大大大大大威力
「今日こそは……」
俺は、目の前の魔獣に向かって手のひらを差し出す。
魔導書を手に入れてから一週間が経った。
俺は安全に対処ができる★1~2の依頼を受けては、その都度、魔法を発動する感覚の練習をしていた。最近になって、なんとなく呪文を魔力に溶け込ませるようになってきたものの、あと一歩足りない感覚が俺をつきまとっている。
そして、今日こそはと。俺は「トラビー討伐」のため、南の森に足を運んでいる。
トラビーとは、耳、目、鼻、口など、顔のパーツが180度回転している兎のような魔獣で、見ている者に不快感を与える性質を持っている。攻撃力こそ弱いが、精神的に存在していると困るのだ。
「かわいそうだが……キモいな」
その話を聞いたときは、生きているだけで気持ち悪がられるなんてなんてかわいそうなんだと思ったが、実際目の前にして分かる。理屈は分からないが、思わず顔をしかめてしまうような不快感を覚えるのだ。
そして、逃げ足が速い。
ちょこまかと動き、近づいてナイフで倒すのはほぼ不可能とみていいだろう。
だからこそ、魔法の練習には最適だと考えた。
もし魔法が出なくても、魔力で攻撃することが必要とされる。
「マジで兎だな」
しかし、どうしてこの世界の魔獣は地球の生物に余計な小細工を加えたような奴らしかいないのだろうか。変に見覚えがある分余計に気味が悪く感じられる。
魔獣だけじゃない。地形や、生き物など、ほとんどが地球と相違ない。
まぁ、できる限り環境の変化が少ないところに連れて行ってあげようというアリムなりの優しさなのだとしたら、一応感謝はしておこう。
そのおかげで、自分の周りのことだけ考えることができるのも、また事実だからな。
「集中しろ」
すでに魔力は手のひらに集まっている。
だが、このまま打ち出してしまっては意味がない。それでは今までと同じだ。
トラビーは、本来なら口があるはずの位置についている赤い目をこちらに向けて、動かないでいる。
数分の戦闘で分かったことがある。
こいつは基本、こちらから動かない限り動かない。警戒心が高いゆえだろうか、こちらがどう動くかを必死に見定めているようにも見える。
だからこいつを倒す手段は一つ。
「避けられるより先に、攻撃を当てる」
手のひらに最大限魔力を溜める。
「打ち流せ」
【アクアスフィア】の詠唱と同時に、水球が発現し……そのまま消えた。
「ダメか……」
だが、本当にあと少しだ。
魔力に文字が流れる感覚はあった。
あとは水球を打ち出すだけ……
「……そうか」
水球だ。
俺はそれを「水の玉」としか認識していない。そうだ、「呪文のこもった水の玉」だ。文字が、水球の中にびっしりと詰まって蠢いているような、そういうものをイメージするんだ。
何か、決定的なものを摑んだ気がした。
「あ、逃げんな!」
だが、何か危険を察知したのか、トラビーは俺に踵を向けて、勢いよく森の奥へと走っていった。
「くそっ!」
遠ざかる後ろ姿に向けて、俺は右手を突き出す。
「頼む」
完全に森に逃げ込まれてしまえば、見つけることは困難となる。今、倒しておきたい。
魔力を手のひらに集める。
イメージしろ。今から打ち出すのはただの水の玉じゃない。呪文のこもった水の玉だ。
「『打ち流せ』」
その瞬間、今までに感じたことのない感覚が全身を駆け巡った。
体中の魔力が、光を帯び、跳ねまわっているような感覚。活性化しているのか。
ものすごい勢いで、手のひらに水球が出来上がる。水球が、水球が……水球が?
「え?」
大きすぎない?
目の前全てが青色に包まれる。10mはあるんじゃないのか。
すでに詠唱は終えている。
その水球は、俺の意思に関係なく、とてつもない速さで俺の手のひらから放出された。
「ヤバイっ!」
反動で後ろに飛ばされそうになるのを、魔力で体を強化し、なんとか踏みとどま……れない。
――ザザッ、ズザザッザザザッザザザザザザザザザザザザザ
体が後ろに飛ばされる音と、水球が地面を抉るように這う音が混ざり合って轟音を鳴らす。
――バキッバキキキッバキバキバキズザザッザツバキザッバキバキ
木々がなぎ倒され、緑の葉が紙吹雪のように舞う。
砂塵が立ち込め、思わず目を閉じる。
その間も、絶えずいろいろなものが崩れている音が鳴り続け、そして、止んだ。
「はぁ……はぁ」
倒れた体を起こし、座った状態になる。
なんだ今のは。
自分の顔ぐらいの大きさの玉を射出するつもりだったが、できあがったものはどう考えても、それとは比べ物にはならないほどに巨大だった。
砂埃が晴れる。
「うっそだろ……」
そこには、変わり果てた森の姿があった。
地面は歪な半円状に抉れ、肌色の土がむき出しになっている。
木々は、【アクアスフィア】が通ったと思われる場所だけ、まるで初めからそうであったかのように、きれいさっぱり無くなっていた。
「これ、俺がやったのか?」
魔法の威力は……魔力量に依存する。
アリムの言葉と、本に書いてあった一節を思い出した。
視界の先、見える限りはその惨状が広がっている。
「はぁ……はぁ……」
俺は、走り出した。
なんでかは分からない。
ただ、とにかく、一刻でも早く、この場から離れたかった。
★ ★ ★
「何? 今の音」
イリークへと向かう途中。夕刻に差し掛かろうとしている馬車道。そんな和やかな雰囲気をぶち壊すかのような轟音が、近くから聞こえてきた。
「すみません、とめてもらえますか」
御者を呼び止め、馬車から降りる。
「確か、こっちの方向だったはず」
緩やかな丘を越え、音のする方向を見る。そこには森が広がっており、何かの生き物たちがバサバサと音を立てて、騒がしく飛び回っていた。
「間違いない。あの森」
確認すると同時に、引き返し、御者に「ちょっと待っててください」とだけ伝えて、森に足を運ぶ。
「何これ……」
そこには、とうてい無視できるはずもない衝撃的な光景が広がっていた。
「魔獣……?」
地面は剥げ、木々はなぎ倒されている。大型の魔獣が、荒らしていったようにしか思えない。
イリーク南の森には、強い魔獣など存在しなかったはずだ。
「止まってる」
周りの木々が傾いている方向からして、こちらに何かが向かっていたことは間違いない。
だが、その跡は徐々に弱くなっていき、最終的には何の変哲もない森が広がるばかりとなった。
消えたのか。
もしそうだとしたら、突然消えたというよりも、徐々に消えたということになる。
「……魔法!」
それなら納得がいく。魔法はその威力が消えれば自然と消滅する。徐々に被害が縮小しているのにも説明がつく。
「……誰がやった?」
となれば、問題はそこだろう。
この魔法、少なくとも上級ほどの威力を有していたとみていい。
だが、イリークにそこまでの魔法使いはいないはずだ。
「気になるわね……」
イリークに着いたら今日はそのまま休むつもりだったけど、少し探りを入れてみよう。
一応見ておこうと、一体この惨劇の出どころはどこなのかと、抉れた地面に沿って歩いていたら、見つけた。
「ここね」
正常と、異常、明らかな分岐点が存在している地点に到着した。ここから魔法が放たれたとみていいだろう。そして、
「大きさからして、男の人かしら」
何者かの足跡が、砂埃の上に残っていた。
ヒロイン登場。
横書きにより、算用数字と漢数字を使い分けてます。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。




