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第四話 殺意の再会

 

 銀髪の男だった。

 腰に携えた(シャムシール)と堂々たる姿勢は歴戦の将を思わせる。

 ただ、その顔は夜闇に隠れて良く見えなかった。


「あ、黄獣将軍(アジラミール・パシャ)……!」


 シェラを組み伏せていた宦官二人が戦慄する。

 それだけで、男が彼らよりも遥かに高い地位にあることが分かった。

 男は飛び退くように立ち上がった宦官二人を睨みつける。


「聞こえないのか。崇高たる皇帝(スルタン)の庭で何をしているかと聞いているんだ」

「こ、こいつが脱走して!」

「ほう。兵士でもない宦官二人が脱走者を捕まえたと。こんな夜中に? なぜ?」

「あはは! そんなの逢引してたに決まってるでしょ、ねぇ?」


 場違いに明るい声を出したのは将軍と呼ばれた男の背後に控える男だった。

 騎士鎧を身に着けた男は優しげな瞳でシェラを見つめ、にこりと微笑む。


「で、将軍。どーします?」

「……ここは皇帝(スルタン)の裏庭。血で汚したくはない」

「了解です。んじゃおたくら、僕と少しお話しましょーね」


 部下らしき男が宦官二人を引っ立てて去って行った。


「立てるか」

「……はい」


 脱走者に差し伸べる手に、シェラは用心深く自分の手を重ねた。

 そう、最悪の事態は免れたものの、未だに自分の危機は去っていないのだ。

 この男に脱走者であることがバレれば、どの道死ぬ──


「それで、お前は」


 月明かりが男の顔を照らし出した。


「「え?」」


 二人の声が、重なる。


「あなたは」

「君は」


 刃のように鋭い顔貌だった。

 浮世離れした銀髪、整った鼻梁、鍛え上げられた体躯。

 蒼い瞳から、涙が零れ落ちていく。


「生きて、いたのか」


 男は、泣いていた。

 厳つい外見とは裏腹に、とても優しい声だった。


「やっと見つけた」


 手が伸びる。ごつごつとした手が顔に触れる瞬間、


「触らないでっ!!」


 パチン、と差し伸べられた手を振り払った。

 およそ将軍に取るべき態度ではないし、この場でとる選択肢としては最悪の部類になるだろう。事実、将軍は面食らったように呆然としている。だが、今のシェラにはそういった小賢しい知恵を働かせる余裕などなかったのだ。男の顔をシェラは知っていた。


(間違いない、こいつは……)


 燃えさかる炎の中に佇む、蒼い瞳。

 姉の身体を抱きかかえながら刃を突き立てるイシュタリア人の姿。


「お姉ちゃんを、殺した男……!」


 殺気立つシェラの言葉に、男の表情が変わった。

 涙は幻のように消え、刃のように鋭い瞳がシェラを射抜く。

 フ、と口元が三日月に歪んだ。


「誰のことかは知らんが、殺したアナトリア人などいちいち覚えていない」

「この……っ!」


 怒りで頭がどうにかなりそうだった。


 シェラにとって世界でただ一人の大切な姉を。

 国中から期待されていた天才で、いつだってシェラを守ってくれた彼女を。

 大好きな姉を馬鹿にされているようで、我慢できなかった。


「うわぁあああああああああああああ!」


 シェラは飛び掛かった。

 首筋に衝撃が走る。

 視界が暗転。

 身体の力が抜けて地面に倒れていく。


「おねえ、ちゃ……」


 そしてシェラの意識は、闇に落ちていった。



 ◆



「……」


 アナトリア人の娘を見下ろしながら、男は一人佇んでいた。

 無表情の瞳の奥には悲しみや寂しさともにも似た光が瞬いている。


「将軍、その子どうするつもりです?」


 いつの間にか戻って来た部下が問いかける。

 将軍は顔を上げた。


「脱走者は処分が通例だったな」

「ですね」

「例外は」

「ないですねぇ」

「脱走者以外の例外だ」

「多額の金と身元引受人になれる身分があれば、引き取ることは可能です……見も知らない娘に同情して引き取るような将軍じゃないと思っていましたけど?」

「知らない仲ではない」

「ありゃ。そうなんです?」

「……顔は初めて見たが、な」


 サァ、と風が木の葉を巻き上げ、彼の顔を覆い隠す。

 最後に呟かされた言の葉は、風に流されて消えていった。




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