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木枯らし

掲載日:2022/11/09

「あなたの小説はつまらない」

自分より二回りは若い編集者にダメ出しされるのも、もう慣れた。

これで何度目のボツだろうか。いや、デビューすらしていないからボツですらない。

「そうですか、読んで頂きありがとうございました」

サラリーマン時代にやっていたような、きっちり90度の丁寧なお辞儀。

今は無職だというのに、未だに体に染みついている。

「もういいですか」

「はい、ありがとうございます」

うざったそうな彼から逃げるように、私は原稿を鞄にしまった。

待ち合わせの場所だった喫茶店からそそくさと出る。

11月の風は冷たくて、45歳の体には堪えた。


ゆるやかに流れる川を眺めながら、ため息をつく。

本社から左遷されて、この街に移り住んで十年になった。


この上り坂の道も、この飲食店と集合住宅がいびつに立ち並ぶ風景も見飽きた。

慣れは人を刺激から遠ざける。私はきっと停滞しているのだろうと思った。


三丁目の交差点の角を右に曲がる。昨日と何も変わらない帰り道。

若い時のように、死にたくなるほどつらい訳でも、叫ぶほどの衝動が起こる訳でもない。

当たり前だ。何か事件が起こったわけでもないのだから。


家に帰ると、妹が居間でテレビを見ていた。これもいつもの光景。


「晩御飯はカレーだぞ」


丸くなって座る妹にかけた言葉は、行き場を失って消えていった。


妹は今年で43になる。

いわゆる引きこもりという奴で、母が死んでからは声をかけても最低限の返事しか返ってこない。


仕方ない事だ。この年まで生きていれば、人生色んな事がある。

妹はきっと、小石につまずいて起き上がれなかっただけなのだ。

私はそれを笑う事もしないし、だからといって擁護もしない。

ただ、家族だから生活を共にしている。それだけだ。


私だって妹の事を非難できる生活をしてるわけじゃない。

左遷された会社はリストラの波で解雇されたし、一念発起して始めた小説家志望の執筆は鳴かず飛ばずだ。


すきま風の吹く廊下を進む。

父と母が結婚した時に建てられたこの家も、老朽化してあちこちにガタが来ていた。

まるで自分たちのようだな、と親近感さえ覚える。


自室についた私は、机に原稿を広げた。

インクと紙の匂いがするこの部屋は、父が書斎として使っていたものだ。

壁一面の本棚を背にして執筆や推敲をすると、なぜか父の思い出が蘇ってくる気がする。


最近目にした創作関連のネット記事で、「創作が出来るだけで幸せではないか」という旨の記事があった。綺麗ごとだと思った。


人は金が無くては食っていけないし、他人から承認されなければ創作という苦行は続けるのもつらいはずだ。少なくとも私は小説で社会的地位を得て飯を食っていきたい。

私のような人間の方が少数派なのだろうか。


もうマイノリティーであることで不安がる程若くもないはずなのに、他人の意見が気になる小心者なのは今でも変わっていない。

自分の生き方を変えられるほど若くないし、それを誇れるほど無知でもない。


それでも、どうしようもない自分の駄目さや醜い所を受け止めて生きていくしかないのだと思う。

多分それが、年を取ったという事なのだと思う。


自分について考えていると、あっという間に筆が進んで短編小説を書き上げてしまった。

一区切りついたので、台所に向かいカレーの準備をすることにした。


人参とジャガイモの皮をピーラーで剥く。幼いころ、母が私に料理を教えるためにカレーを一緒に作ってくれたことがあったのを思い出す。


玉ねぎを包丁で切っていく。きっと私一人で暮らしていたら、こんなに料理をすることは無かっただろう。

母がいなくなってから、妹も食べるからと始めた料理も今では慣れた。


妹はご飯を食べた後必ず、「おいしかったです」という。

幼い時からの習慣なのだが、料理を作る私はそれが少し嬉しかった。


具材をルーと煮込みながら、私は今後の事について考えた。

私も妹も無職で、今は貯金を食いつぶしながら生活している状態だ。

書いている小説が商業作品となれば多少の収入にはなるだろうが、今のところは期待できそうもない。


生活保護をもらうか、この年で日雇いやパートをやってみるか。

一度レールから外れた人間には、この社会というのは極めて残酷で、厳しい。


年と共に、体も頭も動かなくなってきた。妹の介護もおそらく私がやるだろう。

それでも、生きていくためになんとかやっていかなければならないのだ。


外に出る前にセットしてあった炊飯器のタイマーが音を立てて、晩御飯の時間を教えてくれる。

けだるげそうに妹がこちらを見た。


「今カレーよそうからな」

「うん」


近所のスーパーで売ってたルーを使ったので、今日は安上がりな夕食に出来た。

こうやって、日々少しずつでも努力して生活していくしかないのだと思う。

死ぬまで。


私は不幸だろうか?この日々は無価値だろうか?答えは否だ。


一緒に食卓を囲む家族がいて、帰る家があって、創作ができる。それでいい。

それだけで、私は幸せを感じて生きていられるのだ。






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