魔術師の誘惑
粛々とセラフの後を追った。
セラフの歩みには迷いがなく、タワーマンションが建つ駅エリアを抜けて、五浄市北西部の
高級住宅街に向かった。
俺が住む五浄市は、鳥瞰すると縦に流れる川から4つのエリアに区切ることができ、各々のエリアで町の雰囲気や機能が異なって来る。
北東部は先ほど俺たちがいた駅とマンションやオフィス街などがあり、一人暮らしの大学生や社会人が住む住宅街になっている。
南東部は、繁華街が広がっており、中高生の若者や飲み屋街などが多く軒を連ねている。
俺たちが今、向かっている北西部は、いわゆる高級住宅街と呼ばれるものであり、閑静な住宅街だ。この北西部には、俺が通う五浄高等学校も置かれており、この五浄市の中で一番俺にとって馴染深いと言える。
そして、最後の南西部は田園地帯であり、田畑が多く存在する中に、ポツポツと家があるといった様子で、ヒメの病院も、ここに置かれている。
「今日は一段と冷え込むわね。シュンは寒くない?」
不意に先を歩いていたセラフが振り返り尋ねる。
緊張感やら何やらで、意識していなかったが、確かにいつもより寒い。
吐く息は煙のように白く染まり、星空は透明だ。
当たり前だ。
本格的な冬であり、クリスマスも近いのだから。
「大丈夫だ。ありがとう」
セラフの傷化に感謝を述べる。
やはり、この短時間で激戦に激戦を重ねたせいで、感覚や神経がバグってしまっている。実際に自分は冷静な状態にいないと自覚している。
「………」
このままでは良くない。
そう思い、ここは雑談も兼ねて、俺の疑問に答えてもらおう。
色々と聞きたい事はあるが、ここはこれから会う「土地に住む魔術師」について知ろう。
「なぁ、その土地に昔から住んでいる魔術師って、どんな奴らなんだ?」
俺はセラフの隣に小走りで並び立ちながら聞く。
「どんな奴らって、言われると難しいけど………普通の奴らよ」
「普通?」
「ええ。その土地に代々根を張る魔術師を在来魔術師っていうんだけど、その在来魔術師は、別にずっと根城に引きこもって研究しているわけじゃなくて、昼は一般人として表社会で生活して、夜は研究に没頭するって形が多いのよ。ていうか、ほとんどがそうだと思うわ。
引きこもって、ずっと研究している魔術師なんて少数よ。
魔術の研究や儀式は、何をするにしてもお金は必要不可欠だもの。
魔術師の世知辛い事情に悲しくなった。嫌いだけど。
奴らも苦労しているんだな。クソ嫌いだけど。
「だから、大抵の魔術師は、どんな形であれ働いているわ」
「面白いな」
素直に興味深いと感じた。
魔術師がどんなに神秘の力を行使する超常の存在であろうと人間である限り、「仕事」といった人間社会の枠組みからは脱せないというのは、人間社会というルールの緻密で精巧な点ではなかろうか。
「それじゃあ、在来魔術師っていうのは、色んな街にいるのか?」
「そうね。色んな街というよりかは、潤沢な魔力を有している所謂「龍脈」という土地にいるわ。さっきも、説明したけど、そもそも在来魔術師っていうのは、
代々、その土地に暮らし魔術を研究する魔術師や魔術家系の事を指すわ。
魔術の研究には、莫大な魔力を必要とし、自身の魔力だけでは賄うことができない。これはシュンの精霊心臓の特異性にも繋がるわね」
セラフは夜空を見上げながら、解説してくれる。
「とにかく、魔術師は外部から魔力を摂取するのだけど、その1番効率が良い方法が土地の魔力を汲み上げることなの。
質が高く潤沢な土地・地球の魔力を噴出する龍脈は、非常に強力だからこそ、多くの魔術師はそういった魔力を得られる土地に根城を作るのよ。
そうして、根を下ろして、代々生きる魔術師を在来魔術師と言うわ。
在来の魔術師は土地の恩恵を享受する事が出来るから、魔術行使において大きなアドバンテージを得ることが出来るのだけど、ただ、その分、多くの外部魔術師に龍脈の支配権を求めて、狙われるわ」
もちろん、それに対する防衛機能を保持していることは多いけどね。そういって、説明を終える。
「ありがとう。非常に分かりやすい説明だった」
それに良い時間つぶしであった。こんな風に話しているうちに、俺たちは目的の家に到着した。
「ここよ」
「すげぇ」
セラフが指さした先は、まさしく豪邸だった。
白い煉瓦造りの建物であり、東西に広がる洋館。
俺たちと柵と洋館の間には、小さなガーデンが設えられていた。
