66. 刃の女
エイド達は、冒険者試験を受けるため、受付に来ていた。どうやら、自分たちは最後の方だったのか、昨日までの行列が嘘かのように人が少なかった。
昨日もらった申込用紙を受付に見せると、大きな建物の中に案内された。
案内の通り、真直ぐに続く廊下を歩きながらエイドはフラムに聞いた。
「フラム、お前その腕のまま戦えるのか?」
本人すらも忘れていたのか、フラムは思い出したように包帯が巻かれた腕を見る。
「ああ。これなら今なおったぞ」
そう言って、腕に力を入れると、内側から破裂するようにぎちぎちにまかれた包帯は飛び散った。その破片は自らが発火したかのように、燃えてなくなってしまった。
「あんたの再生能力も、なかなか化け物じみてるね」
その様子を見ていたミネットはからかうようにフラムに言った。
「お前には言われたくないね。ほぼ全身骨折したまま案だけの無茶して、なんでそんなぴんぴんしてるんだ」
初めて聞いたフラムの言葉に、エイドは驚いていた。まさか、一緒に戦った時、そこまで重傷だったとは思ってもいなかった。
しかし、何故そんな重症が一週間で完治したのか。疑問に思いながらも、フラムも治ったし、それが普通なのかと、特に気にすることはなかった。
そんな会話をしているうちに、目の前に大きな扉が見えた。どうやらここが、受付が言っていた大気部屋らしい。
ミネットが率先して扉を開く。重く軋む音が響き、ゆっくりと開いた扉の先には、大きな空間に、ざっと百人はいるだろう、志願者が緊張した面持ちで待っていた。
そして、その視線は一気にミネット達に向けられる。しかし、三人は何事もないかのように、部屋に入った。
「いや~、みんな怖い顔してるね~」
能天気なミネットは頭の後ろで手を組み、へらへらしながら言った。同時に、視線を左右に動かして、待機している志願者を観察していた。
そして、あることに気が付く。
「なるほど……試験はもう始まってるみたいだね~」
ミネットは笑いながら言うと、フラムとエイドは首を傾げていた。そんあ二人に親切に説明をする。
「入った時から、いや~な視線を感じるなって思って探ってみたら、あの鏡の奥から私たちのこと見てるみたい」
ミネットは鏡の方に向かって小さく手を振った。しかし、エイドとフラムは何も感じないし、聞こえもしなかった。
それもそのはず、その鏡は特殊な素材でできていて、内側からの気配や音、映像の一切を遮断し、外側、つまり会場側のものは内側に通すというものだった。
しかし、ミネットは殺し屋をやっていた時、常に誰かの視線を気にしながら生きていた。そのため、いくら音や気配を通さないと言っても、鋭い視線に敏感なミネットには容易に気づくことができなのだ。
そんなことを知らない、鏡の内側から監視している二人。
「ねえ、あの人気づいてませんか?」
そのうちの一人が手を振るミネットを指さした。
彼女の名前は、ラバー・フィリックス。金等級者だであり、今試験の試験官の一人だ。
「ああ。あいつ、なかなかの手練れだな。にしても、今回も骨のない奴らばかりだな」
その隣で立ったまま、会場内の様子を見ているのは、ジェット・スパート。彼もまた《金等級者》の試験官だ。
すると、ジェットはため息交じりにラバーに言った。
「そろそろ時間だな。始めろ」
「しかし、あと一人来ていませんが……」
「時間は教えていたはずだ。間に合わねえ奴が悪い――」
ジェットが続けて何かを言いかけた瞬間、入り口の扉がゆっくりと開く。
刹那、全身を斬り刻まれるような、鋭い敵意が会場内に流れ込んできた。
それをまじかで感じたのは、試験官の二人ではなく、扉に一番近いエイド達だった。
三人は急いで距離をとると、武器を構えて臨戦態勢に入る。
これだけの敵意を発するのは一体何者なのか。緊張感が場内に漂う。
三人は冷や汗を流しながら、ゆっくりと開く扉を睨みつける。
そして、扉が開き、姿を現したのは一人の大人しそうな少女だった。腰まで伸ばした薄いピンクの髪をなびかせ、上品な出で立ちの少女は会場内を全体的に見渡した。
「一、二、三……四人だけか…………」
何かを数える終えると、扉のすぐ横の壁にもたれかかるように座る彼女の手には、今の時代では珍しい細剣が握られていた。
その様子を、鏡越しに観察していたジェットは固まったままラバーに聞いた。
「なあ、俺漏らしてないよな?」
「大丈夫ですよ。何なら、少しちびったのは私の方です」
