68. エピソード・オブ・エイド
今から十年前。この頃はまだ、エイドは冒険者になりたいと思っていた。
そのために毎日、森の中に入ってはゴブリンや猛獣相手に喧嘩を吹っかけて、片っ端から戦いを挑んでいた。
今日もまた、森の中を駆け回るエイド。
「エイド、ちょっと待ってよ!」
その後を、慌ただしい様子で追いかけるライトニング。
エイドとライトニングが知り合ったのはちょうどこのころだった。と、言うのも、ライトニングの母は魔力多積症と言って、簡単に言えば魔力を人よりも多くため込んでしまう症状だ。
症状は体が限界以上の魔力をため込んでしまうため、激しく魔力を放出、吸収を繰り返し、体力を激しく消耗してしまい、免疫力が低下したり、合併症を引き起こしたりする。
エイド達のいるスタルト村には、その症状を抑える何かがあると、噂を聞きつけ訪れたそうだ。
現に、この村に来たときと比べ、今ではかなり体調も良くなっている。
エイドは後ろから聞こえる情けない声に、笑って答えた。
「俺よりも年上のくせに情けねえぞ!」
そう、ライトニングは当時九歳。エイドの歳よりも二個上なのだ。
すると、目の前にゴブリンの群れが現れた。
ゴブリンはエイド達に気が付くと、武器を構えて臨戦態勢をとる。その姿を見たエイドは、獲物を見つけた獣のように唇をなめる。
エイドは後ろのライトニングを待つことなく、そのまま単独で突撃する。
数は六。先ずは先頭に立つゴブリンを狙う。
そうすれば当然、その両脇から二体襲って来る。
予想通り襲いかかってきたゴブリンを確認すると、エイドは地面に倒れこむように一気に身を低くする。そして、剣で目の前のゴブリンを斬りつけながら、そのまま突き進み、ゴブリンの背後に回る。
しかし、後ろにいた三体が一斉にエイドに襲いかかる。
それもわかっていたかのか、笑みを浮かべると、身を翻しながら宙に舞う。
三体の攻撃をかわしながら、最初に斬りつけたゴブリンの肩を、宙に舞いながら斬りつける。
斬りつけられたゴブリンは悲鳴を上げ、転がるように逃げ出してしまった。
「どうだ!新技、バックカット!」
自信満々に言うエイドだったが、倒したのはたったの一匹、しかも、着地したのはゴブリンに囲まれる位置。最悪の状況だ。
「ここまで考えてなかったな」
苦笑いをしながら、剣を構えてゴブリンが近づけないように威嚇する。
その時、二体のゴブリンに雷撃が飛んでくる。
激しい音と共に、ゴブリンが焦げていき、雷が止むとそのまま気を失って倒れてしまった。
「無暗に突っ走ってんじゃねえよ!」
追いついたライトニングが槍を構えてエイドを叱るように言った。
この頃には、ライトニングは既に、所有者に雷神の如き力を与える、神機を持っていた。
ライトニング曰く、亡くなった父が家宝だと大事にしていた代物で、譲り受けたという。
エイドは、叱るライトニングに笑って答えた。
「でも、どうにかなっただろ?」
「結果論だ。大体、お前は後先考えなさすぎるんだよ」
二人が言い合いをしていると、ゴブリンが懐から何かを取り出す。
それは、いびつな釘のようにも見えるが、魔法水晶を粗く削ったようなものにも見える。
魔力をおびているのか、淡く光るそれを固く握りしめると、話に気を取られているエイド目掛けて突撃する。
「エイド!!」
ライトニングの声で背後のゴブリンに気が付いたエイド。しかし、すでに遅かった。
ドスッ!と鈍い音が聞こえた後に、背中に焼けるような鋭い痛みを感じた。
エイドは咄嗟に背後のゴブリンを斬りつける。ゴブリンは恐怖からか、そのまま森の中へと逃げ出した。残りのゴブリンもその後を追って行った。
エイドはふぅ、と一息吐くと冷静にライトニングに言った。
「おい、なんか布とかないか?」
「その前に、それ抜かねえと死んじまうぞ!」
「馬鹿、抜いたら出血がひどくなって余計にだめだ。とにかく、出血部を抑えながら、抜けないように固定して――」
説明をしようとした瞬間、エイドの全身から力が抜ける。
膝から崩れ落ち、視界がぐるん!と、歪んだ。気が付くと地面に倒れこんでいた。
「エイド!?大丈夫か!しっかりしろ!」
「毒……か…………?」
エイドは何とか声を出し、ライトニングに指示を出そうとする。
(まずは毒抜くために刺された周りの肉を抉るか?こうなったってことは、もう全身に回ってる……なら、解毒剤か…………でも、村にはこれだけの毒を消せる解毒剤なんて…………)
考えをまとめようとするも、全身をめぐる痛みで思考がまとまらない。
ライトニングが心配して叫んでいるのがわかるが、声が聞こえなくなってきた。
呼吸もだんだん浅くなっていく。
エイドは声が出来なくなる前に、ライトニングに言った。
「俺を、北にあるロドゴストに……連れていけ…………あそこなら、きっと……村にあるのよりも………いい………解毒剤が――」
エイドは言い終える前に、そのまま意識を失ってしまった。
