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Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
12/20

12.来る日の明くる日

 ジュラが施設の廊下をうろうろしている。長く伸びた前髪の毛の、片目の部分だけが目の上でパツンと切れた状態で。

 どうやら、施設の中で道に迷っているらしい。

「何してんだい?」と、ジュラより体格の良い青年が声をかけた。水色の解剖着を着てビニールのエプロンをし、背丈はジュラより頭半分くらい高い。

「あ。ああ、セム」と、ジュラは返事を返した。「理髪室ってどこだったっけ?」

 そう問うと、解剖着姿の青年は、ジュラが行ったり来たりしていた廊下を、荒れた指で真っ直ぐ指さす。

「この廊下をずーっと行って、突き当りの一本手前で右に曲がる」と、セムは言う。「もしかして、自分で切ろうとした?」と、セムは自分の前髪をチョキで切るような仕草をして、笑顔を見せる。

「うん。鋏が無かったから、カミソリで挑戦したんだけど…」と言って、ジュラは絆創膏を貼っている指先を見せる。「もう少しで髪の毛が血みどろになる所だった」

「ありゃー。無理しないで、髪の毛切るのはプロに任せたほうが良いよ」と言って、セムは持っていたホルマリンの瓶のような物を、ジュラの見えて居るほうの目元に近づけた。

「これもプロの仕事。キレイだろ?」と言うセムの感覚が、ジュラは少し理解できなかった。何せ、目の前に見せられたのは、綺麗なピンク色の内臓の標本だったからだ。

「普通は、血が抜けると真っ白になっちゃったりするんだけど、これは薬品で固めて鮮度を保存してあるから、ずっとこの色なんだ」と、説明するセムの声音は無邪気と言う風に明るい。

「ふーん。すごいね」と、然程興味もなさそうにジュラは返して、「じゃぁ、髪の毛のプロのほうに行ってくる」と残してセムの前から退散した。

「おう。君も、またお姉ちゃん達にいじめられないように気を付けろよ」と、セムは余計な事を言ってくる。

 片手をあげてそれに応え、ジュラは理髪室のほうに歩を進めた。

 セムはジュラの前に三倍体の育成房から陸上へ適応できた雄個体の「金魚」だ。しかし、彼の染色体は「OOY」であり、「XX」染色体が欠落している。

 それによって「純粋なY染色多保有『金魚』としての価値がある」とされて、施設の外に出る事を許されず、施設内の仕事を主に任されている。

 セムの手は薬品によって荒れているが、姿形はジュラと同じく、美しい青少年の姿をしている。「金魚」は外見がほとんど変わらないので、年齢と言うものはあまり重要視されないが、長い間生きて仕事をしている個体は、その仕事の成績により有能性と言うものを認められる。

 セムはジュラより10歳くらい年上のはずだ。彼は、施設内にある薬局や理髪室、売店、解剖室等々、仕事があれば何処にでもいる。

 最初に会ったのが、リモじゃなくてセムだったら、僕は「金魚」としての男らしさとかを理解できたのかな? とジュラも思ったりもするが、もしもの偶然を思っても虚しいだけだ。

 言われた通りのルートを歩くと、ようやく理髪室の札を見つけられた。

 ノックをしてから、「すいません。髪を切って下さい」と言って入室した。


 施設の壁の中に広がる共同墓所を見下ろして、少女の姿をした闘魚が何か考えている風だった。焼いた骨を埋められたばかりの新しい墓には、赤いケシの花束が備えられている。

 葬い人はとっくに解散し、何か思い浮かべようとしている少女だけを残して、墓所は静かだ。

「モナ。そろそろ帰らないと、明日の仕事がきつくなるよ」と、静寂を破って、別の少女が声をかけて来た。

 モナは相手のほうも見ずに、「もうちょっとだけ。考えたい事があるの」と言って、その場を離れる事を断った。

 呆れた顔をした姉妹は、「リミは…寿命だったんだよ」と言って、何かを考えようとしている少女の片手を引き、墓から引き離そうとする。「眠ってる間に死ねたなら、苦しくもなかったはずだよ」

「そう言う事じゃないんだ」と、モナは言う。「リミは、自分が死ぬって事は、怖くなかったかなぁって」

「怖い?」と、モナの話し相手は聞き返す。

「うん。人間って、色んな方法で『生きてる時間を長引かせよう』ってするでしょ? それはたぶん、死ぬのが怖いからだと思うの。痛くなくても、苦しくなくても、『死』って言うものが怖いんだろうなって」

 モナは言いながら、いつも自分が始末している人間達の「最期の表情」を思い浮かべる。

 心臓を貫かれてからの、ひきつった表情。首筋を破壊された時の、傷口に手をあて「なんとかならないか」と慌てふためく表情。

 それ等を遠ざけてから、モナは眠ったまま死んだ姉妹の死を悼む。

「リミは、『一ヶ月持たない』って言われてたけど、一ヶ月以上生きた。その間、ずっと、『死』って言うのは怖かったのかなぁって、思うんだ」

「あの子は、『理解』は起こして無かった」

 もう一度、モナの手を引き、姉妹は言い聞かせる。

「私達も、まだ『理解』は起こして無い。死ぬことが怖いなんて…なかったはずだよ。リミは闘いに勝ったんだもん」

「『死』に、勝てたの?」と、モナは聞く。ゆっくりと、視線を姉妹のほうに向けた。

 姉妹は頷き、言う。

「一ヶ月も持たないって言われた命を、一ヶ月以上長引かせた。彼女は、『蝕む者』に勝ったんだ。勝って、死んだんだ。だから、モナ、あんたがいつまでも考えてちゃいけない。リミの誇りを奪わないで」

 姉妹の言葉を聞いて、モナは少し微笑んだ。微笑む、と言う事が、優しい気持ちであれば良いと思った。

「そうだね」と答え、モナは引かれた手のほうに歩み寄った。「戻ろうか」

 姉妹は安心した表情を浮かべ、二人は墓所を離れた。

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