ぱんち
「……夢?」
もう一度辺りを見回して、そんな考えに思い至った。
今起きている事象は、論理的説明のそれを大きく超えている。
だとすれば夢だろう。レム睡眠なのだろう。
「夢じゃないですよ」
しかし、それを青髪の女の子が否定する。
「現実です。あなたが願ったんです」
彼女は両の手を腰の後ろで組み、斜め下から舐るようにして俺を見上げる。
その輝く瞳に見られていると、不思議な感覚に陥る。
本能的に目を逸らし、天を仰いだとき、空を飛行する物体が目に入ってきた。
黒い鳥のようだ。カラスだろうか。
「ギャオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」
カラスじゃねぇや。
カラスはあんな鳴き声じゃない。
「あれはニグレスです」
彼女が、聞き慣れない単語を口にする。
「……鳥か?」
「鳥類"では"ありますよ」
「では?」
「分かりやすく言うと恐竜です」
「恐竜!?」
鳴き声からして、恐竜っぽいなとは思っていたが、まさか本当に恐竜だとは……。
見た目はカラスそのものなのだが……。
「……」
一度異変に気づくと、次々にいろいろなものが目に入ってくる。
例えば、少し先に生えている向日葵のような花。よく見れば管状花の部分に完全な人型の口がある。
さらに、チューリップだと思っていた花が、今しがた立ち上がり野原を駆け回り始めた。
「……やっば」
あまりにも歪な光景だ。童話の世界にも似ているが、実際に目の当たりにするとこんなにも気味が悪いのか。
「どうですか? 面白い世界でしょう?」
語り掛けるように、はたまた少し自慢げに、彼女はそう言った。
心が落ち着かないことには変わりないが、冷静に見てみると、フィクションの世界に迷い込んだようで、確かに興味深い。
「ああ、面白い」
それを認めた後、振り返り、彼女と向き合う。
「で、いつになったらこの夢は覚めるんだろうな」
「まだ夢だと思ってたんですか……」
当たり前だ。むしろ、さらにそうだと思うようになった。
「頰でもつねってみたらどうですか?」
呆れたように、彼女はそう提案する。
俺は右の手を頰の横に持っていき、人差し指と親指で掴み、つねり上げた。
「……全然痛くない」
「……そうですか」
夢を確信した。
それはそうだろう。あまりにも現実離れしている。
ただ、面白い夢ではあった。
どこからが夢だったとか、どうしてこんな夢を見たのだとか、気になることは多いが、所詮は夢だ。起きたときにはほとんど忘れてしまっているのだろう。
少し、残念だ。
そうだ、名前ぐらいは聞いておこうと、彼女の方に目を向ける。
彼女は、野球選手がやるように、肩を抑えて腕をぐるぐると回している。
「そういえば、君の名前は?」
「ああ、私の名前はアリムです。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」
アリム……やはり外国人だったのか。唖離牟というわけでもあるまいし。
「ところで、さっきからなんの動きをしてるんだ?」
彼女は、ひたすら右腕を回している。
「ナギさん、私の前に来て、目線を合わせてくれますか?」
「? ああ」
言われるがまま、彼女の前に立ち、そこから屈み、目線を合わせる。
……そういえば、俺って彼女に名前教えてたっけ?
どうだっただろうか。まぁ俺の深層心理でのできごとなら、知っててもおかしくはないか。
「それで……俺はどうすればいいんだ?」
「ちょっと待っててください」
彼女は、肩を抑えていた左手を自身の顔の前あたりに持っていくと、右足を後ろに引いた。
左足の膝が曲がり、右手を肩の下あたりで、少し引いた。
……嫌な予感がする。
「何を」
「ぱあああああああああああああんち!!!!!」
「ぶ」
瞬間、驚異的な衝撃が脳を揺らした。
――ズザザザザザザザザッッザザザザッザザッ
――何が起きた。
体が……吹き飛ばされた?
倒れていた体を起こす。
視界が茶色一色に包まれている。それは徐々に晴れていき、土埃の向こう側に、俺はとんでもないものを見た。
「何だ……これ」
草は全てなくなり、その下の土すら抉りに抉れている、何か巨大な生物が通ったとしか思えない跡が、直線状、何十メートル先にまで続いている。
左頰が熱を帯びている。その熱は、じんじんと疼くように広がり、強くなっていく。
知っている。これは、本気で殴られたときの痛みだ。
「ね?」
振り向くと、そこにはアリムが立っていた。
「夢じゃないって言ったでしょう?」
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