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Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
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3.見知らぬ何か

 リモ達「闘魚」の仕事は、人間の中の弱個体を間引く事だ。まだ知性が追い付いていない「闘魚」達には、自分達は「金魚」だと教えられる。人間より知能的に劣っており、無害であるとされている「金魚」のふりをすることで、このプロジェクトの存在を隠し、同時に闘魚達の身を護るのだ。

 「金魚」が、遺体の側で発見されても、彼等は施設に送り返されるだけだ。それだけ、この星の中でも、「金魚」は価値のある愛玩動物と考えられている。

 ジュラも、まだ自分は「金魚」であると思っているだろう。そして、知能が急激に発達したりしない限りは、ずっとそう思ったままだ。

 二倍体の「闘魚」の鉢の周りに人間の子供が集まっていた。レジアと言う名の人間の雌個体が、二倍体の生態を「金魚の生態」だとして教えながら、見学者を案内している。

 二倍体の雌個体の寿命は、三倍体に比べて短い。繁殖期に卵を産むと、すぐに死んでしまう。

 鉢の中に保護される二倍体は、「金魚」の生態の研究のための使われる。卵巣を裂いて卵を放出させ、それに雄個体の精巣を引き裂いた液をふりかけ、人工的に「金魚」を作ることはできないかを試される場合がほとんどだ。

 「金魚」については研究がなされてはいるが、まだ生殖の過程は解明されていない部分があり、主に鉢に保護される「金魚」達は、自然界の赤い沼で、稚魚の時に採取されてくる。

 鉢の中で成長させた二倍体を、研究所の所有する赤い沼に放流する実験も進められているが、餌を自力で確保しなければならない環境に置かれた時、二倍体達がどのように行動するかは不明だ。


 一週間にわたる潜入と、ターゲットの処分を経た後、リモは真っ直ぐに施設に帰り、死臭を消すためにシャワーを浴びた。施設のシャワールームには、「無臭」になるための、専門のシャンプーとコンディショナー、それからボディウォッシュが設置されている。

 湯や水浴びると、リモ達の体は半分水生体に戻る。擬態を促す薬を注射されているので、完全に魚の形に戻るわけではない。

 表皮に赤い鱗と、手腕や脚に飾りのようなヒレをもった人間の姿になる。幻想動物の好きな者になら、美しい姿に見えるかも知れない。

 闘魚達は知能の差によって三つのグループに分けられる。

一般的な闘魚の知能を持っている者達は、ストリートと呼ばれ、町角で弱個体を判別して暗がりに招き、始末する。

 一般の闘魚より少し知能が高い者達は、ファミリーと呼ばれ、何等かの弱個体保全団体に潜入して、その「反社会的な活動」の妨害をする。先日の、リモ達の姉シアも、このファミリーと言うグループに所属している。

 人間の感情を理解するまでの高水準の知能を保つ者は、キーパーと呼ばれ、地位や名誉や財産を持つ人間に接近し、その個体を静かに始末する。リモが所属しているのは、このキーパーと言うグループだ。

 どの闘魚も、最初はストリートから仕事を始め、それからどの程度知能が発達するかで仕事の配分が変わってくる。

 しかし、ジュラは育成房から出て2ヶ月もしないうちにキーパーの仕事を任された。何らかの理由があると考えれば、彼が美しい容姿の少年であると言う事か。

 ジュラに殺されるのは、男なのかな、女なのかな、と、シャワーを止め、バスタオルで体を拭きながら、リモはちらっと考えた。

 どちらにしても、15歳くらいにしか見えない少年を「部屋」に引き込む変態だ。

 シャワールームから出て、番号の振られた着替えの棚から取り出した肌着を身に付け、部屋着に着替え、「気持ち悪い奴等」と、リモは声に出して呟いた。

 同じくシャワーを浴びて着替えていたヨトと言う妹が、髪を拭きながら「リモ。ターゲットに気味の悪い事をされたの?」と聞いてきた。

「私が何かされたわけじゃないの」と、リモはスリッパを履きながら言う。「これから、何かされるかもしれない事を勉強する『少年』への、哀悼よ」

 それを聞いて、ヨトはすぐにジュラの事を思い当たったようだ。彼女達ストリートが思っている「気味の悪い事」が、どんな事を示すのかは、まだヨト達は知らないほうが良い。 


 休暇を得られた日、リモは小さなコロンを買ってきた。神経をリラックスさせる花の香りがする、アルマコロンと言うものだ。その他にも、リモの部屋には「好い香り」を発する、ハンドクリームやキャンドルが集められていて、休暇を得られるときは、それらの香りを楽しんだ。

 姉のシアが音に溺れる事で感情を濾過するように、リモは嗅覚を刺激する物で感情を鎮静化させる方法を学び、実行していた。

 その日は、コロンを手の甲につけて、その香りを楽しみながら、ベッドでリラックスしていた。

 部屋のドアがノックされ、リモは体を起こし、「誰?」と聞いた。

「エカです。入って良い?」と、型に押したような問いかけが聞こえてくる。エカは、まだ育成房を出て半年の、ストリートに属す闘魚だ。

「良いよ」と答えると、エカは、恐る恐ると言う風にドアを開け、部屋に入るとすぐにドアを閉めた。

 それから、ソファ代わりのベッドの脇に座る。

 この一連の動作も、日常生活を送るための躾の結果だ。

「リモ。あのね、変なこと言うかもしれないけど…」と前置きしてからエカは言う。「ジュラは、本当に『金魚』なの?」

「うん。『金魚』だよ」と、リモは答えた。エカは緊張した表情で続ける。「私、ジュラを見ると、なんだか嫌な気持ちになるの。通りすがる時に、手を刺してやりたいとか、首に噛みついてやりたいとか…。『金魚』にそんなこと考えるなんて、おかしいよね」

 通常の人間だったら、表情を崩したり、動作のこわばりが出たりするだろうが、まだ其処まで学習ができていないエカは、淡々と話す。

「それで、本当にジュラは『金魚』なのかなって思って…」

「うん…」と言ってから、リモは少し考え、「ジュラが『雄個体』だって言う事で、人間達に対する感情が混ざって来ちゃってるんじゃない? 私達も、散々『気味の悪いめ』に遭ってるわけだし」

「そうか…。そうだよね。それなら、ジュラは大丈夫だよね。私達に危害を加えたりしないもんね」と、エカは自分に言い聞かせるように言う。

「そうだよ。あの子も、私達の…姉妹じゃないか。弟だからね」と言って、リモはエカの背を撫でて宥めた。

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