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エンジェルX  作者: 依澄 伊織
青春は命がけでこそ、意味がある
6/15

初めての恋人は天使

「お邪魔します」


 そう言って、先ほど後にしたセラフの部屋に戻る。

 致し方ない理由とは言え、とんぼ返りする形になり、何とも居心地が悪かった。

 それを圧して、この部屋にいる理由は2つある。

 1つは、先ほどの戦闘狂修道女だ。

 あそこまで、ボコボコにされて、さすがに一人で帰る余裕はなかった。セラフと別れた後に背後から殴られて即死。なんていう結末は避けたかった。

 あとは、まぁ、情けない話であるが、恐怖だった。

 シンプルに誰か傍にいてほしかった。誰かと一緒に居たかったのだ。

 2つ目は、セラフからの告白だ。


 ―――私と恋人になってよ


 鮮明に思い返す。

 俺を見下ろしながら告白する彼女の笑顔を。

 嬉しかった。その一言に尽きる。

 こんな斜に構えて、クールな俺でも思春期なのだと強く実感した。

 流れで、うんと頷いてしまったが、今でも全く後悔していない。どうせ、これからセラフと行動を共にすることが増えるような気がする。それを考えれば、恋人という関係が一つ乗っかったところで、支障はないだろう。


「おかえりなさい」


 そう言って、三つ編みを振りながら笑顔をまく、セラフに「かわいい」と思った。

 そして、そんな女が俺の彼女だと認識し、無意識に口元が綻ぶ。


「ああ、ただいま」


 なんて、言ったりして答える。

 案外、俺はチョロいのかもしれない。

 色々、頭の中で複雑に思考しているが根は単純なのかもな。


「ここ座って」


 そんな感想を抱きながら、俺はセラフに促されたダイニングテーブルの椅子に座る。対面には、セラフが座る。


「まずは、ごめんなさい」


 そして、厳かに頭を下げる。


「シュン、貴方を巻き込んでしまった」


 貴方は全くの無関係だというのに、と続けて再度謝罪した。


「だから、ごめんなさい」


 数十秒、沈黙が支配する。

 その間も、セラフは頭を下げ続けていた。

 このままだと、俺が何か言葉を発するまで、セラフは頭を下げ続けているのだろうと感じた。


「とりあえず、頭を上げてよ」

「いや、そうはいかない。私が満足するまで下げさせてくれ」


 違った。俺が言葉をかけても全然ダメだった。


「いや、面を上げてくれ。俺はお前と話がしたいんだ。

 そんな状態では、会話が出来ない。だから、顔を上げてくれ」


 強く希望すると、俺の言葉に反応し、面を上げる。

 その顔は無表情だった。


「俺は別に後悔はしていないよ。

 確かに、かなり面倒だなとは思っているけれど。それでも、あの時の選択に後悔はない。

 こんな俺でも、死に直面する怖さは知っている。一人で死んでいく恐怖も」


 死ぬことではなく、死んでいくことが怖いのだ。少しずつ『死』という終わりに向かっていく過程が。

 実感したことがないから分からないけれど、たぶん死は痛くないし、怖いという感情すらない。

 虚無が広がっているだけなのだと思う。

 そうした全てを飲み込み、削ぎ落していくブラックホールに、拾い上げ、獲得し、培っていく人間が恐怖するのは自然の摂理なのだ。


「そんな恐怖から俺が誰かを救い出すことが出来てよかった。俺がそうであったように、同じように救う事が出来てね。

 だから、ありふれた言葉で、申し訳ないけど、『ごめんなさい』ではなくて、『ありがとう』と言ってほしい」


 優しく語り掛けるように、言葉を渡す。

 言い終えて、滅茶苦茶恥ずかしいセリフを吐いている自分に気づき、自己嫌悪する。


「わかった!じゃあ、もう一度、初めから」


 先ほどとは打って変わり、元気な声で応える。


「改めて……ありがとう、シュン!」


 今度は魅力全快の笑顔で感謝を述べた。


 #####


 とりあえず、俺とセラフの間にあったわだかまりの様なものに、今のやり取りで一端の区切りがついた。

 ここからは、その先の話。今後どうしていくかの問題だ。


「はい、コーヒー」

「ありがとう」


 セラフが淹れてくれたコーヒーを口に着けながら、考えていたことを独白のように話を切り出す。


「多分だけど、俺もお前の敵とやらに敵として見られた。

 そして、そうなれば、もはや俺とお前は一心同体だ。これから、一緒に俺たちの敵とやらを撃退していかなければならないと思う。

 だから、そのために、情報を共有してほしい。いいか?」

「うん!!」


 そう尋ねると、セラフはブルブルと身を震わせ、満開の笑顔で頷く。


「それで、早速だけど、どうして俺があのセイランとかいう女に狙われたんだ?

