3 妖精たちと森での暮らし
「誰だ?」
「父上。例のお方を連れて参りました」
「入れ」
立派な扉の中から声がして、ディープが思い切り扉を開け放った。
蝋燭に照らされた仄暗い部屋の中央にある椅子に腰掛ける――いや、サイズが合っていないので乗っかっているだけだ――の妖精は、ディープと似て緑色の服を着ていた。
ディープより少しばかりは歳を取っているように見える。が、せいぜい青年くらいに見え、とてもとてもディープの父親とは思えない。
「えっと……、あの人が本当にお父さんなの?」
「そうだけど?」ディープが不思議そうな顔で見つめてくる。「何か変かな」
「いいえ別に」
私は、妖精は年老いても若々しいままの種族なのだろうと思い、納得した。
実際精霊なども何百年生きても姿の変わらない者が多い。かくいう私も消滅するその日まではこの姿のままである。
――ともかく。
「初めまして。私、アンジュっていいます。あなたはこのお城の一番偉い人?」
「余か? 余は妖精王と呼ばれている。その名の通り、妖精たちを統べる者だ。……話は聞いている。娘よ、余はソナタのことをずっと待っていた」
「は……?」
ずっと待っていた?
私は首を傾げるが、今更ながら思う。
そういえばディープは私の名前を知っていた。あれはもしかすると、昔々にどこかで会ったことがあるんじゃ?
そしてその私の考えは外れていなかった。
私がまだ小さな、精霊としてこの世にぽわっと現れた直後のこと。
他の意地の悪い妖精に私が襲われていた時、ディープがそれを助けてくれたらしかった。その時に私のことを気に入ったんだとか。
それからずっと彼は私のことが忘れられずに、森の中でそっと見ていたらしい。私はその視線に気づくこともなかったけれど……。
「というわけだ。なのでそなたには息子のそばでいてやってほしい。そうすればこの森での絶対の安全を保障しようぞ」
ディープの近くにいる。
それだけのことなら、私にだってできると思った。だから頷いた。
「わかりました、妖精王様」
そうして、私は妖精たちと共に暮らすことになった。
△▼△▼△
妖精は私の想像以上にたくさんいて、それこそ一つの国が作れるくらいだった。
皆が皆それぞれの仕事をして、せっせせっせと働いている。それはさながら人間のようで私は驚いてしまう。
「すごいでしょ。みんな頑張ってるんだよ」
私が思い出すのは、ライトに連れて行ってもらった街の様子。
こんな緑豊かなところではなかったけれどとても活気に溢れていたのを覚えている。
なんだか懐かしくなってしまい、私は慌てて首を振る。もう別れた人間のことなど今更何だというのか。
私はこれから、妖精と一緒に、森の精霊として生きていくのだから。
ディープと一緒に妖精の国を巡り、そして、私が興味を持ったのは機織りの仕事だった。
妖精用の小さな服を器用に編んでいる。キラキラした衣装が素敵で、私も作ってみたくなった。
「お姉さん、機織り教えてください」
「いいわよ」
機織りの女性に弟子入りし、私はそこで働き始める。
ディープがそれを微笑ましげに見つめていた。
△▼△▼△
そんな長閑な暮らしが三年間続いた。
私はすっかり機織り娘になり、妖精たちから評判を呼んで大繁盛。妖精よりずいぶん体格差がありながら彼らと馴染むことができたのは非常に嬉しい。
妖精用はもちろん、自分用のキラキラドレスも数え切れないほど作った。もはや私は昔のボロ布に身を包んだ少女ではなく、立派なお嬢様のようになっていた。
そうして充実した日々を過ごしていたある日、私はディープにひとけのないところに呼び出された。
何かと思って首を傾げる私に彼は一言。
「実はずっと前から君が好きだったんだ。……結婚して、僕の妻になってほしい」