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凍てつく衛星(ほし) 碧落の失速下機動

 3面は、予定調和から大きく外れていなかった。


 続く細胞面はアドリブ要素の多かったステージ。

 そうと知っていれば意識して柔軟に対応できる。

 前世で遊んだ横スクロールシューティングゲームの攻略法がそのまま通用する。

 多少の誤差は僚機の右城が修正に奮闘し、活躍は目覚ましいものがあった。

 グロテスクなボスを倒した先は、これまでと同じく宇宙空間。

 だが、いつもと少々様子が違う。

 昔風に言えばアステロイドベルト、それにしてはゲーム的で隕石だらけの宙域。必死で衝突を回避している最中も敵は断続的に攻撃を仕掛けてくる。


 誘導するような、敵機の出現パターン。

 地球を飛び立って戦闘しながら、半日。

 その先に浮かぶのは、見知らぬ天体だ。



 ここは……どこだ?



「見えていたのは月だった」


『 月ではなく、エウロパに酷似した天体ですね 』


「エウロパ、木星の衛星?」



 右城から転送されてきたデータに目を通していく。

 観測できた数値と映像、奇妙なほど符合している。


 違和感に、鳥肌が立った。



「肝心の木星は無い。 ……衛星だけが浮かんでる」


『 大気が薄く、重力は0.135 』



 大気組成は、かなり違う。

 窒素が8割、残り大半は酸素。


 それでもエウロパなのだ。


 巨大戦艦を転送してきた。

 だからと言って、これは。


 転送にサイズは無関係なのか?



 ……重力?



「この隕石群は、重力のせいか」


『 おそらく。地球の戦闘機をベースにしたプリシュティナなら、巡航速度で飛行して、多少の戦闘ぐらいできますけど 』


「見た目からして宇宙用のコイツは無理だぞ」


『 そちらも燃料(アイテム)を回収すれば、飛べます 』


「理屈では、な……無茶もいいとこだ」


『 私でも、露払い役を務めるくらいなら 』


「数少ない手持ちの武装で、補給もせずに?」


『 絶対安全な攻略法があれば、どうぞ? 』



 右城の乗るプリシュティナと違い、なにしろ燃料消費が激しい。ここまで大半のアイテムをこちらに集約することで賄ってきたが、ここに来て裏目に出た。


 この機体は大出力での攻撃を得意としている。

 反面、僅かながら直後に失速する。

 ああした環境下では命取りになる。



『 で……どうします? 』


「硬い敵は、右城に頼むしかないな」


『 了解。そちらはどうします? 』


「弾避けに徹して、通常兵器で応戦」


『 いつもと正反対ですけど~? 』


「得意不得意がある」


『 苦手そうです 』



 横シューは、弾避け要素が薄かった。

 墜としてしまえば、見る機会が無い。

 未知の行動パターンを持つ敵もいるだろう。



「やりたかぁないよ」



 こちらで敵愾心(ヘイト)を引き受けて、右城機の火力を最大限活用する。

 口で言うのは簡単、実際問題ボス戦まで集中力を維持できるか?



「エウロパには近づくな……か」


『 なんです? 』


「古典SFの台詞」



 2面ボスだった大型強襲機が4機、急速に接近してくる。

 ここで応戦すれば、燃料を無駄に消費する。

 どの道、大気圏に突入するしかないらしい。


 右城も同じ感想だ、手早く算出し突入ルートを送信してきた。カウントダウンは8秒。了承すると自動操縦に切り替わり、加速に備えるよう指示が出た。



「3、2、1……ッグ!!」



 大気圏突入というより急降下、自由落下に近いコース。


 真っ赤に焼けた視界は、すぐに純白の雲海に変わった。


 飛び込んで数分後、大雪原に変わっていると気付いた。


 みるみる激しい起伏を浮き彫りにしていく――――



 落下を続ける右城機に追い縋る敵機に、弾かれるだけの豆鉄砲を当てる。当然、猛反撃される。僚機から引き剥がした頃合いで叫んだ。





「操縦桿を引け、 氷 山 面 だ ッ !! 」



 そこから先は記憶が曖昧。



 渓谷と氷窟を繰り返す複雑なルートを進み、これといった反撃手段も無いままに敵の攻撃を紙一重で避ける。


 横視点ならレバーをくるりと回せば済む軌道も、全方向から攻撃してくる敵機を僚機の射線上に押し出すためには、ただでさえ大気と重力がネバついて思い通りにならない機体に鞭打って飛び回るしかない。


 刻一刻と悪化する状況。

 まるで間尺に合わない。


 右城は右城で、戦局を左右するほど強力な装備を持たない。

 出現したアイテムは、撃てもしない俺の機体へ回してくる。

 強引に大気圏内を飛行、極端に燃費が悪化しているからだ。


 二人とも、一方的に攻撃されっぱなしだった。



 ゲームでは、比較的イージーすぎる面だった。

 鈍化した思考の中、同じ言葉がグルグル回る。



 「こんな筈が」と、後悔にも似た言葉だけが。



  巡り、巡る。



『 あと何分、続けられます? 』


「呑気だな? 1分も怪しいぞ!」


『 降参ですね 』


「白旗でも振るか」


『 西に8キロ、なんでしょう 』


「あ?! 画像なんて確認できる状況じゃ……」



 いいや、あれは?



