第25話 噴水
村の中央に位置する“噴水広場”。
そこに創太とアキラは、これから来る“不届き者たち”を待ち構えていた。
二人の間にはどうしようもない気まずい沈黙が漂っている。
「……」
「……」
気まずいよォ…!
話の切り出し方もわからないし、しかもこれから“柱の悪魔”たちと戦わなきゃいけないっていう緊張感で息が詰まりそうだよ!
あぁ…せめてヨヅナがいてくれたら……
「なぁ…あの時のこと本当に覚えてないのか?」
と、アキラが急に口を開く。
振り返るその肩が大きく揺れた。
「……あの時?」
砦での出来事だろうか?
“キマリス”…だっけ?
アキラが言ってた悪魔の名前……
この世界に来て出会ったのは確か…
“アバドン”
と戦って…そして“ヴァサゴ”と契約して、力を使って……。
「……あれ?」
思い返そうとした瞬間、ふと疑問が頭をもたげた。
アバドンと戦っている最中から記憶がぼんやりしてる……
いや…それどころかその後の記憶がほとんどない。
「何か思い出したか?」
アキラが再度問いかける。
「”アバドン”って魔獣?と戦ってたあたりから記憶が無くて。これって…関係あるのかな?」
「…記憶が無い、か。お前は悪魔の力が使えるよな?どの悪魔と“契約”したんだ?」
「“ヴァサゴ”って悪魔と契約した。」
創太のその言葉に、アキラが耳を疑った。
「“ヴァサゴ”だと!?お前、その悪魔とどこで……!」
そのとき、噴水から流れる水が突如沸騰し噴水の下から”炎柱”が上がった。
「な、なんだ!?」
「“アスタロト”……。」
「せーいかーい!久しぶりね、“アキラちゃん”♡」
炎柱の中から姿を現したのは、悪魔“アスタロト”。
黒のスカートは破れ、布一枚が胸を覆い、背中には漆黒の翼。
腰には鱗を纏ったトカゲの尻尾が激しく揺れ、トカゲの頭骨を被り、二本の悪魔の角。
そしてその奥の深紅の瞳に長い白髪が風に靡き、何とも美しかった。
「お前の目的は何だ、アスタロト!」
「やぁね…野暮なこと聞かないでちょうだい。貴方を私の“モノ”にするために決まってるじゃない。」
アスタロトは舌なめずりしながら、嬉々として言った。
その様子に創太は背筋をゾッとさせ、アキラは舌打ちをする。
そしてアスタロトの視線が、創太へと向いた。
「何あなた…見世物じゃないのよ。消えなさい……」
言い放つと、アスタロトは人差し指をクイッと上げる。
その瞬間、創太の足元がひび割れる。
まさか……!
”回避”!
と、脳がそう指示したが遅かった。
地面から突き出た炎柱が創太を包み込んだ。
ジュ…と肉が焼け焦げる音が聞こえる。
「お前!」
「じゃりんこの事なんて気にしないで私を見て……!」
視線を強制されたアキラのその前にアスタロトが瞬時に現れ、顎下に人差し指を当てて視線を動かせた。
「ちっ……!」
握っていたメイスを振るが、アスタロトは軽々と翼を翻し回避した。
「そうそう!もっと私を見なさい!」
そう言うと、翼を大きく広げてアキラに向かって急接近した。
その速度を目にしたアキラは驚く。
こいつ…前より確実に強くなってる!
以前はこんな速度出せなかっただろ!
メイスでガード…!
アスタロトの鋭い爪がメイスにぶつかろうとした…が、青い閃光が頬を撃った。
「…!?」
その閃光を受けたアスタロトは吹き飛んだ。
「お、お前…無事なのか?」
青い閃光を放ったのは、焼け焦がれていた筈の創太だった。
「死ぬかと思ったけど……この“服”のおかげで何とか…。」
ぼそっと言った創太だがところどころヒリヒリするのか、黒いモヤで覆われている部分をかいていた。
「いや…流石に無理だろ……」
アキラがつい口にした。
真っ当な反応だ。
創太は先程の炎柱で“焼け死んでいる”筈だ。
なのに死んでいないどころか、肉体の欠損はなく黒いモヤで火傷を修復している……
しかも当の本人は火傷が治りつつある事に気づいていない。
「…くも……。」
アスタロトがうつ伏せの状態で、地面に向かってブツブツ呟いた。
「よくもよくもよくもよくも!!!砂利風情が…私たち悪魔の“入れ物”に過ぎない下級種族が!!!」
その耳を突くような怒号が二人の耳を塞らせた。
静かに立ち上がると被っていたトカゲの頭骨を外し、素顔を晒した。
透き通るような白い肌にヘビ顔の美人。
顔の左半分には印象的な火傷痕。
血のように紅い瞳は見つめられただけで、心臓が握られたような感覚になる。
まるで蛙が蛇に睨まれたかのように。
アスタロトは頭骨を地面に叩き付け、踏み潰した。
頭骨は粉々に砕け散りアスタロトの手元に集まっていく。
やがて、それは一つの武器を形作った。
「来るぞ……」
「すげぇ怒ってるのは分かるけど…物に当たるのは無いよな……」
「言ってる場合か!死にたくなかったらこの場から離れるぞ!」
アキラが創太の襟首を掴んでその場から全力で離れる。
その武器はひと振りの長剣だが、アスタロトが力強く握ると刃が鎖のように分割された。
「“蛇腹炎鎖”」
その名が告げられるや、地を這うように炎の鎖が創太たちへと走った。
蛇行しながら迫るその鎖。
通った道にはたちまち炎の柱が立っていく。
「やばいやばいやばい……!!」
「そう思ってんならお前も走れ!」
「私の剣は標的に当たるまで追い続けるの。そのまま逃げ回ってたら村が焼けちゃうかもしれないわよ?」
アスタロトは得意げに笑った。
アキラは「厄介だな……」と呟き、その場に止まった。
「…え!?何で……!?」
「お前も走れって言ってんだろ!」
そう言うと、アキラは創太の襟首を強く掴み、近くの建物に投げ飛ばした。
炎の鎖はアキラを素通りし、投げ飛ばされた創太に迫る。
「標的は俺かい!?」
創太は叫びながら建物に激突すると土煙が舞う。
炎の鎖はその土煙の中へと突っ込んで行った。
グサッ…と、肉に刃が刺さる音が土煙の中から響く。
「まずは1匹ね……」
土煙から大きな火柱が立ち上がりまたも“ジュ…”と焼け焦げる音。
アスタロトは満面の笑みを浮かべ。
「これで私たち二人だけね……あれ?アキラちゃん……?どこに……」
「“翠冷 山籟ノ猟師”!」
その声とともに、アスタロトは吹き飛んだ。
背後からアキラが技を放ち、炎柱の中へと叩き込む。
「“蒼生・青龍印”!」
青い閃光が炎の柱を吹き飛ばしながら、アスタロトを地面に叩き付けた。
地面はひび割れ、頭が埋まる。
「やっぱり熱に対する耐性があるっぽいな…お前。」
先程と同じく、黒いモヤに覆われた創太がそこに立っていた。
「そうなのかな…めちゃくちゃヒリヒリして痛いし、辛いんだけど……。」
背を丸めながら、ゆっくりとアキラの元へ歩く。
耐性…と言えるのか……?
