
漁火を伝って爆炎がフォルネウスに襲いかかる。
『しまっ――!?』
気づいた時には遅かった。
炎が鮫を包み、焼き裂き、燃え尽くす。
『ゴアァァァァァァ……!!!』
「フォルネウスッ!!」
「まずは……”一匹”や。」
ヨヅナの口から蒸気のような煙が立ち上る。
「”蒼白ノ加護”!」
青白いオーラを纏い、フォルネウスへ力を送るサブナック。
だが、ヨヅナを睨むその瞳は鋭く細められていた。
さっきより”火力”が上がっている。
何か仕掛けがあるのか?
瞬間的に火力を上げる”能力”…?
いや、こいつはもっと厄介な……
「なに考えてるんや?」
「……!」
金属が激しくぶつかり合う音。
ヨヅナが斬りかかり、サブナックは咄嗟に双剣で受け止める。
だが、先程とは違い押されていた。
「貴様…何をした!」
「言わなあかんのか?もうすぐ死ぬ奴に。」
「舐めるな!!」
ガギィンッ!とサブナックがヨヅナのブレードを弾き上げ、右の長剣を振りかぶる。
蒼く黒い光が走る。
「”蛆湧斬剣”!!」
ブゥンッ…!どこからか響く音と共に、ヨヅナの身体がさらに速くなる。
サブナックの一撃を躱し、宙を舞うブレードを掴む。
納刀…そして
「居合 一刀 ”導火一閃”!」
紅い焔の閃光が空を裂き、サブナックの首を狙う。
迎え撃つサブナックの双剣が輝く。
「”蛆湧双斬剣”!!」
紅と蒼がぶつかり合い、爆ぜる。
衝撃で大地が揺れ、砦の壁が砕け、フォルネウスの身体が吹き飛んだ。
互いに咆哮を上げ、刃と刃が拮抗する。
その時、ビキッと音が鳴る。
亀裂が入ったのは――サブナックの双剣だった。
「……!」
二本の剣は砕け散る。
「僕の勝ちや!」
ヨヅナが勝利を確信した、その瞬間。
「…まだだッ!!」
サブナックは両腕の小盾を前に出し、ヨヅナの刃を受け止める。
「”強固たる城”!!!」
蒼白い光を纏ったサブナックが立ちはだかる。
ヨヅナは息を呑んだ。
僕は今、”城”を斬ろうとしとるんか……?
さっきまで脅威とも思わんかった悪魔が……今は城に見える。
これが、こいつ”本来の力”……!
いま出せる最高火力をぶつけな……こいつは倒せん。
『……なら、どうする?』
頭の中に女性の声が響く。
決まっとるやろ……!
不敵に笑い、ヨヅナは技を納刀した。
鞘の中で炎が漏れ出し――瞬時に抜刀。
「居合 七刀 ”熾烈火焔”!!」
轟音と共に紅蓮の焔が迸る。
燃え盛る火炎がサブナックを斬り裂き、城のような防御を焼き崩す。
「ば、馬鹿な……!!」
焔が彼を包み込み、遠くへ、遠くへと吹き飛ばした。
爆炎が弾け、光が空を照らす。
ヨヅナはその場に膝をつき、腕を天に掲げる。
「…勝った……!」
荒い息を吐き、蒸気のような煙を口から漏らす。
そして――プスン、と何かが切れた音がした。
「あぁ……しんど。もう動けん……。」
ヨヅナの身体が”地獄ノ大総裁”の姿から、元の姿へと戻っていく。
「あとは、アキラと創太に…任せる……」
そう呟いて、ヨヅナは静かに眠りについた。
『…生き、てる……?」
人の姿へ戻ったフォルネウスが、自身の身体を見下ろす。
焼け焦げた地面、消えた炎。
だが、身体は…生きている。
「…なんで……?」
よく見ると、身体の周囲を薄い蒼白いオーラが覆っていた。
「サブナック……!?」
周囲を見渡すが、友の姿はない。
いるのは先程まで戦っていた人間ただ一人。
その人間は地に倒れて動かなかった。
普通なら”勝った”と思うだろうが、今はそう思えなかった。
サブナックが……殺られた!?
俺ちゃんが余所見なんかしてたせいで……。
ごめんよ……。
その時、気づく。
サブナックの結晶が無い。
焼け焦げた草木が道のように続き、その先から微かに友の気配。
負けたが、死んではいない!
フォルネウスは立ち上がり、焼けた道を進む。
だが、身体は思うように動かない。
片足を引きずりながら、ゆっくりと――。
「待ってろ…いま助けに……!」
その瞬間、サブナックの気配が消えた。
「うそ…うそうそうそ……ッ!?」
「嘘じゃない、これが現実。」
黒い羽根が空から舞い落ちる。
フォルネウスが空を見上げた瞬間、絶望が走った。
「な、なんで…!?なんで”お前”がここに……!!?」
「ん?あー…ただの暇つぶし。」
黄金の剣がフォルネウスの身体を貫く。
「あ、が…サ……サブナッ………!」
無数の黄金の剣が降り注ぎ、身体を蜂の巣に変える。
フォルネウスは灰となり、結晶を残して風に散った。
黄金の剣は眩い光に変わり、消える。
黒い翼の”悪魔”がゆっくりと地に降り立ち、遠くの村を見据えた。
「久しぶりだなぁ……元気にしてるかな?あの”老いぼれ”。」
黒い翼を翻し、空へと消えていく。
残されたのは、フォルネウスの結晶と幾つもの黒い羽根だった。




