初めての町vs足の遅い俺
「見えてきた……!」
歩き続けて体感40分といったところだろうか。丘を越えようと頂上までたどり着き、開けた視界の遠くの方に、何やら多くの建物が見える。
この高さからでも、町の全容が見えないので、割と大きいのではないだろうか。
「しかし……」
中世ヨーロッパについて詳しくないので何とも言えないが、建物群の形や雰囲気はそれと近いものを感じる。どうして異世界モノというのはおしなべて似たような雰囲気の世界なのだろう。
剣や魔法が発展していることで、科学の研究、もしくは科学という概念そのものが知られていないのだろうか。不思議ではあるが、異世界人も俺の元いた世界に来たら、人間が魔法を使えないことに違和感を覚えるのかもしれない。
日本の銃刀法に関しては「そんなルールを決めてどうやって自分の身を守るんだ!?」と突っ込みを入れられそうだ。
「身を守る方法か……俺も早く身に付けないとな」
アリムから渡された本を少し読んだ。
予想はしていたが、この世界には"魔族"なるものが存在しているらしい。人々は小さなときから魔族の恐ろしさを叩きこまれ、最低限身を守る方法を教えられるとのことだ。
やはり、元の世界とは常識も構造もかなり違っている。一刻も早く、知識を取り入れ、身をもっていろいろなことを経験しなければならない。この世界に慣れていく必要がある。
しばらくは「とりあえず動いてみる」をモットーに、やってみるか。
「よし」
そうと決まれば、足を進めるのみだ。
しばらく休んだことで、疲労で重くなっていた俺の足も、今は幾分か軽い。魔力を制御できるようになれば、こういう疲労も軽減することができるのだろうか。
そんなことを思いながら、再び歩き出す。
そこから5分ほど歩き、舗装された道に合流する。
次第に建物が近くなり、人の声が耳に入ってきた。
関門のようなものは無く、すんなりと町の中には入れてしまう。
「すげぇ」
異世界で初めて訪れた町は、出店や子どもたちなどでそれなりに賑わっていた。もう日が沈み始めているということもあってか、そのほとんどは店じまい中で、子どもたちはおそらく家に帰る途中なのだろうが。
夕刻である程度の賑わいを見せているということは、朝、昼頃はかなり活気づいていることが想像できる。
通りも広く整っており、建物群も大きく綺麗なものが多い。かなり良好な環境と言えるのではないだろうか。
さて、まずはどんな町なのかを知るためにも、辺りを散策でもしようかと思ったとき、
「あ」
気づいた。金が無い。
「……」
アリムがこっそり渡してはくれていないだろうかと、ズボンや胸のポケットを調べてみるが、俺の手は何もない空間を彷徨うだけだった。
もしかしたらと思い、脇に挟んでいた本を手に取り、まだ開いていない後ろの方のページを確認するが、もちろんお金が挟まっているなんてこともなく、完全なる無一文が決定した。
「何かないか……」
俺は本のページをめくる。何も突然お金が湧いてくる方法を探しているわけではない。もしかしたら、今から夜まで短時間で、何かお金を稼ぐ方法があるかもしれない。
この世界に経済形態は、銅、銀、金貨の3枚で構成されている。
果物ひとつがだいたい銅貨3枚らしいので、宿代がどれくらいかかるのかは分からないが、銀貨2枚ほどは持っておきたい。
しかし、今更だが、俺はこの世界の言語が理解できるらしい。まだ誰とも会話していないので、正確には読むことができるらしい、なのだが。アリムが何かしてくれたのだろうか、だとしたら感謝せずにはいられない。
「……これは?」
あるページに、目が留まった。
そこには商人、講師、騎士など、様々な職業についての記載がなされていた。そして、冒険者の記載もあった。
「これだ!」
詳細事項を見る。冒険者になるためには、どうやら町の冒険者ギルドに登録し、ネームプレートを貰う必要があるそうだ。
冒険者ギルドか。
とりあえず、時間も無いだろうし、俺は近くで店じまいをしている店主に場所を聞いてみることにした。
「すみません、冒険者ギルドってどこにありますか?」
「ああ、ギルドなら、この道を真っ直ぐに進んだ町の真ん中の方にあるよ」
さわやかな青年といった金髪の男は、俺の質問にそう答えた。
