教剣セイランとの戦い(後)
音速を超えた突進で、セラフを狙う。
セラフは翼を盾にするが、間に合わず懐に入り込まれ、ガッチリとホールドする。
「今度は、私の番だ。うぉああああああああ!」
雄叫び上げながら、そのままセラフを引きずり回す。
壁を破壊し廊下を出て、そのまま階段を駆け上がる。
「ぐっがあああああああああああ!」
天井までも突き破り屋上に出る。
俺もついていくが、やはりスピードが段違いで、見送るだけであった。
急いで、屋上に出るころには、セラフが屋上で蹲っていた。
「うぐっ、が、ああ」
セイランは、蹲るセラフを冷酷に見下ろしていた。
「セラフっ!?」
セイランは、俺の存在を視界に収める。
このままでは、セラフが死んでしまうと思い、セイランに殴りかかるが、バシッと受け止められる。
「全然、力が入ってねぇじゃねぇかよ。殴るっていうのは、こうするんだ!」
セイランから力の籠った拳を受けて、崩れ落ちる。
駄目だ。勝てない。完全に、諦めてしまっている。俺はこの人間に勝てるイメージが湧かない。
でも、それでも負けられない!
そう思い、立ち上がったところで、セラフと目が合う。そして、セラフの瞳には、まだ光があった。
もう、策はない。でも、セラフには、まだ勝利への道筋が見えていた。ならば、俺もついていく!
「ハァァァああああああ」
立ち上がり、再度、セイランに迫る。
なんでもいい。セイランの視界を塞ぎ、セラフに猶予を与えられるのならば、なんでも!
俺は右腕にエーテルを集中させ、濁流のように放出する。
「ぐっ!?」
セイランには全く効いていないことは重々承知で、それでもすべてが空になるまで、放出し続ける。
実際に、セイランは腕を前に組み、迫りくるエーテルから守っている為に、視界を塞ぐことに成功している。
そのうちに、セラフは立ち上がり体勢を万全の状態へと整えていた。
それを確認すると、もはや俺のエーテル放出を弱めていき、スイッチするように、セラフと立ち位置を入れ替える。
そして――
「汝、我を愛せ―ー―這いつくばるがよい」
途端、先ほどまで防御姿勢を取っていたセラフは膝をつき、這いつくばる。
天使が持つ権能。この星・人間社会において、絶対に逸脱する事の出来ない法則。人であれば、必ず打ち破る事の出来ない軛。
セラフだけが持つ寵愛の権能の一端が示される。
「グゥックううううううう」
セイランは檻に繋がれた獣のように、唸り声を上げる。
例え、どれだけ超人的存在であろうと、人である以上は、セラフの権能から逃げることは出来ない。
対して、優位であるはずのセラフも苦しそうであった。冷や汗を流し、足腰は震えている。
天使の力をもってしても、セイランを縛り続けることは至難の業であった。
「立ちなさい!月子!へばってるんじゃないわよ!」
セラフは、後方で気絶していた静海さんに発破をかける。
とてもじゃないが、起きるはずがないと思っていた。それほどの拳が入っていたが、
「うっ、る、さい!
そんなの、分かってるわよ!!」
静海さんは根性で立ち上がる。
俺は何もしていない。おそらく、魔術師が使う独特の体内のマナ活性術で意識を取り戻したのだろう。
「菊間君!私に全エーテルを回して頂戴!!!