あの火柱は俺でも耐えられるかどうか分からないほど高温で、威力も凄い。
それにあれほどの攻撃を受けて尚、今では完全に回復してる……。
“ヴァサゴ”…キマリスがよく話していた悪魔の名前。
いったい、どんな力を持って……。
アキラは注意深く創太を観察した。
「…?何か付いてる?」
「……いや…何でもない。」
何か秘密がありそうだな。
その時、地面を砕くような音が響く。
振り向くとアスタロトが土埃を払いながら立ち上がっていた。
紅い瞳が創太を捉えていた。
「貴方…”人間”じゃないわね。」
「人間…だと思いたいんだけどな……違うのかな?」
「……。」
アスタロトが首を傾げ、そして創太を見据える。
アキラもいつでも攻撃できる距離を保ちながら二人を見守る。
その時、明るかった空が急に暗くなっていった。
「く、苦戦してるみたいだね…アスタロト……。」
一体の悪魔が、もじもじしながら現れる。
ふくよかな女性の悪魔だ。
黒く長いボサボサ髪に茶色と紫の骸骨の仮面。
そして黒ベースに黄色と茶色、紫色のグラデーションのドレス。
手にはロウソクを持ち、火は青紫色に燃えていた。
「“ビフロン”…あんた何しに来たの?」
「ふへ…大変そうだったから手助けに来たの。邪魔だったかな……?」
そうブツブツ言うと、金色の瞳が光り始め周囲の地面から腕が突き出した。
「“首無騎士団”……」
ガシャガシャと地面から無数の騎士たちが現れ、ビフロンの横に並ぶ。
重装備の大きいやつに軽装備の小さいやつ、通常装備の普通のやつと様々だ。
「重騎士・軽騎士…あの黒髪の人間を“殺して”……。」
命令を受けた騎士たちは、ゆっくりと歩き出した。
重騎士は大斧を握り構え、軽騎士は腰の短剣を抜いて姿を消した。
「なんでこんなに狙われるんだ…?」
「知らん、来るぞ。」
軽騎士が音もなく背後から創太に斬りかかる。
創太はそれを感知し両手首を掴む。
「悪いけど、それより速くて殺気の籠ったものを経験してるんだ。その程度じゃ…俺を殺せないよ!」
軽騎士を軽々と持ち上げ、重騎士に投げ飛ばす。
重騎士は大斧で飛ばされて来た軽騎士を叩き斬ると走り出した。
速くはないが確実に創太との距離を縮めていく。
「“青龍印”!」
青い閃光が重騎士の腹部に直撃し、貫通。
背後に待機していた首無騎士たちを吹き飛ばした。
地面に倒れる…かと思ったが、現実は甘く無く。
腹にぽっかり穴があいているにも関わらず重騎士はひるまず、創太との距離を縮め大斧を振りかぶると勢いよく振り下ろす。
その大斧の一撃により土煙が舞う。
「何なんだ…!?なんで腹に穴空いてるのに倒れないんだ……?」
「奴らは簡単に言えば“操り人形”だ。完全に破壊しない限り動き続ける。」
「……なるほどね!」
土煙の中から飛び出した創太とアキラは短く会話した。
アキラから助言を受けた創太は、腕に力を溜めた。
「“青龍印・乱射”!」
無数の青い閃光が首無騎士たちを襲った。
ヒットしたものは身体を砕かれながら宙を舞い土煙が舞う。
いくつかの閃光は騎士たちを外れ、建物やオブジェクトを破壊する。
「おい!あまり村を壊すなよ!」
「ごめん!でもこれが一番手っ取り早いと思って!」
「お前……!」
「余所見しないでよね!」
その間も静かだったアスタロトが、突如土煙から姿を現し、アキラに斬りかかる。
アキラは舌打ちしながらメイスで防ぐ。
「こいつの相手は俺がする!お前はその“根暗悪魔”を殺れ!」
アスタロトの攻撃を防ぎながら、アキラは創太に”根暗悪魔”の相手を任せた。
「了解…!」
創太は固唾を飲みながら、首無騎士たちと“根暗悪魔”を見据える。
「頑張るか……」
そう呟き、創太は駆け出した。




