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青に、青に、女の子


 翌日、金曜日。

 人類に聞いた好きな曜日ランキング100年連続1位(俺調べ)。多くの人がハッピーになる今日、特に学生にとっては金曜日の放課後、つまり今この瞬間は心躍ること間違いないだろう。


 だのに、俺はというと、絶賛気難しい顔をしている。

 理由は明白だ、ずっと誰かに見られている、この感覚が俺を支配しているからだ。


 1日だけならば、気のせいで済ませることができただろうが、3日も続けば話は別だ。とてもではないが勘違いで処理しようなどとは思えなかった。


 だが、問題がある。感覚、そう、あくまでも感覚だけなのだ。それらしい人影を一切見ていない。音も聞こえなくなった。対処の仕様がないのだ。誰かに相談しようにも「そんな気がする」の一点張りになってしまう。また、警察に相談しようにも、具体的な証拠がない以上、動いてくれる確率はゼロと見ていいだろう。


 ただただ、見られている感覚につきまとわれるというのは大層気持ちが悪いもので、この3日間、俺は眉間にしわを寄せることが多かった。笑顔になる時間も少なかった。

 幼い子どもが見たら、それはそれは怖い顔をしていたに違いない。


「はぁ……」


 脳内で、「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」なんてありきたりにもほどがあるセリフを吐いた神谷の姿が思い出される。


 いつもなら戯言たわごと戯言ざれごとで返す所なのだが、今日の俺はそんな気分にはなれなかった。


「……」


 今こうしている間にも、常に視線を感じている。

 今日は特にひどい。登校中、授業中、昼休み、そして下校中の今、一切気が休まらない。


 大通りを右に曲がり、左手にスイミングスクールが見える通りに出る。人通りと車通りが一気に減った。そして、


「……ん?」


 視線の圧も……減った?


 ずっと感じていた圧迫感、じめっとした不快感が一気に薄れた。

 急にだ。何の前触れもなく。


「……」


 無言で辺りをきょろきょろと見回す。

 こうも突然元に戻ると、逆に不気味な感じがして、俺は困惑に包まれた。


 少し進んで左の細い路地を確認したときだった。


「誰か倒れてる……?」


 人影が、小さな人影が、灰色の塀にもたれかかるようにして倒れているのが、遠目で見えた。

 かすかに肩を上下させる以外、動きらしい動きをしていない。


 大丈夫だろうか。

 遠目でしか確認できないが、おそらく子どもだろう。

 俺は道路を横切って急いで路地に入った。


「はぁ……はぁっ」


 急いで人影に近づく。


「うぅ……」


 人影は、女の子の声で、苦しそうにうめき声をあげた。


「大丈夫?」

「ううぅ……」


 声をかけても、唸るだけで答えは返ってこない。いや、返せないのかもしれない。


「無理に答えなくてもいい。体調が悪いのか?」


 女の子は首を横に振る。意思表示はできるみたいだ。加えて、体調が悪くないことも分かって一安心だ。もしそうだったら、俺の手に余る。


「ママとはぐれたりとか……ではない」


 途中で首を振られた。全然違うらしい。


「じゃあ」

「あの……」


 次の可能性を探ろうとしたとき、初めて女の子が口を開いた。

 なんだ。

 俺は彼女の言葉を聞き逃すまいと、静かに次の言葉を待つ。


「あの……何か食べ物をくれませんか?」

「おなかが空いてるのか?」 


 女の子は首を縦に振った。

 ……低血糖だろうか。


 なぜ倒れているのだとか、親はどこにいるのだとか、疑問は多いが、苦しそうにしている女の子をほっておくことはできない。


 俺はさきほどコンビニで買ったつぶあんぱんをリュックサックから取り出し、袋を開けて彼女に渡した。


「これでよければ、どうぞ」

「……!」


 女の子はそれを受け取ると、おいしそうに食べ始めた。


 ……ふぅ。

 これでとりあえずは落ち着いたかな。


 倒れているのを見つけたときはどうしようかと焦ったが、俺になんとかできる範囲の問題ごとで本当に良かった。


 次々とあんぱんを口に運ぶ彼女のことを見る。

 さっきまでは長い髪に隠れて見えていなかったが、日本人ではないのだろうか、言葉は通じたものの、どちらかというと欧米側の顔立ちに感じる。


 それに……非常に整っている。というか、異常に整っている。


 無駄なものが一切ないというか、何といえばいいのだろうか、この世にはこれ以上美しいものはないのではないかとさえ思ってしまうほどに、整っている。


 見れば見るほど、不思議な感覚に陥っていく。


 見ればみるほど……見れば……見るほど……?


「……髪が」

 

 顔に気を取られていて気づかなかった。

 いつから始まっていたのか、彼女の黒髪が、先端から徐々に青色へと変わっていくのが視界の端に映り込んだ。


 なんだこれは。

 初めての現象に、俺は戸惑っていた。

 目が髪の毛に釘付けになる。


 黙々とあんぱんを食べ続けている彼女の髪が、透き通る青色に変わっていく。既に肩の上までが変色しており、次の瞬間には、全てが塗り替えられた。


「君は……」

「ごちそうさまです!」


 元気そうな声が、辺りに響く。


「さて」


 女の子は立ち上がると、両の手でおしりをぱんぱんと払った。

 そして、腕を組んだ。


「助けてくれてありがとうございます! お礼に、なんでも一つ願いを叶えて差し上げましょう!」


 





 


 

 

0時投稿


おもしろくなってきました。

最後まで読んでくださり、本当に嬉しいです。

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