期待値ゼロ
「おつかれ、惜しかったな」
「うまくいなしてたけど、最後の最後に当てられちゃった」
パワーで押し切るグローレスと、躱して一発を狙うフィルの戦いは、フィルの動きの癖を読んだグローレスの一撃で幕を閉じた。
ただ、フィルの、自らの身軽さと動体視力を最大限に活かした戦い方は俺が参考にすべきものだ。過去の対人演習ではその意識があっても慣れない剣と疲労で、体が思考に追いついていなかった。だからこそ、魔力活性を身に付けた今日の演習が楽しみで仕方ない。
「次」
その後も、訓練官の指示に従い、次々と演習がなされていく。
そしてついに、俺の番がやってきた。
「最後、ナギ、ナイル」
「はい!」
「はい」
呼ばれた順に声を上げる。
お互いに、縦七メートル、幅五メートルはある石造りの演習場へと上がる。
対人演習における勝ち負けは、場外に落下、もしくは相手に一撃をいれることで決着がつく。木剣には【威力消失】の魔法がかけられており、後者の決着における怪我の心配はない。故に、本気で剣を振ることができる。
「よろしくお願いします」
「……」
向かい合って挨拶をするも、ナイルは返答しない。
こいつ、ほかの奴には挨拶してただろうが。
ちらりと観客を見る。
フィルとノエルが俺のことを見ている。だが、それ以外の全員がナイルに視線を向けている。訓練兵最強の男の動きを研究しようと、彼を見ている。この勝負の行方なんて、初めから気になってもいないのだろう。
「……ふぅぅぅ」
息を吐いて、心を整える。
目の前の男は、演習無敗。洗練された動きで技を受け流し、相手のバランスが崩れたところをとがめる、完璧な受身の構え。彼の動きを見たものは「綺麗」という感想を抱かずにはいられない。
基礎で彼に勝つのは不可能。
「それでは」
お互い、木剣を体の前に構える。
「はじめ!」
「ッ!!」
合図と同時に、右足を踏み込んで加速。
「!」
ナイルは面食らったような顔を見せる。
――ガンッ!!!
木剣と木剣がぶつかる鈍い音が鳴る。ナイルの体が若干よろける……が、体を捻り、威力を受け流すようにして、俺と彼の立ち位置が変わる。
「るぁッ!」
間髪入れず、左足をついて反転する。その勢いを乗せたまま、もう一度斬りにかかる。もう見たといわんばかりに、ナイルはその攻撃を、剣を水平にして受け流す。
またしても位置が変わり、開始の光景に逆戻りする。
やはりそうだ。
以前から思っていたが、ナイルの最大の強みは「対応力」だ。一度相手の動きを見れば、二度目は自分のセオリーに従って攻撃をいなす。故に、定石は通用しない。
ナイルと戦うにおいて「自分のパターン」を作ってはいけない。常に初めて見せる動きをし続ける「荒らす」立ち回りが、彼に対する正解だ。
「はぁっ!!!」
再度右足を踏み込み、加速する。
「……」
ナイルが剣を水平にして構える。
斬りかかるその直前に、左足でブレーキをかける。先ほどよりも間合いが遠いところから、剣を脇腹の位置に叩きこもうと、地面と水平にして振る。テンポを崩す一撃。
「ッ!」
――ガゴッ!