 やっぱり、お前を助けたからか?」


 セラフはすぐに、戦闘様な顔に切り替えた。


「そうね。不運にも私を救ってしまったから。

 それと、あなたの心臓にある貴重な宝物よ。それが、魔術世界の奴らに見つかって、様々な奴らが興味を持ってしまっている。実際、私もすごく興味がある。

 それがあなたも狙われてしまった原因よ」


 知らず知らずのうちに、心臓に手をやる。

 この心臓に、魔術師たちが興味を持ってしまった。

 それはオオカミの群れが遠くにいる羊に興味を持ったことに等しい。奴らは、魔術繁栄のためならば、いともたやすく倫理と仁徳をドブに投げ捨てられる人でなしどもだ。

 そんな奴ら、相手にするだけ馬鹿馬鹿しい。


「そもそも、お前は誰に狙われているんだ?」


 この問題の核心部分。普通に、まず初めに聞く事だった。


「私を狙う勢力は主に2つ。魔術結社と教会よ。

 1つ目の魔術結社の名はパラディン。

 たった5人の超優秀な魔術師で構成される魔術組織なの。

 設立時期が15世紀とかなり長くて、由緒ある組織らしく、魔術世界に大きな影響力を持っているわ。そのために、教会からも監視対象にされているわ。

 私を狙う目的は、恐らくだけど、天使のマテリアルに興味を持っているのだと思うわ。

 他にも、色々とあるけど、それは歴史の授業になってしまうから、今は省くね」


 わかったと頷き、次を促す。


「2つ目は教会勢力。教剣と言い換えてもいいわ。そして、具体的にはバチカン神秘摂理局。

 まず、この世界はシュンや他の人間が暮らすような世俗の表世界と魔術師や神秘が生きる裏の世界・魔術世界があるのは分かるよね?」

「ああ」


 裏の世界と言っても、別次元だったり異世界という大げさな話ではない。

 マフィアやヤクザと同じようなもので、魔術師たちだって同じ地球に住んでいる。少し世俗から離れ、世界規模且つ歴史的に神代規模であるというだけの話だ。


「その魔術世界の治安維持を勝手に行い、表世界に神秘が漏洩する事を阻止し、表世界を魔術世界由来の脅威から守るという大義名分のもとに活動している組織で、いまや欧州だけでなく、世界に絶大な影響力を持つ基督教の対魔術神秘専門組織ね。その構成員・エクスキューターの事を教会の剣、教剣よ。

 さらに、その中でも、今回私が相手にしているのは、教皇庁直属組織・異端焼却機関っていうの」


 異端焼却機関。初めて聞いた。

 いかにも強そうで、中2病クサい名前だと思った。


「こいつらが滅茶苦茶、強いのよね。

 超精鋭って感じで、構成員7人のくせして、馬鹿みたいに強い。

 私が地下歩道で死にかけていたのも、こいつらにやられたからよ」


 ああ、でも、今回私を捕らえる任務に就いているのは5人だから、そこは安心して、と付け足す。まったく安心できなかった。

 セラフの口から、敵の正体が明かされた。

 正直、想像よりも多く、強大であったことに落胆する。

 俺たちは今後、こいつらを相手にしていかなければいけないのだ。


「何か、他に質問ある?」


 質疑応答に移る。


「敵はどれくらい強いんだ?」


 我ながら、非常に馬鹿な質問だと思いながら、聞かざるを得ない。

 持っている物は特殊でも、知識は一般人並みなのだから。


「めちゃくちゃ、強いわ。

 でも、そうね。シュンに分かりやすく伝えるとしたら…………」


 セラフは一度考え込むと、数秒間を置き、口を開く。


「魔術世界には、上から順に『エタニティ』『ミレニア』『センチュリア』『ディセニウム』っていう神秘の価値や重要度を示す階級があって、その分類に当てはめるとしたら、

 異端焼却機関の方は、全員が特上最高級の『エタニティ』だと言えるわ。

 反対に、結社パラディンの方は、少し格落ちして最上級の『ミレニア』って感じだけど、それでも、十分強敵且つ価値が高いわ。

 どう、分かった?」


 コテンと小首をかしげながら言う。


「わかった。敵が馬鹿みたいに強いってことが」


 正直、魔術世界に住人ではないため、階級で力を正確に測ることは出来なかったが、それでも凄いことだけは十分に伝わった。


「とりあえずは、俺からの質問は以上だ」

「うん、了解。

 もし、その都度、分からないことがあったら、聞いてね。

 私、これでも、すごく長生きしているから、大抵のことは教えてあげられると思うわ」


 胸を張って、主張する。

 存分に頼っていいから、というオーラが全身から放たれている。

 その姿は子供が年下の弟妹に年長者ぶる様な可愛らしさがあり、思わず微笑む。


「ああ、頼りにさせてもらうよ」


 少しの間、胸を張っていたセラフは、「そうだ」と思い出したように呟き、ずいッと対面の椅子に座る俺に接近する。


「私からも、聞きたい事があったんだけど、聞いてもいい?」

「別にいいぞ。ま、と言っても、俺が応えられる範囲ならばだけどな」

「それじゃあ、遠慮なく聞くけど、どうやって私を助けたの?

