影
暗がりの中、薄っすらと浮かぶ白い顔がある。目は軽く伏せられて、淡い月光に幽かに照らされた睫毛が影を落としている。
目を凝らすと、一糸纏わぬ姿の女がそこにいた。女の白い顔と胸、そうして膝だけが辛うじて分かる。盆前の夏の盛りとは言っても夜は冷える。
男は行きつけの蕎麦屋で一杯やってきたところだった。上機嫌で夜風にあたりながらの家路、なんと不思議なことか。
「お嬢さん、そんな格好で寒くないんですかい?」
と、気が付けば男は女に尋ねていた。関わっちゃいけないと、どこかで思いながらも、口は勝手に動いていた。
「寒くはございません。ただ、少し恥ずかしくは思います」
と、女は言う。しかし、妙だ。と、男は思う。
恥ずかしいと言う割に、体を隠そうともせず、背筋は良い。
男の目が闇に慣れ、また月が雲間から顔を出した。
男は息を飲む。真っ黒い髪に、真っ黒い睫毛、下の毛も真っ黒い。肌は顔から胸、足の先まで透けるように白い。ただ、腕だけは、肘から先が無かった。先からは血が滴り落ちている。
女は瞼を開けた。真っ黒い目が真っ直ぐに見つめてくる。
「お嬢さん、美人だね」
男は気が付けば、そう口に出していた。女はそれを聞いて、少し頬を赤らめて、目を伏せ、はにかんだ。
「よかったら、わたしに思い出を下さいませんか?」
女が目を伏せたまま言う。男は女の腰に腕を回した。