慌てて剣を縦に持ち直したナイルが、真横からの攻撃を弾く。弾いた。受け流さなかった。反動で俺の体が後ろによろける、体に時計回りの遠心力がかかる。その隙を、ナイルは見逃さない。
彼は、崩れた体に一撃を入れようと、最速で右足を踏み込む。首元に迫る剣を、左足を地から離しあえて完全に倒れることでなんとか躱す。
「くッ!」
受身を取り、すぐさま立ち上がる。連撃はこない。ナイルは、ひたすら俺の動きを見ている。
「……なんか」
「あいつ……」
団員たちがざわざわしはじめる。
そちらに目を向けている余裕はないが、雰囲気と耳に入ってくる言葉で分かる。
「あいつ、こんなに動けてたか?」
よかった。
第三者から見ても、今の俺は、昨日までとは違ってうまく動けているらしい。
ナイルと睨み合うようにして、沈黙の時間が流れる。彼は、何か納得がいっていないような、苦々しい表情を浮かべている。そうだろう。彼からすれば、たった一撃で終わらせて、実力の差を見せつけて、俺の心を折るにうってつけの場面だったはずだ。
だが、現実はどうだ。剣の型がなっていない俺だからこそのセオリーから外れた動きに、一発目で対応することができていない。
「……攻めてこないのか?」
俺はナイルに挑発ともとれる言葉を投げかける。眉毛がピクリと動く。
だが、彼は無言で、受身の構えを崩さない。自分のスタイルを貫くつもりなのだろう。
正直に言って、体力、肉体的に見て、時間が経てばたつほど俺の勝機は無くなっていく。立ち回りの手札も多くはない。だから、
この一発で、決める!
「ッ!!!!」
より一層強く右足を踏み込む。一回目と二回目、果たしてどちらの攻撃が来るのか、はたまた別のパターンか。ナイルの頭には様々な選択肢があるだろう。
それに対応するかの如く、彼は木剣を斜めに構えている。
俺は、完全にこのまま斬りかかるような速度でナイルに接近し、
――ザザザッ
左足で急ブレーキをかけた。
ただ、前回よりもやや遠めの位置で。
「……」
ナイルが、二度目は完璧に対処するとでもいいたげな冷静さで木剣を縦に構える。
「フッ!」
腰を落として、力を込めた一撃を横から叩き込む。
重要なのは、彼が「受け流せない」もしくは「受け流すことが最適解ではない」位置から攻撃することである。
――ガンッ!!!!
そうすれば、彼は剣を「弾く」。
威力が強かった分、前回よりもさらに大きい遠心力が体にかかる。体が後ろによろける。
それを見たナイルが、深く踏み込んでくる。
先ほどの俺は、左足を地から離し後ろに飛び、倒れることで窮地を脱した。それを見越しての踏み込みだろう。加えて、横ではなく、相手が倒れても斬ることができる縦振りを選択している。
俺が二度目に見せた攻撃に対する、完璧な対応。
二度目に対しての、だ。
俺は着いていた左足を離さず、逆に強く踏み込む。足首を遠心力と同じ向きにザザザと回す。
遠心力を失わせない。その威力を保ったまま、体を捻る。
「シッッッ!!!!」
遠心力で場外に振り出されそうになるところを、右足を強く踏み込むことで耐える。体にかかる遠心力がぐんと小さくなる。そしてその瞬間、
――ビュン
後方で、木剣が風を切るような音が鳴る。
「は」
唖然と、つい漏れたようなナイルの声が耳に入る。
体の遠心力は少ない、だが、手にかかる遠心力は、その威力を保ち続けている。左手を剣から離し、両足を固定し、腰を最大限落とす。右斜め前に、剣を振り下ろした状態のナイルの姿が見える。
体全体を捻り、ナイルの腰の高さから、斜め上に木剣を振り上げる。
「きた」
――ゴンッ
鈍い音ののち、静寂が訪れる。
俺の振った木剣は、ナイルの脇下を、確実に斬っていた。
「……そ、そこまで!」
たった今、何が起きたかを理解したのか、訓練官が終了の合図を告げる。
「勝者、ナギ!」
「……うそだろ」
「まじかよ」
「ナイルが負けた?」
団員は湧き立ったり、俺に向かって賛辞を送ったりはしない。というか、送れないのか。それほどまでに、ナイルがナギに負けたという事実は、彼らにとってありえないことなのだ。
「ありがとうございました」
態勢を戻し、しっかりと向かい合って挨拶をする。その間、ナイルは一連の流れこそはこなしたものの、心ここにあらずといった感じだった。
そのまま弱々しい足取りで観戦していた団員たちに紛れるようにして戻っていく。誰も、ナイルに声をかける者はいなかった。
かくして異様な雰囲気に包まれたまま、この日の訓練は終わりを迎えた。
戦闘シーン書くの楽しい!
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。
横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。




