終末のカタストロフィー 最終局面の2人
5面・氷山ステージは氷のほかに大気があった。
ゲームで背景に雲が描かれていても、レバー操作は同じ。
現実はゲームと違う、宇宙用の機体は操縦が難しかった。
道中に微妙なパターンの差異や些細な機体のトラブルこそあったが、攻略自体は順調に進んでいる。
『 鮮やかなお手並みでした! 』
「知ってたら、なんてことないさ」
ここから、どこへ向かえばいいのか……
最終面は、小惑星を転用した敵基地内部。
ゲームの流れ、そのままの面構成のはず。
多数の巨大なトンネル掘削機が掘り進めていく坑道を、資材運搬車や敵の攻撃を掻い潜り、最深部(とは言うものの当然右端だ)にあるラスボスの居座るステージを目指す。敵キャラも重機を模してデザインされていた。
それを横からしか見たことがない。
合間を縫って、覚えている限りの地形を可能な限り正確にマッピングした画像。画面左端から右へとスクロールし最終確認してから、最後、祈りにも似た気持ちで送信ボタンを押すと、数秒で転送されていった。
「これが、最終稿だ」
『 受領しました 』
「正直あんまり自信は ―― 」
ッブワァ ゥ オ ォ ォ ゥ ...
無い、と言いかけたが強制的に中断させられた。周囲に紫電が跳ね回り、すぐに視界は白く覆われて、何が起きているのかすらわからない。機体の歪む音が、獣の遠吠えのようにコックピットを直接振動させるッ!!
その先で、微かに。
右城の悲鳴が聞こえた……
・
・
・
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唐突に奪われた視界が開けていく。
眼前に広がる、敵基地内部の風景。
これは知らない展開、知らない演出だった。
3面の大型戦艦、あの転移と同じだろうか?
迷子にならずに済んだ ――――
「悪い右城、知らなかった。 ……無事か?」
元気な声が響くのを、スピーカーを見詰めて待っていた。
数秒待って「右城?」と尋ねてみるが、返答は無かった。
スピーカーを見詰めている。
「右城、返事を」
『 イ゛ッガ 』
女性の声というには皺枯れた、奇妙な音声だった。
瑞々しい右城の声ではなかった。
再度「右城」と尋ねてから、ハッとした。
僚機のバイタルチェックをモニターに表示する、残った右城機だけが表示され、数値が表示され波打つラインに安堵したが、一か所だけ。
赤い文字。
SpO2?
『 ィキ ガ 』
イキ。 ……呼吸、SpO2。
O2は、Oxygen?
サチってる、飽和、Saturation of per……なんだ?
妙に記憶にひっかかる単語。
まさか。
血中酸素飽和度?!
チェックもそこそこ反応炉を叩き起こして鞭を入れる、周囲に敵の動きはない。さほど離れていないはずの機体へ近付けない、もどかしい時間がゆっくり流れて、基地内部の環境チェックや自動操縦の準備を整えていく。
敵基地内部は動きが重い。 気体で満たされているらしい。
N2:78.084、O2:20.947、Ar:0.934、CO2:0.031……1気圧?
大気の組成が似た惑星を発見し、侵略してきた連中なのか。
つまり操縦席の空気漏れじゃない?!
視界に大きくなってゆく右城機に、奇妙な違和感を覚えた。
「複座?」
あの型は3機いたが、複座式は練習機だった。
それに、後席にあるアレには、既視感がある。
チューブというには大仰すぎるが……
「extracorporeal membrane oxygenation?」
おそらく体外式膜型人工肺、ECMOだ。
無重力に近い状態で、不安定な体を固定しつつ淡々とチェックしていく。回路の損傷や出血は無い、酸素化不良も、血栓も無いが。エア噛みだ、遠心ポンプがエアートラップを起こしている。緊急セットからチューブクランプ、クーパー、ガーゼやシリンジ、圧バッグ、生食。
そして、トラブルシューティングが出てきた。
「ここか! 二か所をクランプで遮断、ポンプを外して、三方活栓の血を引いたら圧バッグを接続、開放。こっちの三方活栓を開放してエアを除去、閉鎖してポンプを取り付けたら、取り付けた! ポンプ・オン。 ……どうだ?」
ここまで、機械しか、わからない。
組立工だった、使ったことはない。
コックピットで機械に繋がれたままシートに座る女性を、目視で確認しに行く。顔色が悪い、酷く悪い。パネルを開けて開閉用コックを操作、力任せにキャノピーを押し広げてから、慌てて対処法を探す。
昇圧剤、蘇生? どうすればいい?
