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Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
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7.物思い

 リモと仕事の休暇が合う日を探しながら、ジュラは「普通の少年の様に振舞う訓練」をした。

 目をはっきり開くところから始まって、水中ショー以外で使っていた「いつもの話し方」を維持するように言われた。ジュラとしてはカタコトになってしまう方が恥ずかしかったのだが、秘密の話をする時以外は人間は囁き声に成ったりしないのだと教わり、動作や身振りは、きびきびと動くようにした。

 その動作は「施設の中で振舞う方法」とされて、もし水中ショーで教わった動作や話し方のほうが楽だと言うなら、仕事をしている間だけ使うようにと教わった。

 動作を使い分けられるようになるまで2週間ほどかかっただろうか。ジュラは一部の姉達から向けられていた「敵意の視線」を感じなくなった。

 そこから、動作や言動の使い分けをしないと、闘魚達にも何か悪い印象を与えるらしいと言う事は分かった。エカの様に「噛みつきたくなるような」衝動を起こさせると。


 ジュラが任せられた「キーパー」と言うクラスの仕事は複雑だ。長期間人間の世界に侵入して、防備の固い人間が気を緩めた所を狙い、殺傷して施設に帰還する。

 3ヶ月前に潜入した屋敷で、執事として働きながら、ジュラはその屋敷の「先代」の命を狙っていた。決行日、晴れた中庭に、お茶の用意をしていた。

 ジュラの狙っている老人は、二百六十年ほどを生きている、数年前に余命期間認定された個体だった。余命期間が来る前は、資産を抱えてもなおバリバリと社会での仕事をしていたが、余命の認定がされてから急に気力を無くし、歩くこともままならなくなった。

 老人は、ジュラを眺めるのを好んでいる。ペットの行動を眺めるように、ジュラの行動を目で追う。

「ユノ。良い事でもあったのかい?」と、老人は聞いてきた。

 中庭に用意したテーブルにお茶の準備をしていたジュラは、言葉の意味が分からなかったが、様子をうかがう事も無く応える。

「いいえ。大旦那様。何かありましたか?」

「いいや、動作がいつもより元気が良いと思ってな」と、老人は言い、車椅子をテーブルに近づけようとする。

 ジュラはその行動を助けて、車椅子を操作した。

 老人はテーブルの上のお茶のカップを手に取って、ミルクで濁った柔らかいオレンジ色の茶を一口含み、飲み込む。

 そして「此処に来たばかりの頃は、お前は今にも息が絶えそうな少年だった」と語り出す。「こんなに脆弱そうな少年を見捨ててはおけない…そんな風に思ったんだ」と。

「雇っていただいた事を、ありがたく思っております」と、ジュラは答えた。

「そう言う事じゃないよ」と、老人は言う。一口飲んだカップをテーブルの上のソーサーに置いて、続ける。「毎日お前を眺めるようになってから、日に日にお前が『活発そうな仕草』を見せるようになって、この子は生きる気力と言う物を得たんだと、勝手に想像していたんだよ。そのきっかけが、私がこの屋敷に雇い入れた事だったら嬉しいってね」

 ジュラは、何と言葉を返そうか迷った。

 やがて老人は、「ああ、なんだか気持ちの良い日だ。少し眠ろう」と言って、車椅子の上で瞼を閉じた。

 ジュラは、15分後には、こと切れるはずの老人を残して、その屋敷を後にした。


 潜入から施設に戻って身綺麗にした後、ジュラはぼんやりしていた。弱個体の、特に余命期間認定された老人は、ジュラに「少年時代だった頃の自分」の姿を重ねることが多い。

 老女だった場合も、ジュラを「素敵なペット」の様に見つめる。そして、その動作や言動を観察し、元気がなくなっただの、気分が良さそうだの、優雅に振舞えるようになっただの、評論を付けてくる。

 行動と言うのは人格を表すと判断されるようだと、ジュラは学習した。

 それから、最初に自分が「このように行動しろ」と教えられた動作は、人間の世界では特殊なものなのだと言う事も。

「もう一つの顔を持ちなさい」と、リモに言われた言葉を思い出す。ジュラはいつも「公的に見せる顔」だけを学んできた。「普段」を覚えて来なかったので、学んだ以外の言葉で話そうとするとカタコトになってしまったり、他の「金魚」達からもおかしく見える表情しか作れなかったりした。

 姉達の中でも、時々、人間のように表情が豊かな個体がいる。リモもその一人だ。

 リモが言うには、仕事の顔と「もう一つの顔」を使い分ける事、それが出来なければ「金魚」として生きていけないと教わっている。

 「育成房」を出てから半年。キーパーの仕事を始めてから、ジュラは10人くらいを殺めている。首の一部を破壊する事もあれば、毒を盛る事もある。

 首を破壊する場合は、ターゲットに出会って数分間の間に仕事をするので、そんなに複雑な気持ちにはならない。しかし、人間社会に潜入して、誰かを「よく知る」くらいになってから殺傷する場合は、胸の辺りがもやもやするような心持になる。

「お湯は60℃、ミルクを二滴。カップを温めて、角砂糖一つ」と、ジュラは呟いた。先ほどに始末した老人の、好んでいたお茶の淹れ方だ。

 ジュラが其処に居る理由を知っていたら、彼等は、優しい言葉をこちらに向けて来るだろうか。

 そんなわけないよな。死神がそばに居るようなものだもの、と、ジュラは思った。

 フフッと自嘲的に笑う。これは「普段」の顔かな、「仕事」の顔かな、と、思い浮かべた。

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