 ハッキリ言って、あの地下歩道で私は決して助からず、死ぬ運命だった。それほどの傷と呪いを受けていた。だというのに、私は生きている。これはあなたが思っている以上に凄いことなの。私自身、あんなに泣き叫んでおいてだけど、自分が生きていることが意味わからない。

 そして、多分、教会のやつらもそう。凄く困惑しているのでしょう。だからこそ、あなたも敵認定されているのだと思うわ。

 なぜ?どうやって?ねぇ、シュンはどのようにして、私を助けたの?

 まぁ、十中八九、あなたの心臓が関係しているんだろうけど」


 それは当然の疑問だった。

 そして、それは俺がセラフと共に戦っていくうえで、絶対に共有しなければいけない話だ。

 あまり、自分の過去や秘密について話したことがない為、若干の覚悟を決めて、精霊心臓とそれを得た経緯を話した。

 話を聞き終えたセラフは神妙な顔で頷くと不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。


「それは凄まじい力ね。

 私はどうやら、とんでもない拾い物をしてしまったらしいわ」


 何やら、セラフに凄く評価されている。


「な~んだ、あなたも十分に化け物じゃない。

 良かった。渦中に巻き込んで、申し訳ない気持ちであったけど、その罪悪感が薄れたわ」

「おい、なに薄れてんだよ。もっと、罪の意識を持て」


 セラフは俺の言葉を無視して、精霊心臓について話す。


「いい、あなたのその精霊心臓は、一応今言った階級で言えば、十分に、『~~級』に匹敵するわ。つまり、本領を発揮できれば、十分に教会と魔術師と渡り合えるわ」

「いや、そんなの無理だろ」


 あのセイランという奴の動きや力を見ればわかる。あの領域には、どれだけ俺が努力しても、届かないと。


「いいえ、そんなことはないわ。あなたの心臓なら、届く」


 力強く断言する。


「いい?あなたはちっとも、その心臓の凄さを理解していないから、しっかり教えてがえる。

 通常の魔術師は、自身の体内で生成された魔力を使って、神秘を行使している。

 勿論、それだけでは足りない時があるから、外部の力を借りている場合があるけど、それも微々たるものよ。

 でも、あなたは違う。

 体外にある魔力を取り込み、エーテルへと昇華させ、我がものとすることが出来る。これは異常な事よ。だって、あなたには魔力の底がいないということだもの。

 無限の魔力。

 それは、もし一端の戦闘用魔術師へと鍛え上げれば、最強の魔術師へと至れるわ」


 過剰に俺の事を持ち上げてくれるが、瞳には一切の嘘の色が見られなかった。

 しかし、それでも、俺は信じられなかった。


「色々と褒めてくれるけど、本当かよ」


 信じられるわけがなかった。

 だって、俺は一般人だ。

 確かに、少しおかしな心臓を持っているが、思考や倫理観はいたって普通なのだ。


「ピンと来てなさそうね」


 苦笑しながらつぶやく。


「そうね。例えば、石油が無限に出てくる国があったとしたら、すごく強いわよね」

「そうだな」

「その石油を使って、軍事力を整えたり、売って繁栄する事が出来る。それと、同じよ。

 と、長々と語ったけど」


 そこで、区切りをつけ、そして続く。


「私たちなら、大丈夫。

 貴方と私が力を合わせれば、どんな敵でも、やっつけられるわ」


 そう言って、俺を励まして、ニッコリと笑った。

 長々とした語らいのオチとしては、悪くないと思った。

 話し合いが、一段落つくと、「ぐ~~」と俺の腹がなる。

 そういえば、何も食べていなかった。一度、意識しだすと、食欲が増進する。


「何か、食べれるものあるか?」


 今後、敵と突発的に戦う可能性がある以上、栄養補給は欠かせなかった。


「ない!」


 元気でよろしい。

 ま、確かになんもなさそうだ。だって、セラフが買い物をしている姿が想像できないもの。


「仕方ないか。よし、下のコンビニで、何か買ってくるけど、セラフも行くか?」

「はい、はい、はい!私も行きます!」


 セラフの謎の元気に押されながら、コンビニに向かった。

 どうやら、初めてのコンビニだったらしく、前から足を運んでみたいと思っていたらしい。

 凄まじい、興奮だった。子供かよと思った。


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