教剣セイランとの戦い(前)
「星を砕く星。
全てを焼き尽くす衝突を望む。
その果てに私だけが立つ」
静海さんが青の魔石を天に掲げて、詠唱する。
静海さんの体内から、僅かな魔力が魔石へと流れ込むと、魔石に保持されていた術式にエネルギーが与えられ、その本来の役割を実行する。青の魔石は役割を終えると、砂となって吹きすさぶ。
すると、天から大きな隕石が校舎へと落下していく。俺たちは、それを正門から眺めているだけだった。
「おい!こんな大規模に魔術行使して、バレないのかよ!?」
隕石落下の轟音に、かき消されないように大声で話す。
「大丈夫よ。
この学校の周囲に不可視の結界を施して異界化させているから、魔術の手ほどきがないものは、分からないようになっているはわ。
それに、私とセラフとシュンには、さらに強力な不認知の魔術をかけているから、気にせずに魔術を使って頂戴」
透き通る声で、答える。
「それよりも、ほら、やっぱり、あの程度じゃ効かないみたいね」
そう言って、校舎に視線を促す。
「なっ!?」
そこには、校舎から飛び出し、隕石へと向かっていく人間の影があった。
「ァァァはああああああああああああああ!!」
怒号と共に、影は隕石へと上昇し、直撃する。普通であれば、負ける。なすすべもなく、押しつぶされて、アリのように、地面に押しつぶされるはずであった。
だが、相手は、あのセイラン。圧倒的力で、どのような障害でも粉砕していく人間であった。
「うぉおおおおおおお」
セイランは、拳一つで隕石へと割って入り、そして反対側から姿を現す。
そして、空中で反転し、叩き割った隕石に向かって連打する。校舎など悠々と押しつぶすことが出来る隕石が何百、何千、何万というセイランの拳を受けて、徐々に粉々になっていき、最後は塵へと変わっていく。おかげで、俺たちが通う高校は無事であった。
「…………」
「…………くっ」
「…………っ」
意味が分からなかった。およそ、人の身で出来るはずがない。
しかし、これが彼女が生まれながらに持つ原理なのであった。俺はそれを、今初めて実感する事が出来た。そして、飛行なんて、彼女にとっては生ぬるかったのだと知った。
俺たちは、これから、そんな超常の存在と戦わなければいけない。
自ずと、身が引き締まる。
「ハッははっはっはははは!」
セイランはそのまま身体を捻転し、俺たち三人の前に着地する。
滞空時間ヤバすぎだろ。校舎から飛びあがり、隕石を破壊し、俺たちの前に着地する。これを一切の休みなく、涼し気にやって見せた。
「私の安眠を恐れ多くも妨害してくる奴がいると思ったら、お前らか。
なんか、知らねぇ奴も増えていやがるが、まぁいい。獲物の方から、来てくれるとは。都合がいい」
「まさか、拳で解決してくるなんてね。意味わからないわよ」
セイランは、静海さんに意識を向ける。
「へっ、どうだ。単純にして、最高の方法だろ。
あの魔術には、高純度の神秘を感じた。ゆえに、どのような魔術・アナテマであろうと、あの隕石には効果はない。すべてを跳ね返すだけの、神秘を纏っていた」
アナテマ。
簡単に言えば、教剣版魔術。
それは、魔術師が魔術という神秘に接続する事が出来るように、教剣だけが接続できる神秘。
祝詞を詠唱し、摩訶不思議な力を行使する事が出来る。
「だから、あの魔術を使われた時点で、大抵の魔術師や教剣であれば、手も足も出ずに、潰されていたはずだ。
だが、唯一私は違う。あの魔術を攻略する方法があるとすれば、それは物理攻撃であり、そしてその手段を私は持っていた」
セイランは手を広げて、余裕綽々に講釈を垂れる。
「解説ありがとう」
「お前も悪くなかったぜ。さっきの魔術だって、かなり特別な物だろう。将来有望そうだ。
ただ、まぁ今日………死ぬが、な!」
そうして、戦端が開かれる。
セイランは相変わらず、恐ろしい速度で、静海さんに迫る。
全く予期していなかった俺は、動き出しに遅れる。
まずい!?追いつかない!
急いで手を伸ばすが、明らかに届かない。
セイランの手が静海さんの首にかかろうとしたところで、「バギンっ」という音で、弾かれる。
セラフが翼を広げて、盾となっていた。
「ふん、やっぱり、最初に殺すなら、お前だな!?」
そういって、セイランは狙いをセラフへと切り替える。
セラフはセイランを引き付けるように、校舎へと羽ばたき飛行する。
俺も急いで、心臓を起動させ、いつでもエーテル化出来る状態にしながら、後を追った。
セラフとセイランは昇降口を抜けて、1階の廊下でぶつかりあっていた。
セラフは廊下奥で壁を背にして、迫りくるセイランに翼で攻撃を仕掛ける。
対して、セイランは、左右への移動範囲を制限される分、前後上下で動きながら、翼をよける。
絶対防御のセラフと圧倒的攻撃力のセイランだった。
セイランは僅かな重心移動とステップで、槍のように自身に迫りくる翼を華麗によけ、死肉を狙うハイエナのように、狡猾にセラフに近づく。
「くっ」
セラフの放つ攻撃の一切が当たらず、歯嚙みする。
そして、そうしている間に、セイランの拳が当たりそうになったところで、俺が純粋なエーテル体を放ち、間一髪で軌道を逸らすことに成功する。
「―――」
「―――」
一瞬、俺とセラフの目が合う。たった一瞬。されど、一瞬。
意思疎通はそれだけで十分だった。
お互い、数分前の事が思い起こされる。
#####
「サイレンス・三重」
そう言って、校門の前で指パッチンする静海さん。すると、たちまち白く透明な膜が3つ、俺たちの周囲を囲む。
「なんだこれ?」
「防諜対策よ」
「必要あるか?
