投獄 in 牢獄
「……んぁ?」
口から間抜けな声が漏れる。
どうやら眠ってしまっていたみたいだ。
体中がだるく、痛い。
目をこすり、覚醒する。すぐに辺りを確認する。
「……どこだここ」
眠って起きたのなら、そこは宿であるべきなのだが、どうやら俺は全然違う場所にいるらしい。地面は冷たく固い石でできており、壁も同様であった。灯かりは通路から洩れてくるものだけで、部屋にはない。
というか、これは部屋なのか。通路とは銀色の柵で隔たれており、これではまるで、
「牢屋?」
入ったことはないが、話に聞くそれとしか思えないような場所だ。
どうしてそんな場所にいるのか。
眠る前のことを思い出す。そうだ、俺は白髪紅瞳の少女に魔法を見られて、警戒されて、それで……足に何か刺さっていて、気を失ったんだ。
「……やらかした」
おそらく、俺は彼女に捕らえられ、要注意人物としてここにぶち込まれたのだ。最悪である。
もう一度部屋を見回すが、ここは本当に何もない。ただ石に囲まれているだけで、ベッドも、トイレもない。ここが正式な牢屋なのか、一時的に収容しておくだけの場所なのかは分からないが、どちらでも思うことは同じである。
早く出たい。
「誰かいませんかー!?」
通路に近づいて、声を張り上げる。
ここから見る限りでは、通路に人は確認できない。そもそも通路がかなり狭い。大人が二人ぎりぎり並べるぐらいだろうか。
光源も見当たらず、左奥から淡い光が漏れてくるばかりである。
「おおおおおおおおい」
二度目の呼びかけ。
こちらも反応はない。人はおろか、生物の生の字もない。
「……」
諦めて、銀色の柵から離れ、部屋後方の壁に寄りかかる。
そうしてしばらく経った頃。
――タン、タン、タン
「!」
一人じゃない、何人かいる。誰かが徐々に近づいてくる足音が通路に響いた。
「おおおおい!!!」
軋む体から、精いっぱいの声を絞り出す。
「ぁなんかさ……ますよぉ」
なんだ?
誰かが大きな声で話している。
「ちょっとは静か……きないのか!?」
「無理ですぅ……怖いですぅぅ……」
「あの、大丈夫ですか?」
声はもうすぐそこまで迫っていた。
話し声からして、女が二人、男が一人。おそらく三人だろう。
「すみませーん!」
「いやぁぁぁあああ! しゃべってるうぅ……!!」
「人が喋るのは当たり前だろ!」
「あの、本当に大丈夫ですか?」
さっきのまでの静けさが嘘のように騒々しくなったな。
「あの」
「またしゃべったああぁ……!!! 無理ですぅ……私帰りますぅ……!」
「おい、帰ろうとするな! お前の数少ない仕事だろうが! 図書館を追い出されてもいいのか!?」
「うう、ううぅぅ……」
やけに俺を怖がってる女の子がいるな。
「ほら、行くぞ」
男が先導し、影がだんだん近づいてくる。
柵から少し離れ、床に座る。なるべく敵対の意思がないことを表しておきたい。
数秒後、彼ら三人が牢屋の前に姿を現した。
先頭、ランタンを持つ青男。長身で、鎧を身に纏っている。赤い髪が特徴的で、背中に、おそらく剣を携えている。
続いて、彼の背中にくっつくようにして現れたのが、先ほどまで騒いでいたであろう少女。背が低く小柄で、長い髪の色は黒か紺。背丈より少し短い、杖のようなものを持っている。服装は、いたって標準的。
そして最後、白い髪に赤い瞳の、白を基調とした軽装に身を包む少女。
「あ」
俺を捕まえた奴だ。
三人は牢屋の前に並んで立った。まぁ、一人は男の裏に隠れているのだが。
「さて、話をしよう」
男が俺を見る。若い。レフさんと同い年ぐらいだろうか、好青年という印象を受ける。
「お前が、南の森で強力な魔法を使ったというのは事実か?」
