やってやろーじゃないか!
世界各国、同時刻。
突如つんざく音が鳴りひびき、世界の到るところでダンジョンが出現した。
ぼうぜんと立ち尽くす者、逃げ出す者と様々だが、ひとしく全人類の頭の中に不思議な声が聞こえてきた。
『我は異界の神だ。……人類よ、お前たちに富と栄誉を用意した。求める者はダンジョンにもぐり、そこにひそむ秘密を解け。さすれば先にある絶景はその者の物だ』
ゆっくりとした感情のこもらない声。しかしはっきりとした意思を感じる。
それは何度も繰り返され、人々はこの言葉を噛みしめた。
これがダンジョン世紀の幕開けである。
30年後~
『一番線、まもなく本日の最終電車が発車します。どなた様も……』
「ふぅ~、間に合った~」
俺はいつもの終電に飛び乗り、すかさずネットニュースをチェックする。
「えっと、都内でダンジョンテロによるE級のスタンピードが一件か。……方向がちがうし、これなら素直に帰れそうだな、ふぅ」
馴れているとはいえ、テロの迷惑さにはうんざりだ。
大きなため息をつきながら、疲れた体を座席にあずけた。
俺の名前は番場 秀太。しがないサラリーマンだ。
うちの会社は笑えるくらい薄給で、プライベートへの干渉がキツい、そんな何処にでもあるような会社だ。
だからそろそろラノベみたいに異世界転移があってもよさそうなのだが、その気配は一切ない。
駅からの道でもトラックは通らないし、神様にはちゃんと仕事をしてほしいものだと愚痴りながら家に着く。
「お兄ちゃん、お兄ちゃーん!」
年のはなれた妹の結衣が、奥からパタパタと可愛らしく走ってきた。
お風呂を一緒に入ろうとせがんでくるのかな。
思春期に入ったのに、この甘えようには少しこまりものだ。
だが可愛すぎる結衣に頼まれたら、ダメだなんて言えないよ。
だって俺にとって結衣は癒しであり、小悪魔的な存在なんだ。
その結衣がせがんでくるんだ、これ以上の幸せはないよ。
まぁ、この点だけは神様に感謝だな。
「お、お兄ちゃん、大変だよ。お父さんが蒸発しちゃったよ!」
嘘だろと目を見開くも、結衣は首を横に振ってくる。
靴はもちろん、見回しても親父殿の物がいっさい見当たらない。
「はあ、またかよーーーーー」
「置き手紙を見てよ、いつもよりひどいのよ!」
と、ぐしゃぐしゃに握りつぶされた便箋を渡される。
達筆な文字はまさしく親父殿の物だ。
~皆さんへ。事業に失敗して1000万円(金利30%)の負債ができました♪。ダディは再建のため身を隠すよ。では、元気でやってくれ。
P.S.お前たちの貯金が、ダディに勇気を与えてくれたよ、チュッ~
「嘘だろ、どうやって引き出したんだ。……あああ、2つともごっそりかよ」
手紙と一緒に通帳が置いてあったそうだ。
ご丁寧に最後のページが閉じないよう、クリップで止めてある。
コツコツ貯めた通帳がほぼゼロに。
しかも結衣が貯めていた豚の貯金箱まで粉々にされていた。
この徹底ぶり、完全に鬼畜の所業だぞ。
「やってくれるぜ、親父殿!」
「私、警戒していたのにー。よくも、よくもーーーー!」
それに普段500円生活をしている俺からしたら、1000万円って想像もつかない金額だ。
それをサラッと背負わされて、プレッシャーで血の涙が本当に出てきたぞ。
兄妹そろって出るなんて、親父殿の教育の賜物だな。
結衣もここ最近で一番のぶちギレ方。
ケケケと笑い、包丁を研いでいる。
そう、うちの親父殿はいわゆるクズだ。
借金踏み倒しの常習犯、浪費に関しては天才的。
あと事業だなんて絶対に大嘘、どうせギャンブルに決まっている。
だがこんな時でも母さんは、いつもニコニコしているんだ。
