精霊心臓
冬の冷たい空気に冷やされ、しっとりと濡れた下駄箱から、教室へ向かう。
教室からの暖房により、廊下はかなり暖められていた。
廊下を行き、教室にたどり着く。
昨日と同じように、クラスメイトに挨拶を交わし、自分の席に着く。すると、仁が昨日と同じようにやって来る。
まるで繰り返される日常に、可笑しく思えてくる。
「よう、どうしたんだ、笑って?」
意味も分からず、笑みを浮かべていた俺に、君の悪さを感じていた。
「いや、別になんもないよ。どうしたんだ?」
「昨日のパーティでのことを聞こうと思ってな」
「別に、なんもないぞ」
平然と嘘をつく。
「ダウト。あらましは聞いているんだよ」
駄目だ。速攻、バレた。
仁の奴も友達が多いからな。大方、文化祭実行委員の友人から話でも聞いているんだろう。
性格の悪い奴だ。
一度、泳がせてきやがった。
「はぁ~~、知っているのかよ」
「いうても、少しだけだけどな。ずっと、静海さんといたんだろ?」
「ああ、まぁな」
「なんだよ、全然嬉しそうじゃないじゃんか」
「そりゃそうだろ。なんてたって、みんな静海さんと話したいんだから。だっていうのに、ずっと、同じ奴が静海さんの隣を独占していんだぜ?
滅茶苦茶、居心地悪かったよ。なんだか、ずっと、睨まれていた気がするし」
一度、話し出すと、思ったよりも鬱憤があふれ出す。
一通り、昨日の不満を吐き出すと、素朴な疑問だけが残る。
「なんで、静海さんは俺と居たかったんだろう」
もっと言うと、なぜ彼女はあそこまで、俺に気をかけてくれるのだろうか?
ずっと、疑問に思っていた。
「お前のこと好きなんじゃないか?」
「ははは、俺も思った。でも、そんな事あるかなぁ」
言っても、客観的に見て冴えない男子高校生だからな。
そんな俺に、学校一の美女が声をかけてくれるなんて、どんなラブコメラノベだよ。
ありきたり過ぎるから、もうちょっと、刺激が欲しい。
「まぁ、流石に冗談だけど、ワンチャン告ってみろよ」
冗談なのかよ。まぁ、俺も本気で捉えてないけど。
「ふん、俺は勝算のない戦いはしないんだよ」
「そうか?いうほど、負け戦って感じしないけどな。可能性あるぞ、モテ男が分析するには」
あの元カノ総勢50人の噂を持つ男の断言。説得力が凄まじいな。
「おはよう、ジンちゃん、菊間君。何をそんなに盛りあがっているの?」
「おーっす、アサか。聞いてくれよ。実は、旬が静海さんに告白するかもしれないんだよ」
「おい、馬鹿。告白するなんて、言ってないだろ」
なんか、勝手に告白する事になっているじゃないか。
「えっ、え?とうとう、告白するの?」
南さんは野次馬根性丸出しで、口元に手を遣りながら、ニヤニヤ顔で尋ねる。
「しないよ!南さんも仁に騙されないで」
「実は仁ちゃんと、話していたのよ。
静海さんって、実は菊間君のこと、めちゃくちゃ好きなんじゃないかって」
必死に否定するが、南さんは全然話を聞いてくれない。完全に興奮してしまっている。
「だよな。やっぱり、旬と静海さんって、お似合いだよな」
「うんうん。二人にはぜひ、カップル成立してもらいたいよね」
「ああ。そんでもって、ダブルデートとかしたいな」
「あああ、それ、すごく楽しそう」
はぁ、駄目だ。この色ボケカップルが。完全に、二人の世界に入っちまっている。
「デートは二人でしてくれ」
俺の言葉を受けて、仁が「あっ」と声を上げる。
「そういえば、忘れていたけど、今日のデートどうする?」
俺の席で、デートの話するな!自分たちの席でしてくれ!
