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夜中のギャップ


「すごいよ! まさか勝つなんて!」

「俺も、まさか勝てるとは思わなかった」


 就寝前の自由時間、俺は隣のフィルの部屋にお邪魔していた。


「あんな立ち回り初めて見たよ!」

「自己流も自己流だからな」


 訓練後、騎士団は異様な雰囲気に包まれていた。

 そのなかで、俺とナイルは特に注目を受けていたため、居心地が悪いことありゃしなかった。


 結局自由時間になって、ようやく落ち着いて話すことのできる空間ができた。


「でも、ナイルはかなり油断してた」


 話題は対人演習について。俺がナイルを倒したことについて。

 今思い返しても、俺が勝てたのはいろいろな理由が重なった偶然にすぎないと感じる。


 ナイルが油断しすぎていたことと、俺の成長が早かったこと。周りの空気もそうだ。「ナイルは負けない」、そういった空気が、彼に慢心を与えていた可能性はゼロじゃないだろう。


「あいつが本気を出したら、絶対に勝てないよ」


 俺は本当に全力を出して勝利したが、ナイルは絶対に違う。気持ちが入り切っていなかった。分からないまま勢いに押されていた。それが彼の弱点であるとは思っていたが、想像以上に効果的だった。


「それはそうかもだけど、感動したよ!」


 フィルはテンション高く、俺の戦いについて感想を述べてくれている。


「僕にも教えてよ!」

「え? 何を?」

「戦い方!」

「いや、フィルには自分のスタイルがあるだろ。なんなら俺もお前の戦い方を参考にしたし」


 ひたすら躱して、相手の一瞬の隙をつく、蜂を想起させるようなスタイル。一つの戦略として完成されていて、フィルはこれをモノにしているように見える。俺が教えることなんて何があるのだろうか。


「確かに僕は自分の戦闘スタイルを持ってるけど……それが確立して、少し通用するようになってきたのは最近のことなんだ。それでも、勝率はよくない。なんでだと思う?」

「……攻めか?」


 フィルの動きを思い出す。確かに俺はフィルの戦法のほとんどを参考にしていたが、唯一していないのが「攻撃」であった。


「そうなんだよ!」


 フィルは俺に顔を近づける。……男のくせにいいにおいがする。


「逃げに関してはちょっと自信がついてきたけど、それだけ。隙を見つけても、相手に一発を入れるアイデアがないんだ」


 ……攻めのアイデアか。昨日までの俺にはアイデアがあっても、再現する「体」がなかった。そして、それは俺だけに起こっている現象ではないと思っていた。だが、自分の体が動くようになって分かった。間違いなく、団員のみんなの体は仕上がっている。


 つまり、今まで一辺倒に攻撃しているように見えた人たちは、「アイデアがあってもできない」のではなくて「できるけどアイデアがない」だったのだ。


 フィルから話を聞いて確信した。俺のアイデアは、武器になりえる。それは、確立されている剣の型や戦闘スタイルが俺に根付いていないことが大きい。怪我の功名といえる。


「アイデアか……分かった」

「ほんと!?」

「ただ、戦闘のアイデアは対戦相手の情報があったほうが思いつきやすい。明日の組み合わせが発表されてからでいいか?」

「もちろん!」


 幸運なことに、他者の技術を盗もうと、度重なる対人演習を誰よりも釘付けで見ていたので、誰がどのような剣のスタイルなのかはおおよそ覚えている。


 体が動くようになって、できることのイメージも広がっている。加えて、俺よりもフィルの方が身体能力は確実に上なので、俺にできないようなアイデアも彼ならこなせるだろう。


 今後俺が強くなったとき、俺のアイデアがどこまで通用し、どのように使うことができるかの想定としても、フィルに実践してもらえるのであれば、俺としてもありがたい。


「あ、俺からも一つ頼んでいいか?」

「なに?」

「攻撃の受け流し方を教えてほしい」


 フィルは、相手の攻撃を避けることを得意としている。躱すだけでなく、受け流すこともできるのだ。ナイルとまではいかないが、それと似ている剣捌き。隙を作って、刺す動き。


「剣の使い方ぐらいしか教えられないけど、それでいいの?」

「それがいいんだ。頼む」

「分かった」

「助かるよ」


 戦闘の幅を広げるためにも、剣でのいなしかたは覚えておきたい。


「そろそろ消灯だし、部屋に戻るよ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 明日から、さらに有益な時間を過ごせそうだと、明るい気持ちで部屋に戻ろうとしたところ、


「……」


 部屋の前に、白を基調とした、普段着っぽい格好をしたノエルが立っていた。いつものツンツンとした態度と、可愛らしい服とのギャップで、若干萌えた。そういう感情が抱けるのは心に余裕がある証拠なので、やはり今日の勝利は相当心に響いている。いい傾向だ。


「こんな時間にどうしたんですか?」


 夜中にノエルが訪ねてきたことは、一度もない。どういった要件なのだろうか。


「今日の訓練、どういうこと」


 あまりにアバウトな問いかけ。


「どういうこと、とは?」

「いろいろあるけど、何より対人演習。ナイルに勝った」

「あれは、まぐれですよ。向こうも油断してましたし」

「それでも、昨日まで全く動けていなかったあなたが、ナイルに一発入れるほどの強さを急に手に入れたのは異常だわ」


 ……どう答えようか迷うな。

 このまま、まぐれだと言い続けてこの場を納めることも可能かもしれないが……。


 彼女は武装した状態ではなく、ゆるい服装で俺に会いに来た。それは、彼女の俺に対する警戒が、少しながら解けていることを表している。信用しはじめてくれているのだ。


 ならば、ここは正直に話しておこう。


「……魔力を使ったんです」

「魔力……」


 ドアに寄りかかるようにして立っていたノエルが、若干の警戒を見せる。目線をこちらに送る。


「全身の魔力を活性化させて、それを維持し続けるようにしたんです。今までも何回か試してたんですけど、ちゃんとできたのは今日が初めてでした」

「ちょっと待って……今までやってなかったの? 訓練の間は、ブレスレット着けてないわよね?」


 彼女の反応を見るに、やはり魔力活性の維持は騎士団において常識的なテクニックだったのだろう。


「はい」

「あなたが森で魔法を使ったあのときも?」

「もちろんです」

「……そう」


 彼女は少し考え込むような仕草を見せる。


「分かったわ」


 そう言うと、ドアから離れた。


「もういいんですか?」

「うん。聞きたかったことはそれだけ」


 そう言うと、彼女は俺とすれ違うようにして戻っていった。


「あの!」


 それを呼び止める。


 不思議そうな顔をして、彼女が振り返る。


「おやすみなさい」

「……おやすみ」


 少しの沈黙。


「……それだけ?」

「それだけです」

「そう」


 そして、ノエルはそのまま廊下を曲がり、姿を消した。


 彼女は、あっけらかんとした表情で「それだけ」と言ったが、俺にとっては「それだけ」じゃない。さんざん敵対視してきた、挨拶すら返してくれなかった彼女が、当たり前に返事をしてくれた。


 小さなことだが、それがとても嬉しかった。


 



最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。


横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。

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