13.愛しい物は壊したい
孤児院の専属闘魚、エカが処分された。
まだ毒殺の時期を迎えていない、保護期間の子供を殺傷した事が原因だ。
理由を問われ、エカは「あの子は私に笑いかけてきて、抱き着てきて、とても愛しいと思いました。だから、破壊しました」と答えた。
他の子供達の目の前で、自分に抱き着いて来た子供を絞めあげ、首を噛み切った。エカは、頭が首から外れかけている子供の遺体を抱きしめて、淡く笑っていたと言う。
シアが察していた通り、闘魚の本能と共に「理解」を起こしたエカの心は、人間と言う存在への「理解」ではなく、闘魚としての存在への「理解」に結びついていたのだ。
処分されたと言っても、エカは殺されたわけではない。身柄を施設に引き戻され、隔離室に監禁された。
24時間、カメラで行動を監視され、エカとは誰も「触れ合ってはならない」、「言葉を交わしてはならない」とされた。
食事はトレーに乗せたものを配膳用の入り口に置いてから、配給者はその場を離れ、食事の合図も出されなかった。
腹を減らして、食べ物の匂いに気づいてから、エカは自分で配膳口からトレーを引き寄せ、食事を取った。すっかり冷め切っている時もあれば、物によっては溶けていたり、傷みかけて居たりもした。
食事の時のエカは、非常に落ち着いていて、学習していたマナーに反する事も無く、空になった容器を置いたトレーを配膳口に戻した。
配膳口から、幾つか、彼女が気に入りそうなものが提供されたことがある。
ぬいぐるみ、着せ替え人形、カラフルなビーズの入った瓶とテグス、ミュージックディスクとプレイヤー、ポプリ等だ。それらの贈り物は、五感を刺激する物のうち、どれに興味を示すかを観察するための品だった。
エカは、ぬいぐるみをベッドの枕元に飾った。人形は、無理矢理膝を曲げさせて、窓辺に座るようにした。ビーズとテグスは、しばらく眺めてから床に放置した。ミュージックディスクはプレイヤーの電池が切れるまで聴いていた。ポプリは、気に入らなかったのか配膳口の外に戻した。
ミュージックディスクの音楽を全部暗記するまで聴いてから、エカは歌を口ずさむようになった。人間の世界で「恋歌」とされるものを、彼女は好んで歌っていた。
切れ切れのメロディーで歌を口ずさみながら、ふと、枕元のぬいぐるみを拾い上げ、抱きしめた。
両手でつかんだぬいぐるみの背に爪を立て、人差し指と親指で首を絞めて、その形が歪むまで、胸元に締め付けている。
その時のエカの表情は、恍惚感を帯びた笑みが浮かんでおり、非常に愛しい物を―窒息させるように―抱きかかえているように見えた。
次の日、ぬいぐるみは中の綿が出た状態で、床の上に放置されていた。カメラの映像には、狂ったように何度も何度もぬいぐるみに噛みついているエカの姿が映っていた。
エカの様子を聞かされ、カルマは裏付けのための資料を用意していた。
二倍体育成房の中でも、エカの反応と似たような反応を見せる雌個体が居る。
ほとんどの二倍体の雌個体は、卵を産むと死んでしまう。しかし、ごくまれに生き延びるものがいた。そう言った個体は、自分の卵に近づく雄個体を攻撃し、また、自分が産んだ卵を攻撃したりもする。
メダカと言う魚も、自分達の卵を食べてしまったりするらしいが、育成房の二倍体の雌個体は、卵を食べているわけではない。単純に口でついばむように攻撃しては、口から吐き出す。
水中に散り散りにされた卵をめがけて雄個体達が遺伝子を放出したりするので、生き延びた雌個体の「人間にとっては狂ったように見える行動」は、闘魚達にとっては「より強い個体を残すための選別行動」なのだと判断出来る。
卵を産むことで雌個体が死亡しなかった場合、生まれた卵と夫となる雄個体は母親である雌個体によって、厳しい選別に合う。それが、闘魚としての「愛情」の示し方であると仮定した。
何日かして、カルマにとっては「楽しい時間」である、エカの監視の役目の日が来た。
「グレートマザーってやつだね」と、モニターに映るエカの姿を観ながら、カルマが悦に入って呟いた。「愛しい者を破壊して抱き潰す存在…うんうん。何とも、闘魚と呼べる愛情表現だ」
「暢気なこと言ってんじゃないわよ」と、合同観察を任されたレジアが文句を言う。「エカに、人間に擬態した状態を保たせることには、意味はあるの?」
「無くはない。もし、自然界の、僕達の知らない所で『擬態能力』を得た闘魚がいたら、どんな行動を取るか分からないと成らないだろ」
そう言って、カルマは監視カメラの映像に見入る。
「エカは、その時のためのモデルケースだよ。まぁ、人間としての教育を受けた闘魚ではあるけど、『闘魚の本能』を我々に教えてくれるモデルケースだね」
「この残酷な『グレートマザー』が?」と、レジア。
「何言ってんの。世の中で、子供を見捨てない親なんて、老後の資金源を得るって言う頭が働く奴等だけだろ? もちろん、その作戦が上手く行かなきゃ、子供に捨てられるんだけどね」と言って、カルマは口元をニヤつかせ、唇をべろりと舐める。
「さぁて、世の中ってものがどれだけ『闘魚』に適性があるか、どんどん教えて下さいよ、グレートマザー」と言って、楽し気にカルマはモニターの中のエカを指さした。