「漏らしたのか?」
「………………はい」
「………………早く着替えてこい」
「すいません………………」
ラバーは顔を赤くしながら部屋を後にする。
ジェットは仕方がないと思いながら彼女を見送った。
これだけの敵意を感じたのは初めてだった。これだけの敵意は、白金等級か、それに近い実力を持っている証拠だ。つまり、自分よりも圧倒的に格上の存在だと言うことだ
気が付くと彼女からさっきまでの敵意は全く感じられなくなっていた。
緊張が解け、周りがざわざわとしていることに気が付いた三人は、ようやく忘れていた呼吸をした。
「ふぅ……あいつ何者?」
「さあな。何かを数えてたみたいだが、一体なんのつもりだ」
「ああ、あの数は――」
ミネットとフラムにエイドが答えようとした瞬間、後ろから声が聞こえた。
「あの敵意に反応した人の数だよ」
振り向くと、エイド達と同じように、鎧の一切をつけていない男。唯一、エイド達と違うと言えば、武器も持っていないということだ。
「誰だお前?」
不機嫌な様子で直球的に聞くエイドに、男は笑って答えた。
「俺の名前は……ヒロ!よろしくな!」
「何で自分の名前を躊躇して言うんだよ?エイド、こいつ怪しいぞ」
ヒロと名乗る男をカツアゲするチンピラのような目つきで上から下までジロジロと観察するミネット。
しかし、ヒロはどうぞと言わんばかりに両手を広げミネットの観察を受け入れる。
何も怪しいものが見当たらなかったミネットは満足したのか、話を戻す。
「んで、さっきの話はどういうことだ?」
「ああ、あの女の子が凄い威嚇してきたとき、彼女に対して臨戦態勢をとったのが、君たち三人と俺だけだったし。そうだろ、そこの…………」
「エイドだ」
ヒロはエイドの顔を見ながら答え合わせをするように聞いた。
そのことに気が付いていたことに、フラムは少し驚いていた。
「お前気付いてたのか」
「ああ。あいつが数え始めた時の視線を追ったら、お前らとそこのヒロってやつの方向いてたからな」
「ほえ~、よく見てんね~」
エイドの説明を聞いたミネットは感心した様子で驚いていた。
すると、突然ミネットをジロジロと見始めるヒロ。気味悪そうな顔をしながらミネットは少し距離を置いた。
そして、おもむろに口を開いた。
「お前、殺し屋か?」
見事に言い当てられたミネットは言葉を失った。
ヒロは、さっきまでとは打って変わって、鋭い目つきで問いただす。
「結構殺したな。殺し屋がここに何の用だ?」
「おい、口の利きかたには――」
フラムがヒロに向かって行こうとした瞬間、ミネットが腕を前に出して止める。
そして、悲しい笑みを浮かべながら答えた。
「うん、沢山殺してきたよ。でも、殺しは止めたんだ。だから、冒険者にでもなろうかなって」
黙って話を聞くヒロは真直ぐミネットを見ながら、すぐに返した。
「嘘だな」
「いや、殺しを止めたのはマジだって――」
「そこじゃねえ。殺してきたってやつだよ」
その場にいた全員が何を言っているんだと、不思議そうな顔をしていた。それでも、ヒロは続けた。
「お前からは血の気配がすげえする。でも、人を殺した奴の目じゃねえ」
「そんだけ?そんだけで私が人を殺してないって?」
「う~ん、なんていえばいいか分かんないけど、とにかく、お前は殺してねえ!俺の本能がそう言ってる!!」
自信満々に言うヒロに、エイドとフラムは呆れた顔をしていた。しかし、ミネットだけは少し笑っていた。
ヒロのいうことがすべて本当だったからだ。
ミネットは殺し屋として働いていたが、どうしても殺すことができなかった。だから、《偽血》で殺したように見せかけ、手当をした後逃がしていたのだ。
師匠であるオセロットにはばれていたようだったが、依頼主には一切ばれず、生き抜いていきたのだ。この話は、まだエイド達にはしていない。それを、今あったばかりの男は本能だけで見抜いた。
ミネットは少し胸が軽くなったような感じがしていた。
「エイド!私はこいつ気に入ったぞ!にしても、面白いなお前!私ミネット、よろしくな!」
ミネットはさっきまでとはまるで別人のように上機嫌でヒロと握手をしていた。
「なんだあいつ、気持ち悪いな」
「フラムがそう言うなら相当だな」
フラムとエイドは、豹変したミネットに気持ち悪さを感じ、表情を歪めていた。
すると、ミネットはヒロの肩を叩きながら聞いた。
「んで、ヒロはどうして冒険者に?」