心の中で、そう思いながらも、日ごろ南さんに宿題などを教えてもらっている為、強く出れない。
「それなんだけど、前々から話していた、新しく出来た『ルームランド』に行かない?
友達が彼氏と行ったらしくて、すごく楽しかったんだって。私も興味湧いてきちゃった」
ルームランドとは、最近オープンした屋内型遊園地であり、VRやAR、プロジェクションマッピングなど、新技術を積極的にエンタメの分野で活用した新しい遊園地だ。
確か、かなり深夜まで営業していて、学生カップルだけでなく、大人のカップルも多くいるらしい。幅広い年齢を対象にしているのが売りだった気がする。
「ああ、いいぞ。行こうか。
と言っても、俺補習あるから、それが終わったらな」
「ええ~、また、補習~~。まぁ、いいけどさ。今に始まったことじゃないから。
それじゃあ、図書室で勉強でもしているから、終わったら、連絡してよね。
菊間君もどう、放課後、一緒に勉強しない?」
漫然と二人の会話を眺めていたら、突然俺に振られて、一瞬戸惑いながらも、素直に答える。
「あ、えっ…いや、俺は良いや。ちょうど、放課後に予定あるし」
「そっか~~、それじゃあ、一人で時間でも潰しているか~~」
「それか、俺と一緒に補習受けるか?」
「嫌だよ。だって、相手は芳賀先生でしょ?めちゃくちゃ面倒くさいじゃん」
ありきたりな日常の会話。どこかでしたような会話を聞くのに飽き、俺は二人から、視線を外して、窓の外の空を眺める。
冬の青空は、色が薄くて、雲も朧のようだ。
放課後の事を考えると、どうも感傷的になって仕方がなかった。
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数人の老人と小さな待合室で名前を呼ばれるのを待つ。
クリーム色の壁紙と窓から差し込む陽の光、中央に置かれた木の机とその上に置かれる幼児玩具が、親近感を抱かせるが、少し埃りが舞っており清潔感に欠ける。
ここは、なんてことはない小さな町病院。どの町にもある様な変哲のない、個人経営の病院だが、裏の顔を持っている。
ここの人物でしか、診られないものがある。
世にも奇妙な心臓を持つ俺の定期検診だ。
「お次でお待ちの菊間様~?」
名前を呼ばれて立ち上がる。
学校が終わって、自転車でそのまま来たために、学生鞄を持ちながら、診察室に入室する。
「よぉ、旬。久しぶりだな。何か月ぶりだ?」
「いうほど、そんな経ってないよ。2週間だ」
目の前の椅子に座るのは、天津境耶乙姫神。
赤髪で高身長。女性の魅力に富んだ人物だ。
この病院のただ一人に医者であり、この街の神。土地神だ。
名前が長すぎるので、俺はヒメさんと呼んでいる。
「マジか。まだ、2週間か。
駄目だな。長く生きすぎると、時間間隔がおかしくなっちまう」
「頼むよ。ヒメさんは一応神様なんだから」
そういって、快活に笑いながら頭を掻く。
その姿だけを切り取れば、近所にいるさっぱりとしたお姉さんといった雰囲気だが、その実土地神だけあって、ハチャメチャに強い。
「わるい、わるい。それじゃあ、早速、服を脱げ」
いつも通り、制服を脱ぎ、上半身を裸になる。
ヒメさんは、まったく意味もないのに、聴診器をつけて、心臓部に押し当てていく。
「「……………」」
数秒、静寂が場を支配し、破られる。
「ふむ、少しエーテルをためすぎている気がするが、まぁ、特に問題はないな。服着ていいぞ」
服を着ながら、初めての診断結果について、詳細に尋ねる。
「初めて言われたな。エーテルを貯めすぎるとどうなるんだ?解説を頼む」
「いいぞ。と言っても、大したことはいえないけどね。
本当は、感覚で診ている私より、ちゃんと理論を学んでいる魔術師に聞くのが一番、いいんだけどな。
お前の胸にある精霊心臓が、とんでもないことはわかるよな?」
精霊心臓。