覗くステンドグラスや三角屋根からは、可愛らしさや美麗を感じる。しかし、それだけでなく、所々ある煉瓦のヒビやキズは、明治時代の貴族や華族が建てたのかと思うほどの歴史を感じることができ、美麗さだけでなく、荘厳さも兼ね備えていた。
「知らなかった。こんな家があったなんて。
こんな豪邸が街にあれば、もう少し話題になっても良いものだが」
「何かシカの暗示が施されているわね。
魔術や神秘の心得がないものは、気にも留めないような暗示」
そうか。そういう理由か。
「ソレ」を知っている者だけが、気付く事の出来る家。
何とも魔術師らしい家だ。
「さ、行きましょう」
そう言って、柵を開けて魔術師の領域へと足を踏み入れる。
魔術師の家に圧倒されていた俺は、セラフに続く。
視界の端に下がっていた「静海」という表札がかかっていることも気づかずに。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」
先を行っていたセラフは、チャイムを執拗なほど、連打していた。
これから、協力を依頼するする奴の態度じゃねぇな。それに普通に迷惑だろうなぁ。いや、でも今頃、研究しているから、そんなにか?だからこそか。
なんて、どうでも良いことを考えていると、「はーい、いまでまーす」と声がインターホンから聞こえてくる。
ん?どこかで聞いたことがある様な。
その声は聞き馴染のあるものであったが、思いつかない。その声の正体に思い当たらない。
「…………?」
もどかしい思いを抱きながら、扉が開く。
それと同時に、マジックハンドの様な形の大きな手が俺の身体をガッシリと掴む。
「え?」「え?」
俺とセラフは素っ頓狂な声を出す。
俺はそのまま、ホールドされて、手も足も出せないままに、セラフは置いて洋館へと引きずり込まれる。
それだけでなく、次第に意識を失っていき、完全に闇へと落ちた。
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次に目を覚ますと知らない天蓋だった。
今日、こんなのばかりだな。
「よいしょっと」
手慣れた様子で上体を起こそうとしたところで、阻まれる。
正体は手枷だった。俺の両腕には、手枷が嵌められており動きを束縛していた。
「なんだよ、これ。穏やかじゃねぇな。これから、俺調教されるのか?」
吐き捨てながら、1分ほど試行錯誤して上体を起こす。
そうして、初めて部屋の様子を知った。
「おぉ」
俺がいる部屋は洋館の印象、そのままであった。
カーペットや机、化粧台、カーテンなど、どれも近代の西欧を思わせるような調度品・家具の数々。
実際に俺がいま眠っていたベッドも天蓋付きだ。
どうやら、ここは誰かの私室のようだ。
僅かな雰囲気からして、何となく女性・淑女の部屋である気がする。
そんな人のベッドに縛られているという状況に恐怖を抱きながら、部屋に魅了されていた。
「近代のヨーロッパにタイムスリップした感じだ。すごいな」
ただただ、部屋に圧倒されていた。
「ふふっ、気に入って貰ってよかったわ。
これから、何年もここで暮らすかもしれないのだから」
すると、俺の言葉を聞いていた、この家の主が入室する。
その人物は俺も良く知っている人だった。
「静海さんっ!?」
「ええ、こんばんは。菊間君」
そういって、微笑んだ。目は一切笑っていなかった。
「どうして、ここに?」
「どうしてって、そんなの私が家の主だからよ」
さも、当然。何を馬鹿な事を聞くのかといった様子で答える。確かに、あんたにとっての常識ではそうかもしれないが、俺にとっては違う。
一つ一つ確認するように尋ねる。
「それってつまり」
「そう私がこの五浄の土地で、代々魔術を営む静海家27代目当主の静海月子。魔術師よ」
「………!?」
静海さんの口から告げられる事実に絶句するほかない。
まさか、こんなにも身近に魔術師がいるとは誰が想像できようか。
「ちょっと、何か言ってよね。私が恥ずかしいじゃない。こんな口上までして」
しかも、どこか学校での静海さんと違う。
いつもの物腰柔らかく丁寧で心優しいい静海さんとは似ても似つかない。今の静海さんは、どこか乱暴で馴れ馴れしかった。
もしかして、学校の静海さんと目の前にいる静海さんは別の人間なのではなかろうか。うん、そうだ。そうに、違いない。魔術があれば大抵のことが出来るのだから。
そう思い聞かせるが、すぐにそんな幻想は打ち砕かれる。
「あっ、学校とのギャップで混乱している?
