騎士団寮話
訓練している横を通り過ぎるように歩く。
正面には、見た限り三階建ての、ギルドと同じぐらいの大きさをしている銀色の建物が見える。
ノエルはその建物に近づいていき、そのまま中に入っていった。
「ここはイリーク騎士団の宿舎よ。簡単に案内するわ」
彼女は、一階、二階、三階と順に紹介して回った。
一階には浴場、治療部屋、受付など、全体として必要な施設が揃っており、二、三階は主に個人に割り当てられた部屋が寮のように並んでいた(一階にも部屋は多くある)。
「あなたの部屋はここ」
一階を歩き、突き当りの壁に面した部屋の前で、彼女はそう言った。ここにくるまで何十といった部屋を見た。旅館、ホテルとまではいかないが、施設はそれに準ずる大きさだ。小国であっても国の都市、思っていたよりもいろいろなものの規模が大きい。
「入って」
彼女に促され、部屋の中に入る。
「綺麗ね場所ですね」
部屋は思ったよりも広く、整っており、普通に暮らす分には文句もない素晴らしい環境だった。ただ、気になることがある。
「部屋が光ってる……」
薄くではあるが、部屋全体が暖色めいて光っている。塗装というわけではないだろう。
「手錠を外すわ」
部屋の外で待機する彼女に向き直り、鍵を使って外してもらう。
久々に自由になった両手を思いっきし振り回す。自由って素敵。
「この部屋には、【魔法無効】が掛けられているわ」
「この光ってるのがそうですか?」
「そうよ」
試しに壁に触ってみる。感覚は変わらない。柵同様、熱いだとか何かしらの反応はあると思ったが、そういったものは無かった。
「ティーネ、あなたの牢屋に三人で行ったとき、団長の後ろに隠れていた子がいたでしょう? あの子は魔法の天才で、この部屋に最高クラスの【魔法無効】をかけてもらったの」
「なるほど」
ティーネ、杖を持っていた小柄な少女。これであの場にいた三人の名前が分かった。
とはいえ、【無効魔法】か……。
試してみるか。
流れている魔力を、右の手のひらに集中する。隣に部屋がない、突き当りの方向に向かって手を伸ばす。
「……」
魔力の操作が一切できない。
微量な魔力でさえも、動かすことができない。ただ、自分の体を流れるだけで、意図したように使うことができない。マジか。
「すごいですね!」
これには少しテンションが上がってしまい、素直な感想が口を洩れた。
そんなふうにワクワクしている俺に対し、彼女はというと。
「……っ!」
部屋の外で、腰を落としてナイフを構えていた。顔には冷や汗が流れており、とても警戒しているのが見て取れる。
「……そんなに警戒しなくてもよくないですか?」
「……確かに、彼女は大丈夫だと言っていてけど、それとこれとは話が別」
まぁ、それもそうか。
彼女の俺に対する警戒心は、まだまだ溶けそうにない。しばらくは魔法の使用を示唆するような行動は控えたほうがよさそうだ。
「すみません。でも本当に、悪気はないんです。それと、騎士団に入るって、具体的には何をすればいいんでしょうか?」
「……騎士団に入団させた以上、あなたには、明日から私の監視下の元、他の団員とともに訓練に参加してもらう」
彼女は構えを若干崩したが、ナイフは持ったまま、そう答えた。
「というか、基本的には他の団員と同じように行動してもらうわ」
「……自分でいうのもなんですが、それって大丈夫なんですか?」
俺は要注意人物として扱われるはずだ、そんな自由にさせていいのだろうか。
「団長が決めたことだから」
彼女のその言葉からは、団長に対する確かな信頼が感じ取れた。団長、おそらくファシオのことだろう。彼と一対一で話したときに感じたのだが、彼は相手がどういう人か、それを見抜こうとしている節があった。そしてそれは、レフさんにも共通して言えることだ。きっと、人を見る目に自信があるのだろう。
だとすれば、その力は本物だ。なぜなら俺は本当に危険でも何でもないのだから。
「これ」
彼女はポケットから折りたたまれた紙を取り出すと、腕を最大限伸ばして俺に渡してきた。どうしても同じ部屋に入りたくないらしい。
中には訓練生用と題された、騎士団の一日のスケジュールが書かれていた。
「あなたには明日からこの時間に沿って行動してもらう。時間になったら迎えに来るから、それ以外の時間では部屋から出ないように、と言っても、出れないでしょうけど」
「?」
ドアに細工でもされているのかと思い、気づいた。内側にドアノブがない。部屋には小さな窓しかなく、他から抜け出すこともできそうにない。自力で部屋から出ることはできなさそうだ。
「それと、訓練時以外で外に出るときは必ず手錠をしてもらうわ」
いろいろと不便だろうが、手錠をかけるだけなら我慢するしかないだろう。逆に、あの手錠は光っていないが、大丈夫なのだろうか。
「手錠は素材そのものに【魔法無効】のものが使われているから、変な気は起こさないことね」
「分かりました」
そういうことか。
っていうか、彼女たちは俺の魔法を最大限に警戒はしているが、肉体に関することは何一つ警戒していないように見える。事実として肉弾戦をしたらカスだろうが、調査や観察でそういうことは分かるのだろうか。
「ノエルさんの部屋はどこにあるんですか?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
「いや、何かあったときに場所は知っておいた方がいいかなって」
「その"何か"が一番おきそうなのは、あなたに関することなんだけどね」
「……」
ド正論パンチ! 何も言い返せねぇ。
「……確かに。あ、一つお願いしてもいいですか?」
「なに?」
「明日から訓練に参加するなら、それがどのようなものか見ておきたいんです」
何も知らずに訓練に挑んでは、自分が大変な目に合うどころか、他にも多大な迷惑をかけてしまうだろう。この世界にきてからずっと思っているのだが、知識がないというのは他に大きな引けを取る。少しでもいいから現場の空気を感じておきたい。
「はじめからそのつもり」
そう言うと、彼女は腕を突き出すような仕草を見せた。手錠を嵌めるということなのだろう。
鍵のかかる音とともに、手首に重みが増す。部屋を出る。
歩いてきた道を戻るようにして、足を進める。
「これから、よろしくお願いします」
彼女には、これからいろいろお世話になるし、迷惑もかけてしまうだろう。すこしでも友好な関係を築いておきたいと、そう思う。
「……」
無言。
……道のりは、長そうだ。
横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。




