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エンジェルX  作者: 依澄 伊織
青春は命がけでこそ、意味がある
10/15

取引

 閑話休題。

 間一髪でセラフの乱入により助かった俺は、セラフと静海さんの言い争いを治め、ダイニングへと移動した。

 その際に、静海さんは思ったよりも諦めが早かった点が気になったが、本人は「いま、ここで天使と事を構えるほど、馬鹿じゃないわ」と言っていた。彼女がどれだけ俺たちの現状を知っているのか、そして、天使という存在に明るいのか、そういった情報が全く分からないため、考えを巡らせても意味はないだろう。


「それで、あなたたちが私を訪ねた理由は何?といっても、なんとなく、想像つくけど」

「言ってみて」


 セラフが生徒に問題の答えを求めるように促す。


「どうせ、教会の奴らと結社の魔術師が強すぎて、手も足も出せないから、私に協力を求めに来たのでしょう」


 なんと、静海さんは全てを知っていた。

 俺たちの事情や情報は、しっかりと把握しているという事だろう。


「あまり、舐めないでほしいわね。若くてもイチ魔術師家の当主を務めているのよ」

「そうね。確かに、甘く見ていたみたいだわ。これでも龍脈を統治しているだけあるという事ね」


 セラフと静海さんは、冷静・冷酷な表情と声音で応酬を交わす。

 腹の内がどうであれ、友好的である様子はなかった。

 それを俺は、どうすればいいのか分からず、ただ見ているだけしか出来なかった。


「なら、あれ程度は説明を省略しても大丈夫ね」

「ええ、もし、分からない所・疑問に思ったところがあったら、私が尋ねるわ」


 セラフはそれを受けて、うなずく。


「最近、街で猟奇的な殺人が頻発している。

 その原因が、魔術師と教会の機関が理由であることは知っているわよね」

「もちろん。そして、そもそも、そいつらがこの街に来ている理由は、セラフとかいう天使のあなた。結社は天使という希少なマテリアルを狙って、教会は教義に反するとかいうので、この街に来ているのでしょう」

「しっかりと調べているわね」

「当たり前でしょ。これでも、この土地の支配者よ。情報網は確立しているわ。

 この土地で、起こる事に私が知らないことはないわ。

 例えば、菊間君をなぜ、もっと早くに魔術で奴隷契約を結んでしまわなかったのか。それは、菊間君には土地神の加護が付与されているから。もし、学校で隙を狙って魔術を使い意識を奪っても、ムリだったのよ。菊間君は五浄市にいる間、土地神に監視・見守られている為に、手を出すことが出来ない。でも、唯一、神の目を盗むことが出来る事がある。それが自身の工房や邸宅でこと。ここであれば、菊間君に手を出すことが出来た。そのために、主人公と親密な関係になり、自身から月子の工房に来るように仕掛けていたのよ」


 そうか。そういう事だったのか。

 確かに、少し不思議であった。

 なぜ、このタイミングに契約を実行してこようと思ったのか。俺にとって、静海さんは十分に、気を許せる相手だった。だから、いつでも隙を伺って、俺の自我を支配する事なんて簡単だったはずだと疑問に思っていた。

 でも、違った。出来なかったのだ。土地神に、ヒメに守られていたのだ。


「ヒメ……」


 いつでも俺を見守ってくれていたヒメに感謝する事しか出来ないのが不甲斐ない。

 俺がヒメに思いを馳せていた間にも、話し合いは進む。


「ならば、単刀直入に言うわ。

 私たちに協力してくれないかしら」

「本気で言っているの?」

「本気よ。私たちは、いま教会の精鋭と高位の魔術師に命を狙われている。

 天使と精霊心臓の私たちでも、十分に強いけれど、さすがに敵の数が多すぎる。

 そこで、どっちの勢力にも与していない、土地の魔術師である貴方、私たちの協力をしてほしいの」


 静海さんは腕を組んで、考える。沈黙する。

 頭の中で、どのような勘定をしているのかは窺い知れなかった。

 セラフは、すぐに断らない静海さんの姿勢に、チャンス・交渉の余地があると感じたのか、感情に訴えるような言葉を重ねる。


「貴方は良いの?

 自身だけじゃない。その両親や祖父母、曾祖父、と先祖たちが連綿と受け継ぎ守ってきた土地を余所者たちが荒らしまわっているのを看過出来るのかしら?

 それだけじゃない。もしかしたら、奴らは私たちを殺し、仕事を終えた後に、この土地を奪ってくるかもしれない。そうなったら、貴方は自分一人で対処できるのかしら」


 セラフは僅かに勝ち誇ったように、告げる。それはセラフが、ここに来るまでに考えていた言葉なのだろう。実際、今のはかなりパンチラインと呼べるものなのではないだろうか。俺だったら、うんと頷いてしまいそうだ。