「……はい」
「どうしてそんなことを?」
男は、キリッとした顔で、問いただすように話しかけてくる。
「魔獣を倒すために……」
俺はその問いに、嘘を吐かず真摯に答える。
「それだけのために上級相当の魔法を? 信じられないな」
「本当です! 信じてください」
「いーや、信じられないな」
パッションで押し通そうとしたが、全然ダメみたいだ。
「それにお前、フラサワの毒を受けてもしばらく立っていたそうじゃないか」
「フラサワ……?」
「知らないのか? 常人なら1秒で昏睡状態に陥り、加えて、その後最低でも10日は目を覚まさなくなる猛毒を持つ花のことだ」
あの女、そんなとんでもないものを俺に打ち込んでやがったのか。それも躊躇なく。恐ろしい。
「なぁ、お前が昏睡状態に陥ってから何日が経過したと思う?」
「……15日ぐらい?」
「たったの1日だ」
俺、バケモンじゃねぇか。
「それは、その、なんというか、すごいですね」
「すごすぎるんだよ。そんな毒耐性持ってる人間が一般人なわけねぇだろ」
「いや、一般人なんですって」
まぁ別の世界から来ている時点で一般人ではないので、否定しきれないが、それと魔力量が異常という点を除けば、どこにでもいるに17歳であることに変わりはない。
ていうか、毒に対する耐性も持ってたのか、これも魔力に関連するメカニズムがあるのだろうが、マジでやべぇな、俺。
「とにかくだ。まだ1日しか経ってねぇのに牢屋から声がするっていう報告があってな。まさかと思ってきてみたら、普通に起きてるお前がいたんだよ」
「……」
どうしよう。警戒心マックスっぽいな。こうなったら。
「すみません」
俺は、さっきから一言も発していない白髪の少女に向かって話しかけた。
「なに?」
「僕ってそんなに危険人物に見えます?」
「見えるわね」
「……状況が状況だっただけに言い逃れはできないんですけど、僕は一度だって敵対する素振りは見せて無いハズです」
少女は邂逅を思い出しているのか、少し考え込む仕草を見せた。
「……確かにそうね」
「ですよね!?」
「でも、たとえあなたが私個人に対して敵対感情を持っていなくても、要注意人物であることに変わりはないわ」
「ぐ……」
正義のド正論パンチが飛んできた。こいつも切り崩すのは無理そうだ。ならば、
「あの、」
「ヒッ……」
男の後ろから顔を出すようにしてこちらを見ていた少女に対して声をかけるも、一瞬で目を逸らされてしまった。ちょっと傷ついたぞ。っていうか、さっきまでの騒々しさはどうした。
「……どうすればここから出してもらえますかね?」
「少なくとも、今は無理だな」
話を聞く限り、俺の想像以上に俺は警戒されてしまっているらしい。
……なぜだ? 普通、やたら強い魔法を撃ったからといって、ここまで警戒されるものなのか?
魔法の天才現る! みたいな感じで話題になってもおかしくはないと思うんだが……と、そんなことを思っていた。そのときだった。
――ぶわっ
「……?」
全身に鳥肌が立った。
急に、体の中を隅々まで見られたような、何かが体の中を蠢くような、不思議で、吐き気を催す感覚に襲われた。細胞が、いや、魔力が怖気だっているのを感じる。
そしてその感覚が訪れたのと同時に、男の後ろ、正確には小柄な少女から魔力の衝撃? 波動のようなものを感じ取った。
少女を見る。少女の瞳は紫色に輝いていた。そして、彼女は俺を見ていた。
何かされている。何かしなきゃマズイ。
きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい。
俺はとっさに、自分の身を守ろうと意識した。だから、出てしまった。
――ブワッ!!!!!!
