表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fish that can’t cry~泣けない魚~  作者: 夜霧ランプ
1/20

1.おかしな仕事

 見上げるほどの巨大な水槽を、研究者達は「鉢」と呼ぶ。

 正式な名称は「未成熟体育成房」と言い、赤い沼から採取してきた擬態能力を持つ赤い魚達を、その名の通り、育成するための施設だ。

 「未成熟体育成房」から選別された強い固体は、単純に「育成房」と呼ばれるプールに移され、そこでもさらに選別を受け、人間を始末できるくらいに強く育った者だけが、外の世界に適応する事を許可される。

 生殖能力の成熟しない三倍体ばかりが集められた育成房が、リモの記憶の中に在る「故郷」だった。

 三倍体は「XXX」の染色体をもつ者が多いが、時々、「XXY」の染色体を持つ者も居る。

 しかし、彼等が生き残る事はほとんどなかった。不安定な「Y」染色体をもつことにより、生まれつき病気に弱かったり、「XXX」染色体保有者より生命力的に劣っていたのだ。

 その中でも、稀に生き残り、他の三倍体達と同じように仕事を出来るようになる個体も居る。

 つい先日、JU-R-Raと識別記号を振られていた、「XXY」染色体保有者が、ジュラと言う呼称を得た。彼は、他の魚達と同じく、美しい人間の姿に擬態することが出来た。しかも、美しい雄個体の姿に。


 この星の人間の中で起こった、人口爆発と言う異常事態がある。数百年前に堕胎を禁じる法案が「世界的に」可決されてから、人口は加速度的に増えた。

 生まれる子供だけではなく、死なない老人、死なない病人、死なない怪我人も増えた。医療の発達が進み、人間達は「死」を回避しようとし続けた。富裕層は、ある一定の「成熟した年齢」を迎えると、それ以上、体が老いないように、医術を施し、健康と延命を保つように心がけた。

 突発的な事故や、癌細胞に脅かされた者以外は、ほとんどの富裕層は長い間死ななくなった。生きる宝珠と呼ばれている、何処かの国の御曹司は、30代の容貌と40代の体力、そして50代ほどの知能を保ったまま、この一世紀ほど、先代の父親が「家督を譲ってくれる日」を待っている。

 その先代も、一世紀ほどの間、40代の容貌と体力、そして人間が飽きることなく知能を使い続けた結果にあるような優秀な頭脳を維持していた。

 自分が立ち上げた会社で、いくつも事業を運営しており、現役を引退するのは後二世紀先かと噂されている。

 しかし、彼の体は着々と崩壊の日を迎えつつあった。

 ニ、三百年は生きるようになった人間でも、血管年齢の老化と言うものは恐れなくてはならなかった。悪性リンパ腫を発症せずに、体中にある血管を良好な形で長期間保つと言う技術は、ある事にはあるのだが、流石に二百五十年も生きると、「後は余命」と呼ばれる世の中だ。

 そう言った「超人」のような人間が、最後にニュースになるときは、「家督を次の代に譲った」時か、「余命期間認定」をされた時だけだ。


 リモは、呼び出された理由を聞いて、鼻で笑った。そして、「その命令には従えません」と答え、「私の体には、卵を生み出す機能はありません」と、突っぱねるように言う。

「君の体の機能は知ってる」と、育成房の管理者、カルマも、非常に下らないお願いをされたと言わんばかりの口調で、リモを説得しようとする。「真似事だけで良いんだ。その…珍しい者が観たいって言う、お偉いさん達のパーティーで…水生体の姿で良いから…」と、たどたどしく。

 このカルマと言う人物は、普段から、リモ達に気味の悪い躾を簡単に言い出す。しかし、何故かジュラが生まれてから、その変質的な部分は、なりを潜めた。

 その話の時も、ジュラとリモを集めた会議室で、人間がどのように子供を作るのかについてを説明するための、「正しい教育資料」を用意している上に、表情は渋々と言う風である。

 言いにくい台詞を言う間、カルマは左手の人差し指と中指を軽く組んで、無意味にくるくると空中に円を描いてみせる。

 黒い髪をショートボブに切った少年の姿をしているジュラは、まだ育成房を出て一ヶ月も経っていない。育成期間が長かったせいか、年齢としては、15歳くらいに見える。

 まだ表情を作る訓練を受けていないので、始終無表情だが、紺色の瞳は赤ん坊の様に純真そうに見えた。

 カルマは、ジュラを「特別視」してるんだな、とリモは思い当たった。異性の姿をしているリモ達には簡単に気味の悪い行為を躾けられても、同性の姿をしている…しかも、純真無垢と言う表情をしている者から、普段の自分の行動を見つめられると、咎められているような心持になるんだろう。

 しかも、今回の「お仕事」とやらが、人間に擬態する薬を投与したまま、水の張られた水槽の中に入って、パーティーの始まりから終わりまで、水の中で「人間風にむつみ合え」と言うものなのだ。

 リモは、馬鹿馬鹿しくて仕方なかった。「XXX」染色体を保有する三倍体達は、ほとんどの者が、人間風の「恋心」と言うのを持たない。人間を理解する上で、知性にリンクする感情を得る事があるが、その現象が起こった者だとしても、人間や、人間に擬態している雄個体をみて心をときめかせる事はほとんどない。かつて例外も居たらしいが、それはレアケース中のレアケースだ。

 リモも、言葉と感情の間に関連性を見出せるくらいの知性を持った三倍体だった。

 同じ星に居る、擬態能力を持った赤い魚である「金魚」と言う種族が、知性が低く愛玩用として扱われるのに反し、リモ達「闘魚」は人間と然程変わらない知性を手に入れる事がある。それは稀有な現象と言うわけでもなく、10匹いたら1匹くらいは人間レベルの知性を手に入れる。特に、闘魚の中でも五感に優れている者は高い知性を手に入れやすいと言う事が、近年の研究で明らかになった。

 そして、その高い知能を持ったが故に、回ってきた仕事が、人間達の見世物に成れと言う話だ。

「もし、『むつみ合い』間に、私がジュラを殺したらどうなりますか?」と、リモは聞いた。

 カルマは目をそらし、空中を見て、目を閉じてから、「リモに処罰が下ります」と答えた。

「処罰と言うのは?」と、さらに聞くと、「まだ分かりません。たぶん、『珍しい雄個体』を殺傷した罪で、この研究所の上の人から『責任を取って殺処分されろ』と言われる可能性はあります」と、何故かひどく丁寧にカルマは答える。

 となると、こいつと私の命の価格は同じくらいなのか、と、リモは判断した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