急転直下騎士団
「……んぁ?」
視界がぼやけている。
頰に冷たい床の感触が広がる。重い体を持ち上げ、胡坐の耐性になる。
「……違う場所か」
似ているようで、少し違う。壁や床、銀色の柵は見覚えのあるものばかりだったが、ベッドや、トイレらしきものがある。一時的な収容というよりかは、本当に罪人が入るような、最低限の生命が保証された牢屋といった感じがする。
寝ている間に、ここに運ばれてきたのだろう。意識を失う前のことは覚えている。小柄な少女の目が光っていて、それを見た瞬間、猛烈な気持ち悪さに襲われた。そして、おそらくだが、俺は鎮静化された。
「毒とか言ってたな」
起きたときの体の感覚が、前回牢屋で目覚めたときのそれと酷似している。もう一度それを使われたとみていいだろう。
「おおおおい」
再放送を疑われても仕方ないが、やることは前回と一緒で、俺はここから声を上げることしかできない。
声を出しながら、牢屋の端に近付き、気づいた。
「光ってる?」
銀の柵が、薄いに虹色の光沢を帯びている。近くに来てようやく認識できるほどの淡い光だ。
試しに触れてみる。
「あっっっっつ!?」
反射的に、右の人差し指を引っ込める。
熱湯を直で触ってしまったときのような熱さだった。シンプルにやけど不可。人差し指は周りの皮膚と比べて赤みを帯びてしまっている。
……どうにもより厳重な場所に移動させられたらしい。
「……萎えた」
なんというか、こう、起きた一発目からしょうもないダメージを食らって、気分が下がった。
柵から離れ、固いベッドの上に腰を落とす。
「誰かいませんかーーーー」
やることもないので、とりあえず声を上げる。
いくら待てども人は来ない。体感では既に何時間もたっている。
くたびれて静かにしていると、足音が聞こえてきた。
「……! すみませーん!」
ようやく聞こえた足音に呼びかける。その音はだんだんと近づいてきており、その主はすぐに姿を現した。
「マジでもう起きてんのかよ」
「あなたは……」
銀の鎧に身を包む、気前のいい青年といった印象を受ける赤髪の男。間違いない、俺の牢屋を確認しに来た三人のうちの一人、そのまとめ役と思われる男だ。
「まだ三日しか経ってねぇんだぞ。バケモンかよ」
男は困ったような顔を見せる。
っていうか、バケモン呼ばわりとは失礼な。
「おい」
「はい」
「ここから出たいか?」
「……え?」
何を問われるかと思えば、あまりに想定外な質問だった。
「はい……そりゃもちろん」
回答は、もちろんイエスだ。こんな場所にいて気分がいいわけがない。
「いいだろう……ただ、条件がある」
「条件?」
「お前を騎士団に入れる」
「は?」
え? ……なんかの聞き間違いかな?
「騎士団ですか?」
「ああ」
「え? 騎士団って騎士団ですか?」
「そうだ」
「えええええええええ!?」
騎士団!? 騎士団って何!?
騎士団に入ることに驚いているわけじゃない。いや、それも十分に驚いているのだが、騎士団って何?
「騎士団って、王宮直属の防衛軍団みたいなものですよね?」
「何か引っかかるが、簡単に言えばそういうことだな」
そういえば、冒険者の中には将来騎士団に入団することを目的に活動している人もいたっけか。イリークの人々も、騎士団を憧れ、敬っているような言動をしているときがときたまある。
王宮直属の、町を、国を守るために働き、人々からの信頼も厚い。さぞかし憧れの職業なのだろう。
なぜ、そこに俺が入ることが条件なのか。
「どうして僕が騎士団に入るのが条件なんですか?」
「……まぁ、いろいろ理由があってな。レフって知ってるか?」
「レフさんがどうかしたんですか?」
「その反応、やっぱり知り合いってのは本当みたいだな」
ベント商会の営業担当、優しい雰囲気を醸し出しているが、底知れない商人気質を感じる男。俺はレフさんに妙に気に入られており、先行投資だと言って、軽い防具と小型ナイフを買ってもらったこともある。
彼の口調からして、彼もレフさんと何かしらの関係を持っているのだろうか?