「エイド!しっかりしろ!!」
ライトニングは呼びかけるも、エイドは返事をしない。
「俺が、何とかしないと………!!」
ライトニングはそう言って、エイドを背負うと、目を瞑って深呼吸をする。
すると、全身に駆け巡るように雷が流れる。
「まだ完成してないけど、やるしかねえ。それに、毒なら雷で分解できるかもしれない。耐えてくれよ、エイド………」
ライトニングは、身を低くすると勢いよく地面を蹴る。たったの一歩で、数十メートルも進むライトニング。
足元に電撃で焼けた跡を残しながら、一直線にロドゴストへ向かった。
丸一日走ってロドゴストに着いたライトニング。その時には日はとっくに暮れていた。
「誰か………医者を……………」
走り続けたライトニングは、もう立っているのもやっとで、呼吸も乱れに乱れ、呼吸困難になっていた。
そこへ、街の人が気づき駆け寄ってくる。
ホッとしたライトニングは笑ってそのまま倒れこんでしまった。
目を覚ました時には、どこかのベッドの上だった。
そこには、白衣に身を包んだ大人と、豪華な服を身にまとった大人が立っていた。その大人がロドゴスト王だと知ったのは、数年後だった。
「おお、気が付いたか!」
「ここは……………エイドは!?」
ライトニングは勢いよく起き上がると、隣で寝ているエイドに気が付いた。
それを見たライトニングは、ホッとして再び横になる。
「もう大丈夫だ。それより、君とこの少年はどこから来たのかな?」
ロドゴスト王はライトニングに聞く。
「スタルト村からです。エイドを助けてくれてありがとうございます」
「スタルト村とな!?ここから歩いても一週間はかかる距離だぞ!」
「無我夢中で………走ってたので………」
ライトニングは答えながら、緊張が解け、更に疲労からそのまま眠りについた。
ロドゴスト王はその姿を見て微笑んでいた。
そして、医者の耳元で小さくつぶやいた。
「この少年を絶対に殺してはならんぞ。絶対にな」
「ええ。分かっています。しかし、王自ら出向くとは。少年のことご存じなのですか?」
ロドゴスト王はエイドを見ながら答える。しかし、その眼はどこか睨んでいるようにも見えた。
「いや。ただ、命を懸けて助けを求めて走った彼の想いを裏切る真似は出来んだろ」
そう言って、王は部屋を後にした。
その三日後、エイドは無事に回復したが、しばらく眠ったままだった。そのエイドを連れ、ライトニングは再び村へと帰った。
馬車に乗ること三日。道中目を覚ましたエイドと共に村に返ると、村中は大騒ぎだった。
森に行ったっきり二人が帰ってこなかったのだから当然だ。一応手紙に事の詳細を書いて送ったが、いきなりそんなことを言われても納得はできないだろう。
村の皆に説明をしていると、人だかりの奥から、大きな声が聞こえてきた。
「エイド!!ちょっと来なさい!」
その声に、エイドは顔を青ざめて身を震わせた。
エイドが声のする方に顔を向けると、顔を真っ赤にして怒る母、メアリーの姿と、隣で口を押えて笑いをこらえる父、ハイレシスの姿があった。
メアリーはエイドの目とそっくりだが、髪と同じく栗色だ。髪と瞳の色は、ハイレシスの遺伝子が色濃く出ている。ハイレシスの瞳も髪もエイドと同じく真っ黒なのだ。
「母さん!?」
驚くエイドの元へ歩み寄る母の前には、その気迫からか道が出来上がっていた。
メアリーはエイドの耳を掴み、強引に引っ張っていく。
「いたたたた!!病み上がりの人に乱暴するか!?」
「治ったなら問題ないでしょ!これから説教よ!」
「だから、調子に乗るなとあれほど言ったのに、ばっかだなぁ」
笑いながら言うハイレシス。メアリーはイラついた顔で睨みつけると、ハイレシスはそっぽを向いて口笛を吹く。
すると、一人の女性がライトニングの元に歩み寄っていく。
淡い紫色の髪をなびかせる、凛とした顔立ちに、全身から漂う可憐さ。
彼女がライトニングの母親、ミアだ。
ミアはライトニングの前に立つと、しゃがんで頭に手を乗せた。
「エイド君を助けたんだってね。えらいえらい」
「と、当然だよ。親友なんだから」
微笑みながら言う母に、思わず顔を赤らめ照れている。
「でもね、もうこんな無茶はしないで。あなたに何かあったら、お父さんに顔向けできなくなっちゃうから」
優しい口調ではあるが、声のトーンを少し落とし、叱るミア。
「ごめんなさい……」
「わかればよろしい」
ミアは再び微笑むと、ライトニングの頭を撫でた。
その様子を見ていたエイドは、メアリーを見ながら言った。
「ライトのお母さんは優しいよな。どっかの母さんと比べて」
「ほぅ?まだ自分がしでかした事の重大さに気づいていないようね?」
「あらら~エイド、それは失言だぞ~」
ハイレシスは鬼の形相で笑うメアリーを見て、嫌な予感がしたのか他人事のように言った。
その予想は的中し、家に連行されたエイドは、三時間正座をさせられ、説教が続いた。