悟りの人なのか、達観しているのか、俺や結衣にはどうも理解できない。
「だってあの人らしいじゃない、伸びのびしているから素敵よね」
母さんのいつものセリフに、妹が食ってかかる。
「キーッ、もうママが甘いから父さんが更正しなのよ。今回は額がデカイし、絶対に許せないわ!」
これには俺も賛成だ。甘やかして良い部類の人間じゃない。
捕まえたら逆さに吊ってやるため、今のうちに太い木を探しておくか。
ただ、いまの時点で親父殿はこのまま放っておく。
追いかけ回しても捕まらない。
逃げ上手なのも天下一品だしな。
「それはそうと秀太ちゃん、これからの生活どうしましょ?」
「うっ、そうだったね」
のほほんとした母さんだけど、的を得ている。
金は親父殿が根こそぎ持っていったので、こづかい程度の電子マネーと、多少の現金しかない。
しかも給料日まではまだ遠い。
「はぁ~、休みなしか」
日雇いのバイトを探して凌ぐしかない。
明日は久しぶりの休みなのに働くとは、これもブラック企業に所属する者の運命かな。
と、妹の結衣が、思いつめた顔で切り出してきた。
「お兄ちゃん、私……ダンジョンに行こうか?」
「あっ、その手があったか!」
ナイスな我が妹のおかげで、家計のピンチと、昔に諦めた夢をかなえるという、2つを同時に解決する方法を思いついた。
それは『ハンター』となり、ダンジョンに挑むことだ。
この世界にダンジョンが出現して早30年。
当初は世界の破滅だと混乱したが、
危機と復活を繰り返し、なんとか今は安定期をむかえている。
その立役者となったのが、特殊な能力に目覚めた『ハンター』と言われる一握りの人間だ。
ハンターは人類を守る盾であり、同時に大金を稼ぐみんなが憧れる職業だ。
「危険なダンジョンで稼ぐなら、それはお兄たんの役目だよ。結衣はなんの心配もしなくていいんだよん♪」
つめ寄ってくる結衣の頭をなでて、暴走しないように優しくさとした。
「お兄ちゃん……」
ハンターとダンジョンを管理するため、この日本にもダンジョン協会が設立されている。
その協会の役割のひとつとして、全人類に対しハンターの適性があるかの検査を行っている。
そして俺たち兄妹は、その適性が有りと判断されているんだ。
つまり俺、番場秀太には、途轍もない可能性が秘められているんだよ。
これを機に、俺はヒーローになれるかもしれない。はやる気持ちを抑えられないぜ。
「お兄ちゃん……家計がピンチなのにうれしそうね?」
ギクッ!
「もしかして、格好良いからやりたいって言うんじゃないでしょうね?」
冷ややかな視線を手でふさぐ。
どう喝にも似た結衣の圧迫感に、汗が滝のように流れだす。
「な、ななな、何を言う。可愛い妹を犠牲にできないだけだぞ?」
「怪しいなーー」
妹の結衣は頭がいい。
人の仕草や表情でたちまち嘘を見抜くので、下手なことはできない。
それで何度謝ったことか。
「い、いや。き、き、ききき、気のせいだよ、うん。お兄たんは仕方なく行くのだよ?」
「ふーん、そういう事にしておいてあげるー」
バレてない、セーーーーーフ。
我が家での最大の難関をクリアをし、新たな一歩を踏み出した。
嘘がばれるのでニヤつくのを抑えながら、思いつく限りの用意をする。
もちろん明日のお弁当には、唐揚げを入れて欲しいと母さんに頼んである。
これで準備は万全だ。
早朝、スキップをしながらさっそく協会ヘ出向き、ハンター適性診断書を提出した。
その場でハンター許可証と、Eランクを表す木目調のプレートを受け取った。
憧れたハンタープレートをしみじみと握りしめる。
「おい、おっさん、新人だろ。こっちに来いよ!」