このまま、原始魔術を組み立てるわ!」
エーテルの供給を要求してくる。
「わかった!!」
断る選択肢も気遣う余裕もなく、了承し静海さんとの経路を構築し、エーテルを供給する。
「ナイス!」
静海さんは、そういうと、腕を前に伸ばし、詠唱する。
「奔る雷。
恵みであり、天罰である。その身を差し出せ」
詠唱と共に、魔法陣が浮かび上がり、詠唱が終わると魔法陣も消える。そして、魔術という現象が起こる。
前に突き出していた5本の指から、高質量且つ大量の雷撃がセイランを襲う。
依然として、セラフの権能により拘束されているセイランは、静海さんの原始魔術が直撃する。大規模な破壊力を伴った雷撃は、セイランだけでなく、周囲の校舎すらも巻き込んで、辺りに破壊を撒き散らす。行き場を失った雷は、校舎に当たり散らす。そのため崩れ、破壊される。
「うわぁ、ぐあああ」
確かにあった屋上は崩れ、浮遊感が襲う。
数秒の自然落下の後に校舎の瓦礫に叩きつけられる。
「グガッ」
アスファルトの残骸に押し付けられた腰をさすりながら、起き上がる。
周囲は、砂埃が舞っているせいで、視界不良となっていた。
「クソ、見えない。
セラフ!静海さん!いるか?」
生存を確認するが、返事はない。
2人は、俺のように簡単に治癒する術を持たない。静海さんに至っては、気絶していたのだ。心配だ。
でも、どうすることもできない。俺には、魔術の手ほどきがないから、たった一陣の風を起こす事すらできない。
クソがっ!こんなことなら、もっとちゃんと魔術を学んでおくべきだった。
俺が一人、やきもきしていると風が起こり、砂埃が去る。
そこには、セラフが経っており、気絶し鼻から血を流す静海さんを抱えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、良かった。シュンも無事ね」
俺よりも明らかに、大変な状況にいるセラフに心配され、情けない気持ちになりながらも、無傷を伝える。
「大丈夫だ。それよりも、静海さんはどうなんだ?」
「月子も無事よ。一時的にマナが失われ過ぎていて、状態が良くないけど、それでも、少し休んだら、治ると思うわ」
「そうか。良かった」
状態の悪そうな静海さんが、問題ないと知り安堵する。
となれば、あとはセイランのみ。
正直、あれほどの魔術を受けて、生きているとは思えないが、絶対に死んでいるとは言い切れないほどの怖さがセイランにはある。
俺は周囲に、視線を遣る。
果たして、セイランは――
「まだ、終わってねぇぞ!!」
生きていた。
自慢の修道服は破かれ、皮膚は焼かれ爛れ、血が流れている。
生きている。だが、正真正銘、重傷を負っていた。
押しつぶされていた瓦礫を押しやり、セイランが起き上がり、荒野の百獣の王のように、雄叫びを上げる。
「くっ」
「固すぎでしょ」
俺とセラフに、そこまでの驚愕はない。そんな気もしていたからだ。
俺たちは、すぐに戦闘態勢に入るが、それでも遅かった。
セイランは、一瞬で俺の懐に入り込むと、蹴りを入れる。強烈な威力の蹴りが心臓に当たり、そのせいで、俺の力の源であり、唯一の頼みの綱である精霊心臓が機能を停止する。
「うがぁっああああ」
「シュン!?」
「お前は、他人の心配している場合かよ!」
セイランは、俺を蹴りつけた返す刀で、セラフに接近する。そして、アッパーをセラフの顎に叩きつける。もろに受けたセラフは、あっけなく気絶する。
「中々強かったが、残念だな。あと、一歩のところで届かなかったようだぜ」
勝ち誇った笑みを浮かべて、セラフを見下ろす。
「お前もだぜ、シュン。やはり、お前は興味深い。連れ帰って、色々と試してやりたいが、さすがに今回は、控えておくとする」
サラリと怖いことを告げて、セイランは気絶するセラフを担ぎ上げる。
「じゃあな」
這いつくばり地面を舐める俺は、ただ、セラフが連れていかれるのを見ている事しか出来なかった。
「クソっ!?待てよ!!待て!!!」
どれだけ、声を荒げてもセイランには届かない。
最早、勝負は決したのだ。俺たちは全てを出し切り、それでもなお、セイランに負けた。圧倒的な力で負けたのだ。
クソが、このままじゃ、セラフが行ってしまう。
起きろ!立ち上がれよ!
そう、自身に叫び続けても、身体は一向に動き出さない。体は言う事を聞かない。
「くっ…………」
もう、ムリだ。俺が戦おうなんて、土台、無理な話だったんだ。もう、いいよ。ここで眠っちゃえば。眠って、起きて家に帰れば、今までの灰色の日常に帰れるんだから。いいんだ。もう、俺は十分頑張ったんだから。眠ってしまえ。
「……………うっ」
駄目だろ、そんなの。
あいつの笑顔を思い出せ。どんな小さなことでも嬉しそうにしていた。どんな小さな幸せも噛み締めていた。普通だったら取りこぼすような幸せですら、あいつは知らなかったのだ。
そんなあいつが、もっと幸せを感じられるように、俺は戦いたい!
