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エンジェルX  作者: 依澄 伊織
青春は命がけでこそ、意味がある
4/15

angelX

 病院を出た俺は、自宅への道を行く。

 田んぼ道なだけあって人が全くおらず、快適だった。


「ふぅ~~」


 吐き出した息が白く染まる。

 顔を夜空に向ける。

 冬世界で輝く凍て星。

 田んぼ道から眺める夜空は、プラネタリウムのようだった。しかし、プラネタリウムのようでありながら、異なる。その証拠に、夜空には孔のように浮かぶ銀月がプラネタリウムとは違う幻想を生み出す。

 不意に、先ほどのヒメの言葉を思い出す。


 ―――もっと、友人を作りなさい。人に囲まれなさい。


 それは、ヒメからすれば、ただの何気ない会話の一つであり、保護者の立場からの心配から、くる言葉であったのかもしれない。

 それでも、強く俺の心に残った。

 だって、そんなの誰よりも、俺が理解している。

 もっと、多くの人に話しかけ、コミュニケーションをとり、繋がりを大切にするべきだ。でも、そんなの無理だ。


「俺はみんなと違うのだから」


 月に吐き出す。月に愚痴る。

 子供のころ、俺の心臓が人間でなく、精霊のものと置き換わった時点で、俺は普通の人間ではなくなったのだ。

 勿論、普通にしていれば誰にも分からない。このまま、一度も精霊の心臓を起動しなければ、俺が化け物だと知られず、死んでいけるだろう。

 それでも、自分を他と同じ人間だとは思えない。

 これは俺の気持の問題。


「…………」


 端的に言えば、疎外感と恐怖を覚えているのだ。

 みんなが生きていくように、自分も生きられる信がない。高校を卒業して、大学生になって、社会人になって、結婚をして、子供を作って、一生懸命働いて、年老いて、死んでいく。

 そういう普通を想像できない。

 人の群れに紛れて、生きていける自信がない。自分だけ違うのではないかって思うのだ。


「俺だけが違う」


 道を外れてしまった化け物だ。

 仁や南さん、クラスメイト達と笑いあっていても心からは笑えない。

 心の奥底で、「自分はこんなところにいていい奴じゃない」という思いが邪魔をする。そして、それを知られたときに、大切な人を悲しませるんじゃないか、罪悪感を覚えてしまうのではないか、それが疎外感と恐怖へと繋げっているのだと思う。