見ると俺と年のそう変わらないチャラ男が手招きしてくる。
随分な物言いにイラッとくるが、胸にはAランクハンターを表すゴールドプレートをつけている。
「チッ、鈍くせえ奴だな。俺はギルド『爆炎獅子』副ギルマスの雷門だ。お前のスキルを教えな!」
「えっ、爆炎獅子? スゴッ!」
爆炎獅子といえば、日本でもトップクラスのギルドだ。
高難度のダンジョンを中心に攻略していて、上を目指すハンターが集まるので有名だ。
そしてこの人はスカウトってやつだよ。
それに声を掛けられるなんて、ちょっとほっぺが赤くなるぜ。
「おいおい、ステータスくらい見れるだろ。早くやれよ、コラァ」
ステータスなどは、許可がないと本人にしか見れない情報だ。
慌てて協会で教えられた通りに、プレートを触れて念じてみた。
すると、眼前に半透明の表示が浮かびあがり、俺のステータスを映し出した。
────────────────────
番場 秀太
レベル:1
HP :10/10
МP :30/30
スキル:バン・マン
筋 力:5
耐 久:5
敏 捷:5
魔 力:15
ステータスポイント:0
────────────────────
「なんだこれ……バン・マン? 聞いたことないな」
小さく呟いたのに、チャラ男の目つきが変わった。
そして少し震えながら指をさしてくる。
「お、お前、あの伝説のスキル『バン・マン』を持っているのか……こりゃすげーや」
チャラ男だけじゃない、周りもざわつき緊張した面持ちだ。
伝説ってヤバいんじゃない?
こ、これって、所謂キタってやつだ。
長かったよ。あんな親父殿の世話をして、耐えるだけの人生だった。
それがやっと報われたんだ、ニヤつくのは勘弁な。
「そ、それってどんな凄いスキルなんですか?」
自分で詳しく見れば早いのだが、チャラ男ッチに花を持たせてやる事にした。
俺の問いに、ゴクリと喉を鳴らし覚悟を決めたチャラ男ッチ。
なんだか可愛く見えてきた。
「いいか、よく聞けよ。今から説明してやるからよ、プッ」
軽薄な笑いが気になるが、俺は両手をひろげゆっくりと頷く。
何処からか、俺を祝福する鐘の音が聞こえてくるよ。
ああ、俺の輝かしい未来に乾杯だ。
俺は目を閉じているが、どうしてもニヤついてしまう。
チャラ男ッチが説明をしたあと、『どうかウチのギルドに入って下さい』って、懇願してくるのが目に浮かぶよ。
最初の印象は最悪だけど、そのうち認めれる所も見つかるはずさ。
「おっさん、あんた大阪人か?」
「いや、行った事もないですが、それが何か?」
開口一番それ?
チャラ男ッチはテンパりすぎている。
俺は眉をひそめ大丈夫なのかと促しているのに、気づかずそのまま続けているよ。
「大阪ではよ、指を鉄砲の形にして他人に『バンッ』って撃つと、知らない人でも『うわ、やられた~』って必ず死んだフリをするお約束の笑いがあるんだよ。お前それを知っているか?」
「あ~聞いたことありますね……で?」
一体なにを真剣に話し始めたんだ、チャラ男ッチ?
そうじゃなくて、スキルの説明をして欲しいのにな。
そうか、きっとチャラ男は話し下手なのか。優秀そうじゃないし、納得だ。
「ププッ、それが『バン・マン』だ」
「へっ?」
ほらね、意味わかんない。
「つまり撃たれた相手は、スキルの力で強制的にさっきの事をさせられる。大阪人でなくてもだ! ほかに例のない異色のスキルで、内輪ノリでしか楽しめないモノだな」
「えっと、敵へのダメージは?」
「あるかよ、そんなもの。まぁ、一種の精神攻撃だし、俺なら恥ずかしくて死んじまうけどな。ぎゃははははは!」
頭が真っ白だ。
それの何処がスキルとして成立するんだ?