残念。こっちが素の私だから、早く慣れてね」
「…………」
「あちゃー、思ったよりもビックリしているよ」
意外とギャルっぽい静海さんも悪くなかった。
こんな姿を学校の人達が見たら、どんな反応をするのだろうか。少なくとも、あの「深窓の令嬢」「五浄の巫女姫」などの仰々しい異名は改名だろう。
「まぁ、心には興味ないからいっか」
静海さんは、一人納得すると着ていた制服を脱ぎながら、俺がいるベッドに近づいてくる。
「なっ?えっ!!なに?」
一転二転する唐突な展開に驚きの声を上げる。
全く意味が分からない。どうして、俺は静海さんに迫られているのだ。
静海さんの下着姿は、只美しかった。
学校イチの美少女が黒いバラの意匠が施された下着姿で立っているという状況が俺の欲情を掻き立てる。
細く華奢な肉体。決して豊満ではなく、女性的魅力に富んでいるとは言えないが、深く突き刺すようなフェロモンを発している。少しでも身体を反らせば、肋骨が、見え隠れする様などは、まさしく、フェティシズムを感じられる。
細く余分のない足を包むストッキングは、同じく黒色のガーターベルトで留められており妖艶さを醸し出す。加えて、漆黒の長髪が大人の魅惑を演出していた。
「私、知っているの。菊間君が、特別だってこと」
静海さんは白く細長い指で、俺の心臓に触れる。
そして、そのまま心臓に耳を当てて、鼓動を確かめる。
「あぁっ、素敵。この時を待っていたの」
陶酔した声、恍惚とした表情で言う。
普段の静海さんを知っているからこそ、今の静海さんの異様さが際立つ。
「なっ、くっ」
静海さんは下着姿のまま、ベッドに仰向けに倒れる俺に跨る。
そして、そのまま、身体を倒し密着する。静海さんの胸が俺の胸板とぶつかり、形を変える。
それだけでなく、口を耳に寄せて囁く。
「落ち着いて、すぐに終わるから。
菊間君は、私に身を任せればいいわ」
「なっ」
驚きで硬直する。
耳が心地の良い声で、とろけそうになる。
今の一言だけで、身体の硬直が嘘のように溶ける。筋肉が弛緩する。
あっ、やっ、ヤバい。体が、う、ごかない。のうも、はたらかない。な、に、、かされ、た。
「ん、んッ」
キスをされた。
口を強引に開かされ、舌が口内に侵入する。そして、俺の舌と静海さんの舌が蹂躙されるかのように、絡み合う。舌は静海さんの体温と同じ気がした。
「ぷはぁっ………はぁはぁはぁ、美味しい」
息を整え、頬を朱に染めながら不敵に笑う。
心を奪われ、釘付けにされる。
「私は菊間君の心臓がずっとほしかった。だから、学校でも色々とアタックしたわ。
でも、菊間君ったら、全然私に興味をもってくれないの。他のどうでも良い奴らは、鬱陶しいくらい興味を持つのに、肝心の一番興味を持ってほしい人は、見向きもしない。私、すごく悲しくって、イライラもしたわ」
「いや、それは――」
別に興味がなかったわけではなく、ただ単に疑問が先行していただけだ。
しかし、それを告げる暇もなく、セラフは続ける。もはや、眼前の俺すらも目に入っていないような気がした。
「でも、いいの。こうして、菊間君が私の物になるんだから。
私の計画では、もう少し立ってから菊間君と恋人になって、家に招いて襲う予定だったんだけど、まさか菊間君の方から来てくれるなんて思ってなかった。嬉しい誤算。いま、絶対にモノする。そして、静海家に繁栄をもたらす」
そういって、俺と視線を合わせる。
最早、俺は固まってしまっていた。ただでさえ、力が出ないうえに、がっしりと固定されてしまっている。抵抗は無意味だと悟ってしまった。
「domination」
そういって、再度、キスしようと迫る。
もう…だめだ。
少しずつ、静海さんとの距離が縮まり、重なりそうになったところで――
「ちょっと、待ったーーーー!!!」
セラフが勢いよく乱入し、場はカオスとなった。