周りには誰もいないぞ」
「馬鹿ね。セイランに聞かれないようにする為よ」
「セイランにって、言っても、校門から校舎まで、最低でも500メートルはあるんだぞ」
「念のためよ。念のため。
人間種の到達点である彼女であれば、ここから聞こえていても、何らおかしくないわ」
確かに、そう言われてみればそうだ。
それに、例え、ムリであったとしても、そう思わせてしまう力がセイランにはあった。
「すまない。余計な無駄口を叩いてしまった」
それで、何用だ?」
「具体的な動きについて話しておこうと思うわ」
俺とセラフは頷く事で応える。
「まず、天使が守りながら、セイランを引き付ける。
次に、菊間君がセイランを足止めし、動きを止める。
そして、この5つの魔石で倒す。
私は天使と菊間君の動きが合い、完全にセイランの足が止まったと判断しらタイミングで、状況に合わせて、魔石を使っていくわ。
だから、たぶん、辛い役割だと思うけど、頑張って頂戴」
「了解した」
「はぁ」
静海さんは何故かため息をつく。
「なんだよ?」
「いや、さっきから、全然意見してこないから、本当に分かっているかなって思って」
呆れたように言う。
言われてみれば、かなりの部分を静海さんに任せ過ぎていた。そこは反省すべきだ。でも、それは心のどこかで――
「静海さんがやれば、間違いないって、信頼してるからだよ」
「………ふん、魔術師なんかを信頼しちゃって。
やってやるわよ。任せなさい」
そう胸を張る静海さんを覚えている。
#####
俺もセラフも、しっかりと役割を覚えている。
セラフならば、役割を全うする事が出来るだろう。だが、今の状況から分かるように、俺は足りていない。
全く2人の戦いについていくことが出来なかった。
それでは駄目だ。ここは正念場であり、失敗は許されない。
負けるな、俺!
自信を叱咤しながら、2人の後を追う。
通路の角を曲がったセラフとセイランは、職員室へと入っていった。
急いで、俺も後に続く。
「ハァ、ハァ、ハァ」
息を切らしながら、職員室への扉を開くと、セラフの翼がまるで蜘蛛の巣のように、前後左右に広がり、セイランを捕まえていた。
「………っ!?」
思わず、動きが止まる。
しかし、そんな暇はない。
セイランは、その自慢の怪力で、今すぐにでも抜け出そうとしていた。
そして、セラフはセイランを抜け出させないように、がっしりと捕縛する。しかし、さすがに苦しそうであった。
「はぁ!」
俺は大気に漂うマナを吸い上げ、マナで出来た手を4つ作り、セイランを押さえつける。
あのセイランも身動きが取れなくなり、イラついた顔を見せる。
「クソがっ」
「早く!」
「早く、月子!」
俺とセラフはハモらせて、静海さんに魔術行使を促す。
「はぁはぁはぁ、待たせたわね」
俺たちの声と共に、静海さんが姿を現す。
「これでも、食らいなさい!!」
「すべてを見通し暴かれる。
私は知っている。これは呪い。
ただ石のように立っていろ」
先ほどと同じプロセスを繰り返し、今度は魔石を宙に投げる。
すると、魔石は宙で静止し、一瞬の間と共に、大きな目へと変わる。
それは瞳の様なものであった。
「―――っち!?」
その効果は、すぐに表れた。
直下のデスクやコピー機を石へと変え、徐々にその効力を広げていく。
単純明快。
「石化の魔術!?
範囲と時間を短縮して、効力を上げているのか!?」
ここにきて、セイランが驚きの声を上げる。
確かに、セイランへと効いているようだが、このままでは俺たちも石へと変わるのではないだろうか?
そう疑問に思い身構えていたが、その必要はなかった。
「安心して。
私たち3人には、効かないように設定しているから」
その言葉で、不安は取り除かれ、より一層、セイランの足止めに力を注ぐことが出来た。
少しずつ迫りくるリミットに対して、果たしてセイランは笑って応える。
「ハッハッハッハッ。
フン、石化を選ぶセンスは悪くないが、あと少しが足りないな。「視る」ことで、効力が発揮するものでは無ければ、効かないぜ」
自信満々に宣うと、手を前へとかざし、詠唱する。
「何人であれ救済を願うものは、まず第一に我らの信仰を把持しなければならない。
何人であれこの信仰を欠く者は、健全で穢れない者でいることはない。
かかるものは必ず滅びる。
ディセロ」
すると、光の風が、セラフを起点に部屋を包み込み、石化の呪いを解く。
それにより、喜びや落胆、諦めなど、この場にいる全員の胸中に、様々な感情が渦巻き、空白が生まれる。その空白を最初に埋めたのは、セイランだった。
「シっ」
セイランは俺とセラフの拘束が緩まったと気付くと、抜け出す。
そして、次にセラフが埋める。
「残り3つ使っちゃいなさい!!」
しかし、遅かった。
セイランは静海さんの懐に入り込み、残り3つの魔石を奪い取ると、そのまま口に含み、飲み込んだ。そして、鳩尾に強烈な拳を叩きこんで、静海さんを気絶させた。
「ハッ、まずは一人。
原始魔術の使い手とは、珍しいものだが。古ければ、いいものじゃないからな」
手を払いながら、俺とセラフに挟まれる形のセイランは構える。
「ハッ」




