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Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
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9.良い子の答じゃないものを

 人を殺してはならないと思いますか? と、闘魚達は成長段階で数回質問されることがある。

 この時望まれる答は「はい」や「いいえ」ではない。「何故ですか?」や、「どのような?」だ。理由を聞き、どのような条件でどのような人間を殺すのが、「ならない」のかを考える知能が求められるのだ。

「はい」や「いいえ」と、毎回答えた個体は、感情が平坦であり知能の発達が見込めないとされ、他の闘魚達の手で育成房時代に間引かれる。


 アルバの前で無邪気な女性を演じる事から解放されたリモは、施設のシャワー室で死臭を洗い流してから、半年に渡った潜入生活の間のストレスを、練り香水で癒していた。

 プロジェクトリーダーであるムルサの指示に従い、ヨトがイリモに毒を盛った。眠りに就くように死亡したイリモの体は、老衰とされた。

 ジュラは自分に言い寄って来たアルバの父親の首筋を刺して殺害し、死体を細かく切り刻んで鞄に詰めて屋敷の外へ持ち出した。そして、施設に送られた遺体はさらに細かく砕かれ、下水の中に投じられた。

 行方不明になった父親を探して、アルバは自分のボディ・ガード達をその任務に就かせた。

 一匹になった人間の青年を殺傷するのは簡単だった。しかし、「遺体を損傷させてはならない」と言われていたので、麻酔薬で眠らせて首筋から流血させたアルバの体は、ベッドの上に残してきた。

 生きる宝珠「ウラ」は、酸欠を起こさせる毒を定期的に摂取させることで寿命を縮められ、家督を継げないまま息を引き取った。

 そして、アクア家の長老、アリカの大手術が行われた。心臓以外の内臓全てを、彼の曾孫であるアルバの物と取り換えたのだ。血管も、部分的に劣化していた箇所をはぎ合わせ、衰え始めていた顔の皮膚も、首の後ろから丸ごとはぎ取って取り換えた。それにより、アリカは更なる健康を手に入れた。

 親族の者で、自分の内臓と不適合を起こさない肉を持った者が生まれるのを、アリカはずっと待っていたのだ。そして、適合者である曾孫が生まれ、嫁を選ぶまでに成長した。

 延命手術が受けられる年齢である余命認定直前で、アリカは曾孫の内臓を我が物にした。その事に異論を唱えるであろう、近親者を抹殺する事にも成功した。

 全ては、アリカの予定の中に組み込まれていたのだ。政界を通じてリモ達に一族を抹殺するように依頼してきたのも、アリカの側近の人物だった。

 無駄な半年を過ごさせられたと、リモは思っている。ヨトとジュラの感想も、似たようなものだろう。

 同時に、闘魚の仕事は純粋な人口削減計画から外れ始めている、と直感した。元々、世界規模の人口爆発を止めるために、リモ達、闘魚が「赤色闘魚計画」と言う暗殺計画を担っていたのだ。

 この世の中で市民権を得られない弱個体を選別し、暗に間引く仕事だ。

 その闘魚達が、間もなく余命期間だと言うのに、資産を持っていて、政権に顔を利かせられる人物を「より長く生きさせるため」に利用されると言う事は、全く理にかなっていない。

 直系一族を全滅させられるのだから、結果的には人間を減らしていると言えるだろう? と言う言葉も聞かされたが、それを聞いたとき、リモは「トロッコ問題」を思い出した。

 暴走するトロッコを、右に移動させるか左に移動させるかで、死ぬ人間の数が違ってくる。一人が死ぬほうが良いか、五人が死ぬ方が良いか。それを選べと問われる問題だ。

 その時に必要な答えは、「右」でも「左」でもなく、「何故?」であり、「どのような?」であるだろう。

 その答えを聞く暇もないほどの急激な選択を求められたら、その答えは一様ではない。リモ達だったら、「死に至らしめる者が弱個体かどうか」を瞬間的に判断するだろう。より多くを殺せれば良い、と言うわけではないのだ。

 それも、一番の汚れ仕事―これから百年は余裕で生きる、生命力のある個体の殺傷―をしたリモは、全く納得していなかった。


 リモは、その日は本当にシアに愚痴を言いに行った。

 シアも、以前のように音の洪水に浸っておらず、リモの話を詳しく聞いてくれた。

「それじゃ、リモは、これから『闘魚』達の扱い方が、変わっていくと思うの?」と、シアは聞き返してくる。

「ええ。今回みたいに、複数の闘魚がチームを組んで人間を殺傷するなんて言うのも、異例だもの。それに、一度こう言う例があると、それは実例になる。何回でも同じことが起こってもおかしくない。私達が、『集団で行動が出来る生物』であることを証明したようなものだからね」

「そうなると…。もし、人間が『闘魚達が反乱を起こす』なんて言う疑念を持ったりしたら、私達全滅させられちゃうね」と、シアは冗談めかせて言う。

「反乱を起こしたくならないように、細かくケアしてもらえるなら良いんだけどね」と、リモも言って、手の甲につけていた香水の香りを嗅いだ。

「良い香り。何?」と、シアは話題を明るくしようと聞いてくる。「ラベンダー」と、短くリモは答え、そこから最近リモが手に入れた、いくつかのアロマグッズの話題に転じた。


 リモにとって、シアは命の恩人でもある。リモが「『理解』と言う現象に伴う感情の発作」を起こした時、弱個体指定されたリモに回復の時間を与えるよう促したのはシアと、リクサと言う人物だった。

 シアとリクサの働きかけにより、一部の闘魚の知能は著しく発達すると言う事が常識化され、施設内で知能によるクラス分けがなされて、夫々の知力に合った仕事を任されるようにシステムが変わった。

 知能の事は理解されても、感情のほうは置いてけぼりである。シアやリモのように、自分で自分の感情をコントロールできるようにならないと、高知能を持った闘魚達はストレスに勝てない。

 以前、リモがジュラに「もう一つの顔を持て」と指示したのも、そう言った理由があるからだ。

 感情の発露を許せる何かを得ないと、高知能を持った時、闘魚達は自分達の仕事とされる罪に吞まれてしまう。世間に紛れて生活をしながら、人間と同等の権利を得るための義務が、人間を殺傷すると言う事なのだから。

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