 肉眼で見える、永久凍土の上に巨大なドーム。


 植物園のドーム温室?

 氷じゃない、ガラス。



 ……人工の建築物ッ!



 滅茶苦茶に乱射しながら大きく迂回し右城機の背後に付くコース。敵機の大半を引っ張ってきた意図が通じたのだろう、こちらに速度を合わせるようにして、右城が急加速した。


 唐突に加速した2機、離されまいと猛追を開始する敵機はマトモに相手できる数ではなかった。


 弾速の遅い通常弾を撃つ。

 すぐに追い越してしまう。


 背後に迫っていた機動性の高い敵機に、命中。

 予想外の反撃に、敵の足が緩む瞬間ができた。



「今だ、右城」


『 了解! 』



 プリシュティナの後方から、レーザー光が放たれる!


 真後ろに一本だけの頼りない光線兵器が、機首を繊細に振り回す右城の操縦技術でユラリと方向を変え始めた。


 かろうじて通常弾の直撃を避けた連中を、その背後に控えていた大量の敵機を、巧妙に舐め取っていく――――



 その様を確認しながら兵器選択画面をスワイプする。

 空対地兵器、横シューなら名前は『ボム』が定番か。



「ボム、BOMB。 "Thermobaric Bomb" 、これだな」



 選択しトリガーを引くとエラー、二段階認証兵器だ。

 手早くコードを入力して、再度、トリガーを絞った。


 ドームへ向かってロケット型の実体弾が放出される。

 これまで使った、どれとも違う。

 あまり見たことのない類の兵器。



『 あれは、ミサイルですか? 』


「ナントカボム」


『 なんと? 』


「読めなかった」



 追撃部隊は、旗色が悪くなったせいか撤退を始めた。

 人工建造物の上空を旋回しつつ、なりゆきを見守る。


 ……小さな閃光。


 その直後だった。



『 爆轟(ばくごう)来ますッ!! 』


「ばッ?!」





 強 烈 な 衝 撃 波 が 周 囲 を 襲 う ッ !!



 機体を揺さぶる爆鳴気(ばくめいき)の強烈な圧力。

 遠く吹き飛ばされ、自動操縦で元の位置へ静かに戻っていく。


 目の前の光景は一変していた。


 ドームのあった場所が円く燃え盛る。

 炎に照らされて舞い踊る大量の花弁。

 その中央に咲く、巨大な植物――――



「ラフレシアなのか」


『 食虫植物の? 』


「ただの寄生植物だ、腐ったニオイを出すだけの」


『 そうは見えませんけど 』



 ごくり、と喉が鳴った。


 花の形は似ていなくもない。

 その巨大さが桁外れすぎた。



「そうだな、俺にも見えない」



 確かにコイツは違うらしい。

 テラフォーミングのための宇宙植物。

 こいつが光合成で酸素を作っていた。


 焼け落ちていく、いびつに著大化(ちょだいか)した植物。

 宇宙人が天体を地球化(テラフォーミング)する、何故だ?


 茫然と眺めながら考えていると、けたたましい警告音にコックピットが満たされた。急いで自己診断プログラムを走らせて、原因を探る。先ほどの衝撃波で降り注いだ大量の飛礫(つぶて)が機体に衝突して、外装に数ヶ所、軽微な損傷。

 ひとつだけ無視できない被害があった。

 武装とコックピットをつなぐケーブルが、断線しているらしい。



「自機にも被害が及ぶとは」


『 オーバーキルですよ 』


「外からネットワークに迂回路(バイパス)を施せと出た」


『 外から? 』


「物理的に、だ」



 大氷原を進んだ先に見えた氷窟の中へ着陸して外に出ると、久しぶりに足の裏を痺れさせる地面を踏む感覚。思わず「エウロパに着陸しちゃった」と苦笑する。


 少し背骨を伸ばしてから、「右城も出るか?」と尋ねると『 寒いでしょ 』と素っ気ない返答の後、『 ここから作業をサポートします 』と続けた。


 メインに据えたモニターは持ち出せない。

 小型通信端末に随時転送する必要がある。



「出たり入ったりするより、効率的か……」



 黙々と作業していく。

 次々と画面が切り替わり、手際良く進む。



 そのうち、ふとした疑念が頭をもたげた。



「あそこで右城も訓練を受けたんだよな?」


『 突然どうしたんですか? 』


「あの訓練施設にいた女のピリピリした空気とは違う。でも、逢ったことがある気はするんだ。それがいつで、どこだったのか、どうもハッキリしない」


『 博士の娘で特別枠(コネ)でした 』


「博士の娘? ……似てないな」


『 顔を見てもいないのに? 』


「なんていうか。雰囲気が、さ」


『 …… 』



 最後の手順を終えて入念に外装を嵌め込み、指示どおり耐熱テープで封印する。コックピットへ戻ってシートに体を沈めると通信が入った。



『 行きましょう、世界を救いに! 』



 ずっと昔に聞いたような。

 奇妙な懐かしさを感じた。



「本当に逢ったのは初めてか?」


『 わかりました! 』


「あ、思い出せたのか」


『 これは口説き文句ですね 』



 手早くチェックを済ませて溜息交じりに上昇。

 右城の機体が抗議しながら追い越していった。


挿絵(By みてみん)


 その姿をぼんやり見詰めながら、記憶を反芻していく。

 大切な約束を忘れてしまったような、嫌な後味がある。

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