 しかし、上手くは機能しなかった。


「ふん。協力をお願いする立場のくせに、私を脅すのかしら?」

「いいえ、脅してないわ。考えられる事態を話しただけよ」

「残念。土地を奪われる点に関しては、問題ないわ。数日前に、結社の盟主を名乗るエルフが訪れてきたわ」

「エルフですって!?」


 先ほどまでの余裕そうな顔は、どこへやら。今度はセラフが驚きと共に、席を立ちあがっていた。その顔には、驚愕のほかに、焦りが見えた。


「本当の事よ。一切、嘘はついてないわ。

 私もエルフは初めて見た。21世紀になっても現存していたのね。凄まじい、圧を感じたわ」


 魔術に精通する二人は、何だか意気投合していた。

 俺だけついていけず、尋ねる。セラフは席に座る。


「エルフって、あの漫画とかアニメに出てくる?」


 すると、静海さんが答えてくれる。


「大体イメージは、そんな感じね。

 耳が長くて、イケメンと美女が多いとされている」

「されている?」


 静海さんがうなずく。


「神代から古代にかけて存在していたのだけど、当時の魔術師であったり古代の王国によって、奴隷にされたり、殺されたりして、数を減らした。

 人間に奴隷にされる理由は、まぁ分かると思うけど、魔術師がエルフを奴隷にしたり、殺す理由は、エルフには、生まれながらに、高い魔術的素養を持っているとされるから。圧倒的な魔力量と民族特有の魔術、自身に向かうあらゆる魔術を無に帰す特性が武器。また、長命種であり、その永い生の中で培われた知識と経験は計り知れない。奴隷にして使役するのもいいし、殺してマテリアルにするのもいい。使い道が多岐に渡るわ。

 これらの点から、魔術師にとってエルフは最高の存在と言えるわ。

 そして、あまりにも殺されるので、廃滅の危機に瀕していたエルフたちは、別次元へと旅立ったとされているわ。

 だから、今のこの世界には、エルフはいないとされている。

 そんなエルフがこの街にいる。それだけで、ヤバさが分かるでしょ」

「ああ」


 説明して貰った事で、大分理解する事が出来た。確かに、そんな奴がこの街にいるって、ヤバい。


「ま、今はその話はよくて、そのエルフが「私たちに手を出すな」「邪魔をするな」って、釘をさしてきたの。

 奴らのいう事に従うのは癪だけど、相手は異端焼却機関に、結社パラディと、いずれも神秘の世界に名を轟かせる猛者ばかり、さすがに相手が強大すぎる。

 だから、受け入れたわ」


 そう告げられ、いよいよ俺たちに投げかける言葉はなくなった。

 しかし、諦めきれず、情けなくも感情論に訴えかける。


「あっ、貴方はそれもいいの。この街に住む多くの何の関係もない人が死ぬのよ」

「それでもよ。確かに、それはすごくムカつく。

 けど、私の命は私一人だけのものではない。父や母、祖先が何百年という時をかけて培い、受け継いできた研究を預かっているの。これを私の代で絶やすことは出来ない。

 だから、無責任に一時の感情で、命を危険にさらすことは出来ないわ」


 静海さんは真顔で答える。学校で見せる顔とは違う魔術師の顔。その時、静海さんが魔術師であることを真に認識した。

 そして、魔術師に今の言葉は無意味だった。

 冷酷・冷徹を骨の髄に受け継ぎ、細胞の一欠片に至るまで、合理的を教え込まれている魔術師に、一番意味のないことであった。


「………………」

「………………」


 今度は俺たちが沈黙する番だった。

 正直、交渉はセラフに任せっきりにしてしまっていた。どうすればいいか分らなかったから、

 全てセラフに投げてしまっていた。しかし、それでは駄目だ。俺もセラフと一緒に戦っていくのだ。そう覚悟を決めたつもりだ。だから、考えなくてはいけない。

 そして、1つの案が浮かぶ。


「ならば」


 ここで、初めて明確に俺が声を上げる。会議に参加する。

 セラフと静海さんの視線が集まる。


「ならば、もし、この戦いで敵を倒す事が出来たら、俺の力を提供するよ。人権はあげられないけど、基本的に静海さんのいう事は聞く。」

「馬鹿なの?」


 セラフが眉を寄せて、若干怒りながら言う。

 俺は静海さんに視線を固定させながら、答える。


「死ぬまで、静海さんの研究を手伝う」

「本気?」

「ああ」


 頷くと、静海さんは顎に手を遣りながら熟考する。


「やめときなさい。

 魔術師に、手を貸すという事の意味を理解できていないわ。それに、シュンは、私の恋人のはずでしょ?」


 セラフが止めに入る。


「両立して見せるさ。俺の力と有用性を示せば、そんな雑な使い方はしないはずだ」


 どれだけ言っても、聞かなさそうな俺の態度を見て、セラフが押し黙る。


「わかったわ。確かに、魅力的な提案ね。でも、ここで貴方たちを襲って、天使を殺し、貴方を縛ってしまえば、私は危険を冒さずに菊間君を手に入れられるわ」


 好戦的に、不敵に笑う静海さん。

 セラフは身構える。

 それに俺は苦笑しながら、答える。


「いや、それは無理だよ、静海さん。

 だって、その時は、俺たちが全力で、静海さんを殺す。例え、そのせいで敵に居場所がバレて、殺されても、静海さんだけは絶対に殺すよ」


 静海さんの顔がピリつく。


「さぁ、早く選んでくれ。俺たちに乗るか、乗らないか。

 元来、魔術師というものは、そういうものだったんじゃないかな。自身の研究を一段階押し上げるために、命の危険を冒すような選択をしてきた。それは静海さんの父や母、おじいさんやおばあさんもそうだったはずだ。

 そして、その時が静海さんにも訪れたという話だと思う」


 俺は言いたい事を言い終えると、押し黙る。

 静海さんは、俺の言葉を受けて、30秒ほど悩み、答えを出した。


「わかった。あなた達に力を貸すわ」


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