「きゃあ!」
少女が悲鳴を上げる。
「ノエル!」
男が誰かの名前を呼ぶ。
「はい!」
それに応えるように、凛々しい少女の声が響く。
きもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるいきもちわるい。
内臓をたわしでぐしゃぐしゃにされているみたいだ。魔力が沸騰して、体の中を暴れまわっている。苦しみの中、小柄な少女を見る。彼女は、今にも泣きそうな顔で、俺を見ている。その瞳から、紫の輝きは失われている。
「ぅ……うぁ」
徐々に、体から不快感が抜けていく。ゆっくりと、ゆっくりと、意識を落ち着かせる。経験したことがないような、おぞましい感覚だった。SAN値が減るって、こういうことを言うのだろうか。
「はぁ……はぁ……」
乱れていた呼吸を整える。
三人を改めて見る。白髪の少女、赤髪の男、小柄な少女。全員が、汗を流して、緊張した面持ちで俺のことを見ている。
「はぁ……ぁ」
呼吸を落ち着かせようとしていると、ただでさえ重い体に、さらなる重みが加わった。それと同時に、急激な眠気が押し寄せてくる。また、毒か……。
直後、俺の意識は暗闇に包まれた。
★ ★ ★
「……眠ったか?」
「はい……多分」
「……」
重い緊張感に包まれた中、男は目の前の少年が動かなくなったのを見て、ほっと一息ついた。
凄まじい魔力放出だった。全身が怖気だった。あと少しで剣を抜くところだった。
「何があった?」
男は、自らの傍でガタガタ震えている小柄な少女に問う。
「鑑定を……しようとしたんですけど……」
「どうだったんだ?」
「……拒否されました」
「拒否……?」
男と白髪の少女は、それを聞いて心底驚いたような顔をした。それもそうだ。鑑定を「拒否」した、それはつまり、小柄な少女、ティーネの【創造魔法】がその効果を発揮しなかったことにほかならない。
【創造魔法・鑑定、またの名を鑑定】
世界で唯一、ティーネにのみが使うことの出来る、闇属性魔法。
相手の魔力量だけでなく、「年齢」「体重」「性別」はたまた「パワー」「スピード」など、一般的に数値化できないものでも、自らが望んだ相手の情報を文字化して確認することができる魔法。
「こんなこと……はじめてです」
今回、彼女は少年の「年齢」「出身」「属性」「魔力量」についての鑑定を行おうとした。異変は鑑定を発動させたその瞬間に起こった。全ての情報にモヤがかかったように見えなくなったのだ。
加えて、あの魔力反応。あれは間違いなく本能的な防御反応からくるものだ。魔力が、体を守ろうとしていた。ティーネの【鑑定】は、少なからず相手に不快感を与えてしまう。だが、それにしてもあの拒否反応は異常だ。
「私より魔力量が大きいから拒否されたのか……いや、でも……ごめんなさい」
「いや、謝らなくていい。お前はよくやった」
赤髪の男、ファシオは、縮こまってしまったティーネに労いの言葉をかけた。
「ノエル」
「……はい」
「お前は、こいつがスパイだと思うか?」
「……分かりません」
ノエルと呼ばれた白髪の少女は、そう答えた。
「ただ、その可能性は低いと思います」
「どうしてだ?」
「不用意に大きな魔法を使ったこともそうですが、彼がファシオさんと会話していたとき、嘘をついているようには思えなかった」
「俺も同感だ」
ファシオは、ノエルの見解を首を縦に振って肯定する。
「人を見る目には自信があるが、俺も、こいつは嘘を吐いていなかったと思う」
「でも、危険なことには変わりありません」
「間違いねぇ。看守に報告して、もっと頑丈な牢屋に移してもらうとするか」
ファシオの意見に他の二人も肯定した。万が一脱走でもされたらたまったもんじゃない。それと、彼の素性があまりにも分からないのが非常に不安だ。
「こいつのことは俺に任せろ。詳しく調べてみる。ノエルは引き続き南の調査を頼む」
「はい!」
「ティーネもありがとな。図書館でゆっくり休んでくれ」
「うん……」
ファシオが場をまとめ、三人は牢屋を後にした。
それぞれがそれぞれの不安を胸に抱きながら。
なggggっが
横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。




