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Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
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2.誇りと涙

 専用の水槽の中で、裸身のリモとジュラは向かい合った。教わった通りに、口づけを交わし、人間の形を保ったまま鱗が発生するくらいに水生体に切り替わっている体を、お互い撫でさする。

 リモ達の手の表面にも鱗が発生しているので、鱗の上から鱗を触っている感触だ。ひたすらざらざらしていて、鱗同士が引っかかって剥がれそうになると、痛い。

 片手の手の平同士を合わせてみたら、変な角度で鱗の生えている方向が絡まってしまい、それを離そうとしているうちに、表情も動作も不自然になった。水槽の外からノックが聞こえた。「中断」の合図だ。

 ようやく水の中で体を離せたリモとジュラは、手を斜めに滑らせて鱗の絡まりを解いた。それでも、薄い鱗が二枚ほど剥がれた。

 水の外に出て、タオル生地で出来ているガウンを着ると、監督であるカルマから指導を受ける。

「なんて言うか、動作はゆっくりで良いから、雰囲気を壊しちゃう動きはやめようか?」と、カルマは言葉を選びながら指示を出す。「直接鱗に触らなくて良い。空間を開けて、柔らかく、撫でてるふりをするだけで良いんだ」

 リモは下らなさと面倒くささで頭がいっぱいだが、ジュラのほうは、初めて育成房の外で就いた仕事なので、やはり純真そうな目でカルマの指示に聞き入っている。

 もし、ジュラが長期間を生き延びる事があって、言葉を「理解」する知性を得た時、自分が最初に就いた仕事が人間を減らすための仕事ではなく、人間を喜ばせるための「誇りの無い」仕事だったと知ったらどう思うだろう。

 そんな想像をしてみたが、背筋を正して椅子に座っているジュラは、リモのほうに横顔を向けたまま、相方を観ようともしなかった。


 ようやく、まともな服を着させてもらったリモは、愚痴を吐きに姉の部屋を訪れた。ドアの「在席」表示が付いていることを確認してから、軽くノックをして、「シア。私。入って良い?」と声をかける。

 返事はない。シアの部屋の中からは、小さな音楽の音がする。恐らく、ヘッドフォンから音が漏れるくらいの大音量で音楽を聴いているんだろう。

 リモは、ワザと荒っぽく、ドアが揺れるくらいの力でゴンゴンッと叩いた。

「は、はい?」と、シアの部屋から焦ったような声が聞こえて、一瞬、音楽の音量が上がり、消えた。ヘッドフォンを頭から外してから音楽を止めたのだろう。「誰?」と、まで聞いてくる。

「リモです。入って良い?」と、発音を強調しながら声をかけ、「どうぞ」と聞こえると同時に入室した。

「シア。爆音で聞いてると鼓膜がおかしくなるよ」と、挨拶代わりに注意する。

「ごめん。ちょっと、落ち込んでてさ」と、シアは姉としては人懐っこそうにリモに言う。「オンオフを切り替えるには、ね」

「何? 嫌な仕事でもあったの?」と、愚痴を吐きに行ったはずなのに、リモは聞き役になった。

 シアは「いつもの事だよ」と言って、その日、始末する事になった子供達の話をした。貧民街をうろついている、孤児や貧困層の子供達に、一日一回だけ卵の入った粥を配給している団体がある。シアはその団体に潜り込み、配られる粥に毒を仕込んだ。

「味も匂いもない毒だから、お粥自体は美味しかったと思う」と、シアは言う。「あの子達には、それが最後の晩餐」

 リモは、片手を差し出し、背を丸めてベッドの上に座っているシアの肩を撫でた。「きっと、その子達は、幸せだよ」と、リモは姉に声をかける。「これからある、辛い事を、全然知らないまま、死ねるんだからさ」

 リモは姉の肩を抱き、涙声になった。しかし、人間に擬態している彼女達の瞳は、ほとんど涙を纏っていない。辛い、悲しい、苦しい、それ等を理解できても、その目には涙をあふれさせる機能が無いのだ。


 涙を流す代わりに、シアは音の渦にふける。奏でられる器楽を、唱えられる歌声を、浴びるように鼓膜に受け取り、感情を濾過している。

 自分の愚痴は言えないまま、リモはシアの部屋を後にした。

「仕方ないか…」と呟いて、廊下を自分の部屋の方向に歩いていると、「あの…」と、聞いた事のない声の誰かに声をかけられた。

 振り返ると、ジュラが居た。

「リモ、さん。ですよね?」と、カタコトで聞いてくる。

「そうだけど?」と、冷たく返したが、「よかった。返事してくれて」と、安心したように少年は言う。表情はまるで動かないが。

 まともな服を着ている―とは言っても、暗殺用に着る黒服だが―ジュラは、思ったより小柄で細く見える。着やせと言うのをするタイプらしい。

「僕、リモさんとの仕事の他に、別の仕事もすることになったんです」と、ジュラは無表情だが、少し心持ちが明るいような声で報告した。「なんだろう。余命期間の人間を片づける仕事だって言われました」

「ふーん」と、リモは素っ気なく返す。「方法は?」

「『ケータリング』って言うのの配達だって言って部屋に入れって」と言ってから、ジュラは首の横を指さす。丁度、動脈が走ってる部分だ。「それで、ここの所を刺して破壊すれば良いって」

 無邪気と言うか、知性に感情が追い付いていない時の他の闘魚達と同じように、ジュラも指示の下に人間を壊す事に抵抗がない。

 昔は、私もこんな風だったのかな、とリモは考えた。そして、「ジュラ。返り血は浴びるんじゃないよ?」と、姉達が妹達に教える口伝を、リモは弟に教えた。

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