「はぁ~~~」


 と、感傷的になって、色々考えてしまったが、要は居心地が悪いのかもしれない。

 いっそ、転校とかしてみようかな。あらたな場所で、イチから始めてみるのも悪くないような気がしてきた。


「…………………………うん、なしだな」


 現実味ゼロ。

 意味もなく、クソの役にも立たない思考は放棄し、歩みを進める。

 星空を見上げながら、歩いていたため、大分足取りが遅かった。

 歩みに意識を戻すと――


「む?マジかよ」


 目の前の道がデンジャーテープとコーンで、封鎖されていた。

 少し体を動かし、目を凝らすと、見える。

 アスファルトにクレーターができ、電柱は折れ曲がり、街灯のガラスが飛び散っていた。

 およそ、人が出来る所業ではない。兵器とかがあって、出来るものであると感じた。

 そして、一つ思い当たることがあった。

 昨日、食堂で流れていたニュースが思い出される。

 男女のバラバラ死体、大規模な街の損壊。

 いま、目にしているこの光景は、十分、それに当てはまるのではなかろうか。


「まぁ、だから何だって、話だけど」


 例え、事件と一致したところで、今すぐ犯人が分かるわけでもないのだ。


「さっさと、先行こ」


 いつもとは異なる道を歩かされることに、苛立ちを覚えながら、別の道を行く。数分、迂回するために歩く。異なる道。新たな始まりの喧騒。

 頭上の高速道路を横切り、家に帰るためには、地下歩道を行かねばならない。

 こんな道があったことは、もちろん把握していたが、使わなさ過ぎて、初めてだ。

 俺は一抹のソワソワを覚えながら、一歩を踏み出したところで、世界が切り替わった。


 ―――天使が翼を休めていた


 異様なまでに白いタイルがどこまでも続く地下歩道。

 まるで、手術室のように極限まで、余分を排した清潔を感じた。所々、劣化し、罅割れながらも、あまりにも白すぎて、色を失いそうだ。

 しかし、それ以外は何の変哲もない田舎の地下歩道。


 ―――そこには、鮮血の天使がいた。


 右腕、左足、左腕の肘から先、右足の膝から先、右目はつぶれ、灰が貫通していた。

 あと、数分も生きてはいられないだろう。

 その証拠に、天使を起点に夥しい量の血がタイルの隙間を縫い、助けを求める手のように俺に迫る。

 俺はあまりにも唐突過ぎる出来事に、硬直する。叫び声すら上げられず、荒い息を繰り返すだけだった。


「…………ッツ!?」


 天使と目があった。天使が俺を認識した。

 そこで、やっと硬直がほどけ、震える足を動かして、後退しようとしたところで、声を掛けられる。


「行かないで!」


 空気を割る様な、つんざく叫び声が耳に届く。


「お願い、助けて!」


 長い金髪を一本の三つ編みにした美女が泣き叫びながら、助けを求める異常事態に、恐怖を抱きながら、一歩、二歩と後退りする。

 意味が分からない。なんで、こんな所に、天使がいるんだよ?そもそも、このケガはどうしたんだ?どうする?どうすればいい?俺にどうにかできるのか?という思いが、頭を占める。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

「ねぇ、何か言ってよ。お願いだから、なにか話して」


 心臓が早鐘を打ち、二倍の速度で血液が循環し、脳が鼓動している錯覚を覚える。アドレナリン・ノルアドレナリンが分泌され、闘争本能が刺激される。

 お陰で、いつでも、走り出せる準備は整えられた。

 あとは、隙を見計らって後方に走り出すだけだ。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 サン、ニ、イチで走り出す。

 そう、心に決める事で、動き出す準備をする。

 3……。


「お願い、助けてよ」


 2……。


「私はまだ、やりたい事があるの!」


 1!


「私はまだ、死にたくない!」


 ゼロで走り出そうとした瞬間、天使の心の底の叫びを聞いた気がした。

 思わず、足が止まる。振り返り、天使を見る。


「………?」


 天使は、疑問符を浮かべて俺を見る。

 そんな天使に一歩ずつ歩み寄る。

 クソ!?俺は馬鹿だ!大馬鹿だ!!


「―――」


 心の中で、毒づく。

 絶対に、この行為は間違えている。天使は明らかに悪意ある攻撃により、瀕死になっている。無理に助けて、渦中に巻き込まれる必要はない。

 だというのに、俺の足は止まらなかった。その理由は、奇しくも天使が口にした言葉が俺の心の深い部分にあった後悔と共鳴した。


「おい、お前本当に生きたいのか?」


 天使の目の前まで来て、見下ろす形で尋ねる。


「うん」


 依然として、疑問符を浮かべながらも力強く頷く。


「わかった。俺がお前を助けてやる」


 そう言って、「精霊心臓」を起動する。

 心臓から魂の器たる松果体へと干渉が起きる。それにより、少しずつ肉体が人の性質から精霊の性質へと変化していく。肉体がエーテル体へと変化する事により、肉体と外界との境界が曖昧になっていく。ただ、完全に変化する必要はない為、人間の形が留まっている段階で止める。

 ヒメさんが言っていた通り、天使を助けるだけのエーテルは、どうやら内包しているようだ。


「よし、俺の血を吸え」


 片膝をつき、視線を天使と合わせる。

 俺がとる方法は、単純だ。ただ、魔力の供給をすること。しかし、例えそれだけだとしても十分に効果を発揮してくれるだろう。何故なら、俺が持つ神秘は魔力の上位存在であるエーテルだからだ。意思の指向性を与えるだけで、回復に向かうだろう。


「うん」


 天使は涙を拭い頷く。

 俺はキスをする様に、天使との距離を詰めていき、やがてハグをする様に抱き合う。

 そして、視界の外で「はむっ」と可愛らしい声が上がった後に、首元にピシりと痛みが走る。

 少しずつ、体内のエーテルが吸われていく。

 少しずつ。少しずつ。少しずつ…………行き過ぎだろ!

 視線を天使の顔に向けると、頬を紅潮させて、夢中で血をむさぼっていた。

 実際に、効果が発揮されて、見る見るうちに、傷や欠損が復元されていく。

 そろそろ、大丈夫だろうといった状態になっても、吸い続けている。このままでは、全部吸われるのではないだろうか。恐怖を抱きだす


「ちょっ、おまえ………吸い過、ぎ、やろ」


 トントントンと背中を3回たたく。

 しかし、意味はなく、吸われ続け、意識を手放す。

 ただ、最後に覚えていたことは、天使の温もりが心地良かった事だった。


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