よかった。言葉も通じるみたいだ。
「君、見ない顔だけど、旅の人かい?」
「まぁ、そんなところです」
「もし冒険者登録がしたいなら、急いだほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「新規登録は夜の6時までしかやってないんじゃなかったかな。もう5時半は過ぎてるだろうし、今からなら、走っても間に合うかどうか……」
マジかよ。
「教えてくれてありがとうございます! 今度何か買いに来ます!」
俺は足を動かし始めた。
「おう! 気をつけてなー!」
後方から、気のいいお兄さんの声が聞こえてきた。
そういえば名前を聞き忘れてしまった。今度会ったときに聞いておこう。
そんなことを思いながら、俺は足を速める。タンタンと石のタイルが小気味いい音を立てる。
走って30分以上か……土地勘が全くないため不安ではあるが、この道を真っ直ぐに進めばいいと、確かあの人は言っていたはずだ。方向音痴気味な俺でも、たどり着けるのではないだろうか。
たどり着けなかった。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン
「はぁ……はぁ……」
細かく吐かれる俺の息と重なるように、町全体に重圧感のある鐘の音が響き渡る。
おそらく夜の6時を知らせているのだろう。
……そういえば俺、体力も無いし足も遅いんだった。魔力量が多くても使えないということは、俺の身体は元の状態と何ら変わらないことを意味している。
もしかしたらいけるかもと思ったけど、全然だった。
膝に手を当て、呼吸を回復させる。額に流れる汗を拭う。
「ふぅ……」
一度深く息を吐き、顔を上げる。
このままここで立ち止まっていてもしょうがない。先ほどの鐘が夜の6時を知らせるものでない可能性もあるし、そうだとしてもギルドは見ておいた方がいいだろう。
俺は再び足を速め、人通りも少なくなってきた道を小走りで駆け抜けていった。
徐々に人通りが多くなり、俺は大きな広場に出た。
「でけぇな……」
自然と口からそんな言葉が漏れる。
そこには、2階建ての、旅館ほどの大きさはあろうかと思われる建物があった。
正面、建物上部の中心に、大きな時計が設置されている。1~12までの数字が書いてあり、長針、短針がそれぞれ別の数字を指している。
現在の時刻は、夜の6時17分、すなわち18時17分である。
入口だと思われる門の両脇に、鎧を着た二人の警備らしき人物が立っている。
「これが……冒険者ギルド」
想像の何倍も大きい。
というか、それは冒険者ギルドだけでなく、この町自体にも言える。
町の中心部にはレストランや防具屋など、様々な店が乱立しており、夜でもそれなりの賑わいを見せている。都市には及ばないが、少なくとも、村寄りの町でないことは確かだ。
ギルドからは、ちょくちょく人が出入りしている。
「……一応、行ってみるか」
万が一の可能性にかけ、ギルドに入れないか試してみよう。
「お帰りください」
ダメでした。
全然ダメ。18時以降は、登録済みの冒険者、もしくは定められた職員以外は、一般的にギルドに入ることすら許されていないらしく、なんの慈悲もなく追い返されてしまった。
もう完全に日は落ちきっており、町を照らすは街灯と店の明かりのみになっている。
広場の片隅に設置されているベンチにもたれかかる。体重を預け、体から力を抜いたらもう何もやる気が起きなくなってしまった。
シンプルに疲れた。激動の1日だった。
もう心も体もへとへとだ。
視界がぼやけ始める。急激な眠気が俺を襲う。
体を倒し、ベンチに横になる。冷ややかで、固い感触が体に伝わる。
「夢でも現実でもどっちでもいい……」
掠れるような声で、俺は、アリムの言葉を復唱した。
次に俺が目を開けたとき、一体どんな景色が待っているのだろう。
広場を照らす朝日だろうか、それとも、見慣れた部屋の天井か。
そんなことを考えながら、俺は静かに瞳を閉じた。
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最後まで読んでくれた人、大感謝です。これからも見守っていただけると、嬉嬉です。
いつか自分の小説が本になるその日まで。




