エピグラフ
「あれ?」
気付くと、一面の花畑に立っていた。
目の前に大きな川、そして立派な橋。
綺麗に澄んだ水が流れている。
何の気無しに橋を渡っていく。
あと少し、というところで……
「戻れ、戻って来い、そっちに行くな!」
おじさんの声がして、呼び止められた。
振り返ると大泣きしている課長がいた。
「行くな、行っちゃ駄目だ!」
「なにかありました?」
『 どうぞこちらへ 』
反対側からも声が掛かった。
綺麗に澄んだ、女性の声だ。
余程の事情があるんだろう。
見ず知らずの女性に誘われるなんて、珍しい。
「待ってください課長、後でそちらへ行きます」
アニメキャラが着ているような、奇抜な服装。
口元から上は長い髪に隠れて表情が見えない。
ふらふらと女性の元へ進む。
橋を渡り切ったところで、ニッコリ微笑んだ。
『 ようこそ 』
「はぁ、どうも」
『 いらっしゃいませ、死後の世界へ! 』
「……なんて?」
『 えーと。医療機器の増産に対応するため工場勤務 』
「してましたが」
『 2年ほどで過労死です 』
急いで振り向いた。
課長はいなかった。
立派な橋なのに名前が無い。
左右どちらの橋の欄干にも、河川名が書かれていない。
これほど大きな川が、準用河川ですらないのは珍しい。
「さては、この川は」
『 三途の川です 』
「そうでしょうとも」
数々の奇談にあったとおりだ。
此岸と彼岸の間を分かつ。
あの、噂に名高い三途の川か。
『 滅びゆく世界を救って欲しいのです 』
「世界を、救う……」
世界を救うのが最終目的、だとしても。
興味があるのは途中経過。
なんにせよ剣と魔法の世界でチートでウハウハとか。ハーレム展開でキャッキャウフフとか。恋愛ゲームでモッテモテとか。よくわかんないけどTSして悪役令嬢だとか、そんなテンプレのどれかなんだろう。
純然たる日本人、作業服姿で組立工をしていたため、右手には電動ドライバーを持っている。これでモンスターは倒せそうにないから、このまま異世界転移なんて冒頭からの超展開はあるまい。
やりなおし人生を0歳スタート、ということか。
「つまり転生かぁ!」
女性は困惑気味に小首を傾げた。
年甲斐もなく、はしゃぎすぎた。
「なんとなく知ってる展開で、ちょっぴりテンションが」
『 そうですか、是非ともよろしくお願いいたします 』
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」
ぺこりと一礼すると、釣られたのか女性も顔をあげた。
かわいい娘、アニメのように整った綺麗な顔。
でも……泣きっ面だった。
顔が見えないのは髪が長いせいではなかった。
泣き顔を見られたくなくて、下を向いていた。
ただ、それだけだった。
『 人類を救済したい、大それた考えかもしれません 』
違和感があった。
この流れ、この内容、勝手に神様だと思い込んでいた。
「これは転生のお誘いではなく?」
『 転生を、していただきます 』
「そうですか。 ……よかったぁ」
『 世界を救いに行きましょう 』
やはり、違和感を覚えた。
「行くって、どこへ?」
『 貴方がよく御存知の、懐かしい世界へ 』
知らない。
仕事に忙殺されていた、異世界で使える知識は無い。
ゲームやアニメや小説をやっていないし見ていない。
慌てて「なんでオレを?」と言ったところで、目の前が白くなった。
次の瞬間。
壁の壊れた家に転生し、赤ん坊になった目に映る光景に愕然とした。
赤く燃える空、一面の焼け野原、荒廃した地球。
飛び交う奇妙な円盤が放つ、色とりどりの光線。
見間違えようがなかった。
地球外生命体の軍事侵攻。
確かに何度も何度も繰り返し見た、知っている。
ゲームセンターで常に表示されていたデモ画面。
間近に迫る攻撃。
強 烈 な 既 視 感 。
叫んだ「危ない!」は、乳飲み子が泣き叫ぶだけだった。
だが、それに反応して抱え上げようとしたのが幸いした。
付近に着弾、轟音、頬を撫でる熱風。
腰を抜かして、動けなくなった父親。
この演出も、知っている。
ここは、前世で子供のころに熱中していたゲームの舞台。
横スクロールシューティングゲームの世界だ――――