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第二十三話 想い、わずらう

 

「……全然眠れなかった」


 火の宮と月の宮のいざこざがあった翌日。

 一日休みを告げられたシェラは身だしなみを整えて自室を後にした。

 日が登ったあとに目覚める朝は新鮮だが、少し落ち着かない。


(怪我したわけでもないのに……)


 リヒムや月の宮の者達が休んでいいとうるさかったのだ。

 元はと言えばシェラを中心として起こった出来事なのだし、仕事に遅れが出たら申し訳ないと思ったのだが、ガルファンが「一人減ったくらいで潰れるなら潰れたほうがいい」というので、お言葉に甘えた次第である。正直なところ、シェラとしても有難かった。


(仕事行っても、集中できなかったかもだし)


 昨日の出来事を思い出す。

 あやうくクゥエルに穢されそうになった時に現れた背中を。

 力強く抱き寄せられ『大切な人』だと、彼はそう言って──。


「~~~~~~っ」


 両手で口元を押さえ、その場にうずくまってしまうシェラ。

 昨日の夜から同じことを繰り返していて、寝つきが悪かった。


「ば、馬鹿じゃないの。あんなやつ。元はといえばあいつが」

(あいつが強引に助けてくれなかったら、今もあの地獄に)


 シェラは思いっきり首を振った。

 心と言動が不一致だ。これはまずい。なんとかしなければ。

 深呼吸し、息を整える。


 食堂の扉を開こうとしたシェラは、ふと思いとどまり、近くの花瓶に顔を寄せた。花瓶に映る自分の目はハッキリしている。髪型も、跳ねているところはなさそうだ。


「……よし」

(って何が『よし』なの!?)


 自分の行動に自分で突っ込みながら、シェラは咳払い。

 意を決して扉を開けると、


「おはようございます」

「シェラちゃん、おはよー!」

「ん。おはよ」

「あ、おはよう……」


 食堂に居たのはルゥルゥやスィリィーンたちだ。

 シェラが挨拶を返すと、彼女らはぽかんとした様子で固まる。


「……? なに」

「シェラちゃんが、おはようって言った……!?」

「は?」

「珍しい。いつも頷くだけだったのに」

「昨日、頭をぶつけたのでは。医者を呼びます?」

「だ、誰がッ、挨拶くらい返すし!」


 言い返しながら、そんな態度だったかなとシェラは思い返す。


(………………そうだったかも)


 元々、諸々のことが落ち着いたらここを出ていくつもりだった。

 イシュタリア人なんて信用していなかったし、仲良くなるつもりもなかった。

 姉の死を足蹴に生きている者達がどいつもこいつも憎くてたまらなかったから。


(……でも、こいつらは。あの人たちは)


 こんな意地っ張りで口が悪い自分を守ってくれた。

 料理だって普通だし、相変わらず口は良くないし、背は低いし。

 誰も名前を呼んでくれなかったけれど、彼らだけは呼んでくれた。


(信じても……いいかも)


 そう思えるくらい、温かかったのだ。

 だから自然と返せた挨拶も、つまりそういうことで。


「……あの」


 シェラは食堂を見渡す。


「リヒムは、どこに?」

「閣下ならもう仕事に向かいましたよ」


 あと呼び方。と注意する侍従長(ルゥルゥ)


「貴女が目覚めたら好きにさせていいと言われています。休日ですしね」

「好きに……」

「告白するなら時と場所を厳選して雰囲気を作ったほうがいいと思いますが」

「だ、誰がっ! そういう好きにじゃない!」

「冗談です」

「だから、あんたの冗談は笑えないんだってばっ!!」


 どっと、その場に笑いが起こった。

 釈然としないシェラに、スィリーンが微笑ましそうに言った。


「昨日のお礼を言いたいなら会いに行けば? 今日は会議だし、将軍府にいると思うわよ」

「将軍府」


 内心が見透かされたようで面白くはないが、居場所が分かったのは僥倖だ。

 シェラが口の中で目的地を転がしていると、スィリーンがお姉さん風をふかしてくる。


「一人で行ける? お姉ちゃんが付いていってあげようか」

「子ども扱いしないで。一人で行ける」


 ぴしゃりと跳ねのけるシェラ。

 凛と背筋を伸ばして食堂の扉に手をかけ、彼女はぴたりと立ち止まる。

 それから肩を落として、振り返り、消え入りそうな顔で言った。


「……ごめん。やっぱり案内欲しい」


 スィリーンはルゥルゥと顔を見合わせ、


「──もちろん!」


 ぱっと、輝くような笑顔で頷いた。




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