「一昨日あいつに声をかけたんだが、どうにも人を探しているらしくてな。名前と特徴を聞いたら牢屋にいるヤツと完全に一致して驚いたもんだ」
レフさんが俺を探していたのか。その理由も気になるとこだが……それはまた後でいいだろう。
「それで、どうして僕が騎士団に?」
「いや、それがな。お前のことは危険人物としてうちで預かってるって言ったら、レフに詳しいことを根掘り葉堀り聞かれてな」
「……それ、言ってもいい情報なんですか?」
「……口止めはされていない」
絶対、言ったこと後悔してるだろ。
「とにかくだ。レフが、ナギ君は僕の命の恩人で大切な友達なんだ、悪い人じゃないとうるさくってな。直々に開放してくれないかと頼んできたんだ。俺としてもレフの願いはできるだけ聞いてやりたい。だから、最大限の譲歩として、騎士団でお前を預かることにした」
最大限の譲歩にしてはいささかいい話過ぎはしないだろうか。
それにしても……レフさんと関係が結べたのは本当に僥倖だった。俺が思っている以上にあの人は顔が広いらしい。ほんと、マッチポンプでごめん。
「そういうことだったんですね」
「ああ、だが、お前が危険なことに変わりはない。個人的にお前のことを調べさせてもらったんだが、どれだけ調べてもイリークで冒険者を始める以前のお前に関する情報は見つからなかった」
「それは……」
どう説明すればいいのか分からない。説明しても、信じてもらえるかどうか。
「……まぁそれに関してはいい。大事なのは、お前が俺らに対して敵対心があるかどうかだ」
今聞くべきことは違うと、もしくは待っても答えが得られないと思ったのか、男は話題を移した。
「ないです。本当にありません」
「本当にか?」
「はい。嘘偽りなく」
彼の黄金色の瞳が俺を貫くように見る。目が合う。逸らしてはならないと、そう感じた。ここで逸らしてしまえば、最低限の信用すら失ってしまうと、そう感じた。
「……分かった。とりあえずは、お前の言葉を信じよう」
「ありがとうございます……!」
よく分からないが、男は何かに納得してくれたようだ。
「騎士団での話だが、お前には、俺が指揮する【第二部隊】に訓練兵として入ってもらう。それと、お前の傍には監視役として、部下を常に一人配置する。詳しいことはそいつに聞け」
第二部隊、訓練兵。どれも初めて聞く役職だ。
「分かりました。ありがとうございます」
牢屋にぶち込まれたときはどうなるかと思ったが、どうにかなりそうで本当に良かった。
「今から二四時間後、明日の朝九時に迎えがくる。そいつについて行け。大変だろうとは思うが、まぁ頑張れ」
……どうにかなったのか?
苦しい生活って、急に不安になってきたんだが。
てか、そうだ、
「あの、名前を!」
ヒーローを呼び止めるヒロインみたいになってしまったが、俺は男から名前を聞いていないことを思い出した。
「ああ、まだ言ってなかったっけか」
牢屋から立ち去ろうとする男は足を止め、名乗った。
「俺の名前はファシオ・カールだ。好きに呼んでくれていい」
それだけ言うと、ファシオはそのまま牢屋から遠ざかっていった。
「……大丈夫かな」
静かになった牢屋で冷静に考える。なんだか、とても不安になってきた。
監視という目的、レフさんによる仲介があったにしろ、よくもまぁ騎士団に入れることになったもんだ。
だが、入った以上、騎士団としての役割が求められるのだろう。ファシオが言っていた「大変」の意味は、そこが大きく関係していることは間違いない。
「魔法……」
これはあくまで推測だが、俺が暴走したあのとき、三人は俺の魔力を直に見たハズだ。となれば、その異常性に全員が気づいたとみていいだろう。
自分でいうのもなんだが、きっと、俺の魔力、魔法は大きな武器になる。その能力を見込まれた上での入団という面もあるのではないだろうか。本当に、万が一の可能性なのだろうが。
――ぐぅう
「腹減った~。風呂入りてぇ~」
ここ数日、風呂に入ってないし飯も食ってない。どうして生きているのか分かったもんじゃないが、魔力が生命に直結しているということは、飢餓状態も魔力である程度カバーできると考えるべきだろう。つくづく、すごい能力を与えられたもんだ。
だが、食欲はある。
何か食べたいと思っていたら、足音が近づいてきた。
牢屋の前に防具と剣を携えた中年の男が現れた。
彼は、食器に乗った二きれのパン(食パンみたい)を柵の下にある隙間からこちらに差し入れた。何の隙間かと思っていたが、なるほどそう使うのか。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を口にする。男は気味の悪いものを見るかのような表情で俺を見ると、そのまま一言も発さずに帰っていった。
なんでそんな顔で見るんだよ。感謝しただけじゃないか。
少しもやっとしながらも、ひえっひえなパンを口元にもっていく。
「かてぇ」
かてぇが、食べれるだけでもありがたい。
「あ」
思いついた。
そう、目の前に広がる柵は、非常に熱いのだ。
試しに、食べかけのパンを柵に押し付けてみた。そのまま三〇秒ほどたって、パンの様子を確認する。
「いい感じじゃん!」
ちょっと焦げ目のついた、いかにもおいしそうなパンが、そこにはあった。口に入れる。心なしか、甘みを感じる。
「俺、天才かも」
その後も俺は、次々とパンを柵に当てていった。
よくよく考えれば、何の菌が潜んでいるかも分からない柵に食べ物を押し付けるという、狂気極まりない行為なのだが、俺は、食欲と己の発想の余韻に抗うことができず、結局完食するまでそれをやり続けた。
その夜、ちょっとお腹が痛くなったのも、多分これのせい。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。
横書きにより、算用数字と漢数字における正しい使い方をしていない場面があります。