いや、するはずないから、この年になっても囲まれて笑われているのか。
チャラ男ッチと取り巻き2人が、バンバンとクチ鉄砲で撃ち合って、俺を見ては大笑いをしてくる。
メンタルが豆腐ですから、勘弁を。
「ぎゃはは、1人目の発現したヤツも即引退のスキルだ。お前マジで終わったな」
チャラ男ッチは自分のこめかみに指を当て、舌をだして煽ってくる。
だけど流石にここまでされると醒めるよ、うん。子供の相手はしてられねぇ。
この場を去ろうとするのに遮ってくるし、マジでウザい。
「うらうら~、バン・マンを使ってみろ、倒れてやるからよう。へっへっへー」
チャラ男ッチ、マジで撃ってやろうかな。
そう指を握りかけた時、奥から誰かがチャラ男ッチを諌めた。
「爆炎獅子! また新人いびりなの、いい加減にしなさい!」
凛とした力のある声。
そこには天使が立っていた。
「チッ、ギルド『白銀霊』のエミリか。正義の味方はお利口さんですねぇ~」
あ、あ、あの人は!
白銀霊のギルマスにして、国内に6人しかいないSランクハンターのひとり。
長い髪と切れ長の瞳がトレードマーク。とんでもない美貌の持ち主の、神花エミリ様だあ。
世界中にファンがいて、去年だした写真集も1900万部の大ヒット。もちろん俺も3冊持っている。
それと『叱ってもらいたい人』ランキングで、いつも1位をかち取る華麗な女性なのさ。
その神花エミリが目の前にいるんだよ。
「あのな、エミリ。俺たちは教育をしてやってんだ。邪魔をするんじゃねえ」
むむ、チャラ男ッチ。顔を赤めて嬉しそう、こいつも叱られたいクチだな。
「何が教育だ。恥を知りなさい!」
エミリさんが俺の腕をとり、自分の方に引き寄せてきた。
ふわっといい香りが……あっ。
チャラ男ッチって顔にすぐ出るタイプだな。
俺の事を歯ぎしりをして、睨んできている。
羨ましがっているのが丸分かりだよ。
「エ、エミリ、そんなクズを庇って、またギルドに入れるつもりか?」
「ええ、そのつもりよ」
「ぎゃははー、『誰でも何かの使命がある』だっけ? ご立派なことだな」
あのエミリさんが、俺の事を庇ってくれている。
うわさ通り天使のような素敵な人だ。見た目そのまんまだし、惚れちゃうぜ。
写真集より実物の方が何倍も綺麗だし、なんせ直に触られた。
「そっか、俺ってSランクのエミリさんに触れられたんだ」
掴まれた腕をさわると、なんだか勇気がわいてくる。
このクズスキルでも、どうにかなりそうな気がしてきたぜ。
ダンジョンへ行く決心はかたまった。
「うおー、力がみなぎってきたあああ!」
「えっ、急にどうしたの?」
俺の雄叫びに驚くエミリさんをまっすぐに見つめ、力強くビシッと礼をする。
「どうもありがとうございました。では俺、行きます」
常識ある社会人としての基本、完璧な礼。これで何人の顧客を落としたことか。
エミリさんが見惚れているのを感じながら、格好をつけて走り出した。
「よーし、やってやるぜ!」
「き、君どこ行くのよ?」
よしよし成功、俺にすがってきているぜ。
……もしかしてその声色は、俺に惚れたのか?
だったら逆に立ち止まらない。
焦らしてこそ華、ここは一気にダッシュだよ。
「ぎゃはははは、アイツ逃げやがったぜ!」
「何言っているの。……あれこそ男のやせ我慢よ。自分の弱さと戦っているわ!」
「はぁ? どこがだよ」
何か後ろで騒いでいるけど、構ってなんかいられない。
俺の輝かしい未来よ、待っていてくれ。