ようこそ
「……は?」
口から洩れたのは、そんな一言だった。
彼女は自信満々な顔つきで、膝をついた状態の俺を、少し上から見下ろしている。
この子は何を言っているのだろうか。
そんなセリフ、創作の中でも、とりわけドラ〇ンボールでしか聞いたことがない。
「ちょ……え?」
「どうしたんですか?」
どうしたもなにもないだろう。
彼女は、まるで自分の発言がもっともであるかのような態度を取っているが、とんでもない。
異常な顔立ち、変化する顔色、そしてこの言動。
いろいろと不可思議な要素が多すぎる。……が、俺が知らないだけでこういう子どももいるのかもしれない。というより、常識的に考えて、目の前の女の子は普通の人間だろう。
とりあえず俺は目の前の女の子、というか幼女はちょっと変わっているだけの普通の子どもで、何かのキャラになりきっているのではないかと思うことにした。
ならば、ここはひとつ、お兄ちゃんとしてノってあげるのが正解ではないだろうか。
「……どんなことでも叶えてくれるのか?」
「はい! どんなことでもです!」
「それはすごいな!」
背筋を伸ばし、彼女の目線に高さを合わせる。
カラーコンタクトでも入れているのだろうか、彼女の瞳には星屑のようなものがあり、それがキラキラと輝きを放っている。
「まあ私は神様ですからね! どんな願いも、どんとこいです!」
「たのもしい!」
神様だって。
やっぱドラゴ〇ボールじゃねぇか。神龍(シェン〇ン)じゃねぇか。
「うーーーん、願いごとかぁ」
それはそうとして、こういうとき、何をお願いすればいいのだろう。
そりゃあ彼女が欲しいとか、完全記憶能力が欲しいとか、超能力が使えるようになりたいとか、願望はいくらでもある。しかし、ここで求められるのは純粋な願いではなく、子どもがわかりやすく、なおかつおもしろみのある願いごとだろう。
となれば、お金持ちになりたいとかが無難だろうか。
よし、それにしよう。
「決めた!」
「お! 何ですか何ですか!」
「俺を」
願いを言おうと、今一度彼女の瞳を見たところで、俺は不思議な感覚に襲われた。
キラキラとした瞳が、俺の瞳を通じて、心の奥底を視ているような、そんな感覚。
本当にこの願いでいいのか?
突如、漠然とした疑問が浮かび上がる。
「俺を……」
目が離せない。
彼女は、自信満々といった風な笑顔を崩さず、ただただ俺のことを見つめている。
長くて短いような、とてつもなく不安定な時間が過ぎ……
「俺を」
心の底の願い。
「異世界に連れて行ってください」
気づけば、俺はそう口にしていた。
「いいでしょう」
彼女がにやっと笑う。
「では、目をつぶってください」
言われるがままに、両の目を閉じる。辺りが暗闇に包まれる。
「今から私が秒数を数えますので、3になったら目を開けてください」
――たん、たん、たん
彼女の歩く音が聞こえる。どこかで聞いたような音だ。
彼女の足音と声が、俺の周りをまわって、真後ろにまでやってくる。
「ではいきますよ。1……2……3」
俺はゆっくりと、目を開けた。
……。
…………。
………………。
「………………………………うそだろ」
目の前に、緑が広がっている。どこまでも続く、緑だ。
立ち上がり、左右に首を振る。緑、緑、緑。
草原だ。だだっぴろい草原が広がっている。
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはにやっとした笑顔を浮かべる彼女が立っていた。
彼女は両の掌を広げ、
「ようこそ」
俺のことを見上げるようにして言った。
「今日からここが、あなたの世界です」
0時更新
いよいよ始まります。
先日、初めて作品を評価していただきました。うさぎのように跳ねて喜んだ結果、着地に失敗し、足を捻って怪我しました。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。これからも、見守っていただけると嬉しいです。