生身の人間相手に、どうすればッ!
何故だ、どうしてマニュアルに一人で解決できないから助けを呼べって書いた、内容がよくわからない、専門外だ、誰を呼んで助けてもらえっていうんだ。
……こんなところで。
敵 基 地 の 玄 関 先 で 、 誰 が ッ !!
こんなところで独りになったら、これ以上。
マニュアルから、顔を上げる。
初めて、そのとき、右城に出逢った。
「助けてくれ……右城」
助けを求めて縋るには、あまりにも頼りない姿。
年若い、14になった自分よりも年下に見える。
人工肺を塩化ビニルの細いチューブではなく、断熱材で大袈裟に覆われた配管で強引に繋いでいるのは、宇宙空間で使用するためか。満足に身動きもできないし、脱出できるわけもない。
あちこちに漂う、使い終えた鎮痛薬のシリンジ。
顔を知らないんじゃなかった、初めて逢った、訓練中にいた女性と右城は別人。パイロットスーツを着用していない、普段着どころか薄着すぎる、注射針を折ってしまうからだろう。
華奢な身体、この細腕で延々と操縦してきた、なのに。
全身が虚脱したまま、ピクリとも動かない。
ほとんど胸が上下しない。
浅く短い呼吸しかしない。
経験したことのない、猛烈な虚脱感に支配されていく。
と。
僅かに瞼が震えて、薄く開いた。
引き結んでいた唇を緩め、微笑。
「 右 城 ッ !! 」
小さく一度、頷いた。
乱れた髪を直して、カチューシャで留める。
そのままの表情で、スピーカーを震わせた。
『 助かり、ました 』
「お前の……その、声」
唇は動かない。 微笑みを浮かべたまま。
右城は、ちょん、ちょんとカチューシャを指差した。
脳波かなにかで、コミュニケーションしていたのか。
『 颯爽と駆け付けて。 さては、お主 』
「馬鹿言えッ!! こんな格好で、なんで」
そこまでが言うのが精一杯だった。
『 奴等の攻撃で子供のころ肺をやられて、でもね。前世の記憶を信じてました。ほ~らね、ピンシャンしてますよ~? 予定通りです 』
「じゃなくて」
『 人工肺の継続が難しくなってきてて。宇宙人の侵略で、医療用物資は減る一方ですからね。この作戦が成功すれば工場だって稼働できる、私も長生きできるって寸法です 』
「だからパイロットに。なら第二陣に回るなり、先延ばしの方法が」
『 どうせなら可能性は高いほうが良い、そうでしょ? 貴方は敵を知ってるようだと、博士が 』
「知ってる……なにを?」
『 試作機のデータを元に作ったシミュレーターを、そのパイロットに試してもらったにしても、先回りして次々と撃破した。予測したというより、あらかじめ布陣を知っていたかのように無駄を省いた効率的な動きだった、と 』
「それでオレのサポートに?」
『 半信半疑、というより疑ってましたけど。1面ボスを5秒で倒し、知っていたからと答えた。先々は期待するな、とも。正直な人なんだと思いました 』
ひと一人に回せる医薬品や人手は限られている。
運良く助かっても、治療を中断せざるを得ない。
右城の場合、それは死と直結している。
右城は全部納得ずくで、この場に来ていたのだ。
「一発も喰らってねぇのに死にかけんじゃねぇよ」
『 すみません…… 』
「ったく……どんな転生で、どんな横シューだよ」
『 こだわりますね 』
解決策は、ひとつしか無い。
作戦の成功、敵拠点の殲滅。
「ここからは特等席で高見の見物だ」
『 え、席、どこ? 』
「ウシロのシートで前だけ向いてろ」
シートベルトバックルをガチャガチャ外すと、ふわりと宙に浮いた。
痩せぎすの腰に片手を引っ掛けて、スイーッと後部座席に放り込む。
『 あの、そういうわけには…… 』
問答無用で座席にベルトで縛り付けてから、黙々と人工肺から伸びたホースを、コックピットや座席にサージカルテープを使って固定していく。
右城も抵抗せず、静かに身を委ねている。
どうせ気休めにもならないだろう。
