白髪少女に見られ、世界は黒に包まれる
何人かの冒険者、それと鎧のようなものを纏った人々(王宮関係だろうか)とすれ違った。彼らから昨日の出来事についての説明を受け、何か気づいたことがあれば報告してほしいとの言を得た。
もちろん、何も言うつもりはない。
彼らから離れ、周りに誰の姿も見えない場所まで歩いた。
「ここなら大丈夫だろ」
人目もそうだが、ギリギリ迷わないであろう位置まで森の中を進んだ。
今日の目標は、トラビーの討伐と魔法の力加減の習得だ。
――ガッガッ
俺は、迷わないための一応の手段として、小型ナイフで木々に印をつけながら、辺りを散策する。
「お、いた」
トラビーだ。
通常のウサギの顔面が180度回転したかのような、気味の悪い見た目をしている。胸の奥に、漠然とした不快感が溜まっていく。
前回は見つけるのに1時間以上かかった。今日は運がいい。
早速魔法の準備をする。
トラビーは、相手と目を合わせている限りは自分から動こうとしないという性質がある。
「ふぅぅぅぅ」
息を吐いて、集中する。
手を前に出し、魔力を集める。
ただ、その魔力量を抑えて、抑えて、抑える。
いい感じだ。
ごく微量の、本当に僅かしか魔力を感じない。力の調整は、慣れるまで集中がいりそうだが、思っていたよりも簡単にできそうだ。
「『打ち流せ』」
詠唱と同時に、突き出した手のひらから球状の水の塊、初級魔法【アクアスフィア】が発動する。
が、
「ちっっっっっさ」
打ち出された水球は、たまごぼーろかと思うぐらいに小さく、シャボン玉のごとくゆわゆわとトラビーに向かっていった……かと思えば威力が足りなかったのか、すぐに地面に落ちて消滅した。
「よっっっっわ……」
昨日の大威力はどこへやら、月とスッポン超えて銀河系とアリだ。
「あっ」
そうしているうちに、トラビーが足早に逃げていく。
奴らは足が速く、追いつくことは難しい。また探さねばならない。
「魔力量が少なすぎたのか」
さきほど放った魔法は明らかに威力が弱かった。次は少し魔力量を増やすとしよう。
10分程経っただろうか、再度トラビーを発見した。奴は、注意深く俺の目を見ている。不快感がどっと押し寄せてくる。
「マジできめぇ……集中しろ」
惑わされてはならない。
一回目の感覚よりも少しだけ多く、右の手のひらに魔力を流す。
……このぐらいでいいだろう。
よく集中できている。
本当に、集中しすぎていた。
だから、俺は近づいてくる足音に全く気づくことができなかった。
「『打ち流せ』」
【アクアスフィア】を発動させたその瞬間。
「何してるの?」
「え?」
声をかけられた。高い、女の人の声だ。
声のする方を見ると、顎のあたりまで伸びる白い髪と赤い瞳が特徴的な人物が、訝しげにこちらを見ていた。
急な邂逅に、思わず意識がそちらに向いてしまった。そして、"警戒"してしまった。
俺は今まで、防御に関しては魔力を用いて行ってきた。だから、今も、とっさにそれを行ってしまった。
体を流れる魔力量が一気に増大する。
「っ! まずいっっ!」
そしてその魔力は、今まさに放出されようとしている水球に、大きな影響を及ぼした。
水球は、視界を覆うほど巨大になっていた。
一度発動した魔法を止める方法。そんなもの、知っているわけがない。
――ドォォォォン!!!
とてつもない大きさの水球が、とてつもない轟音とともに、とてつもない速度で放出された。
――バリバリバリガガガッドドドバリバリ!!!!!!!!
木々が、土が、岩が、跡形もなく消えていく。全てが蹂躙され、土埃が舞う。
「くっ!」
床に這いつくばって、なんとか反動で飛ばされないよう、全身に力を込める。
数秒後、圧倒的な破壊が止まり、砂のパラパラという音だけが森にこだまする。
茶色が晴れたのを確認して、体を起こす。
目の前には、昨日見た惨状が、まるで再放送かのように広がっていた。
「っ!」
彼女は大丈夫だろうか。
右側にいたから魔法は受けていないだろうが、飛んできたものが当たって怪我をしてしまったかもしれない。
彼女の方を見る。
彼女は、目を見開いて固まっていた。
そして、その目が、徐々に俺の方へと動く。
「あー」
うん。怪我はなさそうでよかった。
でも、見られちゃった。
「あなた……」
彼女は、ハッとしたような顔をすると、小型ナイフを構え、警戒態勢を取った。
やべぇ、どうしよう。
とりあえず、立ち上がったものの、彼女は俺の一挙手一投足も逃すまいと、凄まじい目つきで俺のことを睨んでいる。
……逃げるか?
いや、ここで逃げたら完全に危険人物認定されること間違いない。
「……話をしませんか?」
「……話?」
「はい。話です」
ここは、なんとか会話で乗り切りたい。
「まずは、その警戒を解いてくれませんか?」
慎重に、言葉を選んで話す。が、なんかいかにも悪役っぽい台詞を吐いてしまったような気もする。
「解くわけないでしょ」
「なんでですか?」
「逆に、あなたなら、あんな魔法を打つ正体不明の冒険者相手に警戒を解こうと思う?」
「魔法に関しては何も言えないけでど、僕は正体不明じゃないです。イリークで駆け出し冒険者やってるナギって言います」
「じゃあますます怪しいわね。駆け出し冒険者は、あんな魔法打てない」
これ、弁解できないやつだ。
他者から見た俺は、どうしようもなく怪しい存在だということは分かった。だが、どうにかしてうまくこの場を納められないだろうか。
「どうすれば警戒を解いてくれますか?」
「残念だけど、あれを見ちゃった以上、それは無理な話ね」
くそっ! こんなことなら事が収まるまで魔法なんて使わないでおくんだった。
こうなったら逃げるしかないか……? いや、彼女は見るからに運動神経がよさそうだ。足の遅い俺に逃げ切ることができるかどうか分からない。
それに、魔力を一気に消費した代償か、体がだるくて仕方ない。
……あまりにも体が重い気がする。
「そもそも」
彼女は額に汗を流し、全身を強張らせている。何か、得体の知れないものと戦っているような、そんな緊張感がこちらにも伝わってくる。
「まだ倒れてない時点で、あなたは普通じゃない」
「……ぁ?」
どういうことか理解する前に、体をさらなる重みが襲った。
なんだ。いくらなんでも体が重すぎる。
左ひざを立て、地面に右ひざをつける。そして、気づいた。
「なんだ、これ」
左足首の前面に、小さな棘のようなものが刺さっている。
それを抜こうとして……抜く前に、体から力が抜けた。体重を支えられなくなった体が、横に倒れる。
「ぁ……」
手に、足に、喉に、肺に、全身に力が入らない。思考がぼやける。
なんだ、何をされた?
何を、なにを、な……にを、な……に、な。
目に映る景色は輪郭を失い、全てが混ざり合うようにぼやけ、溶けあっていく。
全てが曖昧になる視界の先で、白髪の少女がゆっくりと近づいてくるのが見えた。
そして、世界は完全なる黒に包まれた。
第一部 完
横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。