その言葉を耳にするだけで、説明そっちのけで、ここまでの日々が思い出されてくる。
今のこの日常が、当たり前でないことを思い出される。
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13歳の頃、父の友人がいるというアイルランドのとある田舎に俺は家族旅行で赴いた。
2泊3日と短い旅であったが、最高に楽しかった。見るものすべてが新鮮で、食べるものすべてが刺激的だった。弟と駆け回った青空の下の草原は、最高に気持ちが良かった。
でも、そんな楽しい旅は、すぐに崩壊した。
アイルランドで起こった正体不明の魔術事件。もちろん、当時の俺はこの世界に魔術があるなんて知らなかったわけだから、只の事故に巻き込まれたのだと思っていたが、兎にも角にも、その事件により一瞬で、友人、家族は、灰へと変わった。村一つを消し飛ばすほどの規模。偶然、かくれんぼで洞窟に隠れていた俺は、被害を免れることが出来たが、それでも重傷を負い、死の瀬戸際をさまよっていた。
ふらふらと、誰も助けてはくれない。誰かを助ける余裕などないと、歩き続けていた。
数秒、数分、数時間。
どれだけ歩いたのかも分からず、限界が訪れる。
全ての力を出し切り、座り込んだ俺は、ただ、死を待つのみだった。
でも、そんな俺の目の前に、精霊が現れた。
そいつは、まるで美しい女の様なスガタカタチをしていた。
精霊が顕現したと同時に、まるで世界が祝福しているかのように、黄金世界へと変化した。そいつは、無言で俺に笑いかけると、自分の胸から心臓を引きずり出し、そのまま、俺の心臓へ押し込む。ずぶずぶと徐々に、俺の身体の内へと入り込む精霊心臓に、気味の悪さを感じながらも、温もりに溶かされていた。
精霊は、心臓が俺の肉体に入り込んだのを見届けると、ホロウのように消えていった。
後に残ったのは、依然変わらぬ村と無傷の俺だけだった。
その後、夜明けとともに、近くの街の警察に発見され、保護された。そして、あれよあれよと、日本の地元である五浄市の病院へ送られ、検査入院をしていた俺の元に、ヒメが訪れた。
「私と一緒に来い」
ヒメはそう言って、権能を使い強引に俺を退院させると、俺を連れ出し、3年かけて新たに得た力である『精霊心臓』と魔術について知った。
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「神秘中の神秘で、言ってしまえば、魔力の油田みたいなものなんだろ?」
「ああ、そうだ。しかも終わりのない油田だ。時たま、最高級魔力を生み出す」
なんか、そういわれると、めちゃくちゃ気持ち悪いな。
「その最高級魔力がエーテルなんだが、それが溜まりすぎると、松果体の中にある魂すら汚染して、人ではなく精霊の方へと変化してしまう。
私はそれを危惧しているんだけど、まぁ、大丈夫だろ」
聴診器を机に投げ捨てながら言う。
投げやりじゃないか?本当に大丈夫なんだろうか?
一瞬、不安になりながらも、まぁ大丈夫だろうと思う。
ヒメとの付き合いは長く、一時は同居していた仲なのだ。
この世界で一番、信頼している人物だ。それは恐らく、ヒメの方も同じように思ってくれているのではないだろうか?
「そんな事よりも、ちゃんとご飯食えているか?最近、一人暮らしはどうだ?お前は、ずっと一人なんじゃないか?それでは駄目だ。人付き合いをもっと増やせ、人間が腐ってしまう。前から言おうと思っていたが、もう少し人と関わる事を意識しろ」
まるで、母親のように、お節介を焼いてくる。
家族を失って長い俺からしたら、こうやって心配してくれる人物は得難いと分かってはいるが、その上で面倒くさい。
「一応、友達はいるよ」
結果、思秋期の息子が母親に言うように、なってしまった。
「少ない。もっと、増やせ」
その後、何故か長時間、お説教され、解放されるのは19時頃になった。