操縦席に潜り込んで手早くシートベルトを締め、火器管制システムや計器類など違う部分を調べつつ、こちらへ転送するために修正を重ねたマップを表示する。
慎重に確認しながら、独り言ちた。
「敵拠点を制圧する」
『 この機体の武装と火力では! 』
「お前、ここまでノーミスだったろ」
『 いくらなんでも無茶です!! 』
「それ……右城にだけは言われたくないセリフだな」
『 なんで…… 』
「大気圏内で運用する機体に、こんな大出力を無理矢理つけたゲテモノで、いくら推力偏向が可能だからってスラスト・ベクタリングで機体振り回してたろ。そんな体で、無茶もいいところだ 」
シートベルトで前席に体を固定、トリガーを引く。
ここまで連れてきてくれた愛機を貫通、火を噴く。
直後、爆発、四散する。
『 なんて、ことを……あれは特別な機体、あれだけは、強襲揚陸艦から奪取した大型のエネルギー圧縮装置を搭載していたんです! 』
「どうりで。燃費が最悪だった」
『 これはただの試作機で。 これじゃ、勝ち目が…… 』
「勘違いすんな。アッチは単座、右城とECMOを積む余裕は無い、それもある。ゲームどおりの展開ならアイテム供給が少ない面、ガス欠で墜落するってのも問題だろう。ただし、あの機体を破壊したのは、確固たる信念があってのことだ」
『 信 念 ? 』
視界が晴れていく。
残されたのは、敵から奪取した武器弾薬が6割。
反応炉を稼働させ、操縦桿を滑らかに操作。
次々と扱い使い慣れた装備を吸収していく。
「横シューは死んだらオシマイ、貧相な装備じゃ立て直せない。武装を一機に集約するためには、自機を破壊してアイテムを回収するしかないんだ!!」
あれは……最後に入手した反射レーザーか! 運が良かった。コンソール画面を上に向かってフリックすると、記憶にある全ての兵装が揃っている。幾つか順序を差し替えて、1つタップ。
軽くトリガーを絞った。
ピピピピッ!と、連続で電子音。
人差し指を開放して、撃発する。
忍び寄っていたドローンが6機、次々と墜落していく。
『 意図的に、残機をゼロに? 』
「そういうことだ、あとは任せろ」
1面で入手した『反射レーザー』より少々威力は弱い。
劇的に燃費は改善していて連射可能。
「転生者は特異なスキルでオレTUEEE、それが御約束だった」
『 御約束、前世の話ですか? 』
「そういうこと」
『 根拠が薄い……誰と約束したんです? 』
自嘲しながら首を振った。
これは前世の話でも、ラノベの話でもない。
戦闘機で飛び回るための場所には見えない。
精々一機、それすらギリギリの空間だった。
視野は狭い、先が見えない。
だから敵はここに転送した。
「敵は破壊不可能、地形なんだ」
『 強い弱いは無関係ですか 』
「残機ゼロで、突破は敵わない」
『 今まさに残機を潰した人が、それを言う?! 』
「まぁ、神頼みでやってみるさ。顔見知りなんだし」
『 自力で叶えてください。死にたくありません 』
誰一人突破できないだろう。
このオレを除いては、誰も ――――
「本来なら、こうした迷路状の面は頭で覚えるんじゃない。何度も何度も繰り返し挑戦して身体に染み込ませる。上下左右のレバーが、前後左右の操縦桿になった、それだけ。オレなら一発で抜けられる、ラスボスに辿り着けるッ!!」
『 攻略できます? 』
「あぁ、期待してくれ」
『 ……はいっ!! 』
掘削と崩落をリアルタイムで繰り返す、迷路状の通路。回避パターンはあっても安全地帯は無い。無目的に掘り進めたとしか思えない作業半ばの坑道を進むのは、困難を極めるだろう。
扱いなれた操縦系統との違いに焦り、戸惑っている。
この状況で身に覚えのないパターンに対応できない。
予定調和が崩れないこと、ただそれだけを強く祈る。
初めてのノーミスクリア達成に感嘆した右城が『 鮮やかなお手並みでした 』とスピーカーを響かせるまで、10分とかからない筈だ ――――