「クッソが」
覚悟を決め直し、俺は立ち上がる。
足は笑い、上半身に力は入らない。
完全回復するために、周囲のマナを取り込むまで時間はかかりそうだが、精霊心臓は機能を取り戻していた。それだけあれば、十分だ。
「はっはー、まだ起き上がるとは、根性を見えてくれるな。
いいぜ。相手をしてやるよ」
セイランはセラフを投げ捨てて、構える。
俺も不格好ながらに、構える。
「……………」
「……………」
お互い、無言の睨み合いが続く。
セイランは明らかに油断していたが、それでも俺が勝つ確率は万に一つもない。
ダメージ量でいえば、セイランの方が圧倒的であるはずなのだ。
そもそもの生命力が違った。
「…………………」
「なんだ?来ないのか?ええ?
あんなに格好つけておいて、結局は怖気づいているんだろ?」
セイランからの挑発が来ようと、俺はただ、その時を待つ。
万に一つの確率が、少しでも上がる時を。
「お前から来ないなら、私から行くぞ!」
しかし、最高の時を敵が待ってくれるはずがなかった。
「ッツーー」
息を吸い込む。
ヤバい。何かしなければーー。
焦りから、冷や汗が流れる。状況を打破するための何かを求めて、周囲に視線を遣る。
駄目だ。ないもない!
やはり、頼れるのは、この心臓だけだ。やってやる!
迎撃態勢に入り、構えたところで、俺とセイランの間に割って入るように、上空から刀が降臨する。
―――神刀星守神手
能力は、非常にシンプルな倍化。
神刀を介する事で、あらゆるものを倍化させることが出来る。勿論、それはエーテルやマナといった物質にも作用する。まさに、破格の能力。地球の理すらも破壊する、ルールブレイカーだ。この刀は、土地神の右腕を素材に鍛錬・錬成したものであり、神格がもととなっている。それだけのものが素材になっていれば、この能力もう納得できる。
そして、俺は一度ヒメがこの刀を使うところを見た事がある。
「それはっ、神気!?」
セイランは唐突に目の前に降り立った刀に、並々ならぬものを肌で感じていた。
そして、それを俺の元に渡らせまいと、走り出す。
しかし、遅い。
すでに俺は手にしている。そして、教えられなくとも、使い方はすでに知っている。
ヒメは本来、関わる事が出来ないはずなのに、彼女が出来る最善の方法で、力を貸してくれたのだ。
「ありがとう、ヒメ」
静海さに、噛み締めるように感謝を述べる。
「クソがッ!!??その刀に触れるな!」
セイランは必死に追いすがる。
俺は気にせず、その刀にエーテルを流し、構える。
あとは、セイランに照準を合わせて、振り下ろす。
それだけだ。
「うあぉおおおお」
セイランは俺が刀を振り下ろすまでに、飛び上がり蹴りの体勢に入る。しかし、間に合わない。
「ハァっあああああああ!!!」
俺は力強く、振り下ろす。
すると、金色の奔流が刀から発せられ、セイランへと向かう。
高質量のエーテルがセイランを飲み込んだ。確かに、それ単体では強い力はない。指向性を与えられている魔術とは違うからだ。しかし、それは同じ質量であればの話。
俺が神刀を介して、放たれるエーテルの奔流は、星の誕生にすら匹敵するエネルギー量。例え、最高の人間であろうと、宇宙規模のエネルギーに立ち向かう事はかなわない。
「ハァァあああああああああああああああああああああ」
それでも、立ち続けるセイランに、恐怖を感じながらも、エーテルを我武者羅に放出し続ける。そうして、やがて、セイランは力尽き、倒れた。
俺はセイランの状態を確認し、気絶しているのを知ると倒れる。
「はぁはぁはぁ」
空には満点の星空と月がある。
皮膚を突き刺すような冬風も、勝利の余韻に浸る今は、心地が良い。
視界の端。とある住宅の屋根の上に、ヒメがいた。俺とヒメの視線が交差する。俺は目で、ヒメに感謝を述べ、ヒメもそれに応じると、ヒメは去っていった。
ふと、影が出来る。理由は単純。セラフがのぞき込むように、俺を見ているからだ。
口の端が思わず、上がる。
「どうだ?勝ったぞ?」
決して、俺一人の力だとは言わないけれど、今だけは、誇ってもいいだろう。なんていったて、俺が最後を飾ったのだから。
「うん。凄くカッコよかった」
続けて――
「ありがとう、シュン!」
満面の笑みで感謝を述べる。
まさか、感謝されるとは思わず、一瞬驚きながらも、受け止める。
ああ、戦ってよかった。この少女を救ってよかった。
そう、思った。