ヒロは迷うことなく答えた。
「俺は世界最高のヒーローになるのが夢なんだ!それで、ちっと金が足りなくなってさ、それで冒険者になろうってわけ!」
「ヒーローって勇者ってこと?」
「違う、俺が目指すのは命を賭して、人を助けては名前も告げず颯爽と立ち去る、そんなかっこいいヒーローさ!」
すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
それは、まるでヒロを馬鹿にするような、嘲笑に聞こえる。
ミネットは殺意を込めて笑う人を睨みながら、
「なに?今の笑うとこあった?」
笑った人たちは、背中を突き刺されたような、全身に悪寒を感じると、一斉に黙ってしまった。
しかし、ヒロは気にすることなく笑っていた。
「いいんだ。笑われたって、俺の夢は変わんねえし」
それに賛同するように、エイドも言う。
「そうそう。笑いたい奴は笑わせとけ」
その言葉に、ヒロは少し驚いていた。
「夢を笑う奴は、夢を見たことがねえ奴か、夢を簡単に投げ出しちまう根性なしだ。そんな奴らはつまんねえ生き方しかできねえクソだ」
エイドはヒロの後ろで笑っていた人達をあざ笑うかのように言うと、更に続けた。
「お前のヒーローってやつ、勇者の裏で活躍したっていう、伝説のヒーローだろ?最高にかっこいいじゃねえか」
「お前、いい奴だな」
ヒロは微笑みながら、エイドに言った。
すると、部屋全体にノイズのような音が広がった。と、思ったら次には男の声が聞こえてくる。
「あ~マイクテスト。聞こえるか。俺はこの試験を担当するジェットだ」
周りの志願者はどこから声がするのかを探るように、周りをきょろきょろとしてる。
ジェットは構うことなく続けた。
「時間になったことだし、試験の内容を説明する」
その言葉に、全体の雰囲気がヒリついたのを感じた。
「試験はいたってシンプル。ここから南にある大きな山。その山頂にのぼり、戻ってくるまでの順位で合格者を決める。と、その前に、適当に四人組のグループを作れ。この試験はグループで行う。時間は二分だ」
すると、周りは慌ただしくなる。しかし、エイド達三人は慌てるどころか、無関心といった感じだった。
「まあ、三人は決まってるし、もう一人も決まってるよな?」
エイドは皆に確認するように振り向くと、ミネットとフラムは頷いた。
「よし、ヒロ。俺らと来い」
「ああ。こちらからもお願いするよ」
二人は固く握手を交わす。すると、壁にもたれかかるように座っていた細剣を持っていた少女が手を上げて言った。
「質問」
「なんだ?」
「一人で行動してもいいの?」
「まあ、出来るのなら問題ないが………」
それだけ聞いたら、少女は再び俯いて目を瞑った。
二分が経ち、一組を除き、四人のグループが出来上がるのを確認したジェットは再び説明を始める。
「今二十五組が出来上がったわけだが、山頂についた先着十五組が次の試験。つまり、折り返し戻って、競争に参加する権利を与える。上位十五組に入れなかった組は即失格。それが今回の冒険者試験の内容だ」
その話を聞いて、エイドは少しだけホッとした。
毎年、試験の内容が変わるらしく、中には筆記が多いものもあると、エアリアが言っていた。座学が苦手なエイドにとっては、こういった単純な試験の方がしっくりくる。
試験の内容が告げられると、周りが一気に騒がしくなる。
すると、その様子を見て面白おかしく笑うように、ジェットが言った。
「そんなちんたらしてていいのか?試験はもう、始まってんだぜ?」
刹那、会場の一面の壁が一瞬で消え去ってしまった。
それを見て、会場の中にいた志願者は一斉に外に向かって走っていった。
エイド達は全員が出ていくのをあっけにとられて見ていた。
すると、
「ふぁあああ~……」
と、大きなあくびをして、背伸びをする少女。
刹那、少女の体の周りに渦巻くように風が舞う。
エイドは何かの魔法を使うのかと思い、様子を伺っていた瞬間だった――
エイドの横を目にもとまらぬ速さで少女が駆け抜けていった。
それは、《加速》を使ったミネットが本気で走った時と同じくらいの速さだった。
「何なんだ……あいつ………」
「んなことより、早く行こうぜ!このままじゃ、俺ら失格になっちまうぜ!」
ヒロは先頭を走り、エイド達を呼ぶようにして手を振る。
我に返ったエイドは周りを見て、状況を理解する。
「完全に出遅れているじゃねえか!急ぐぞ!」
エイド達は慌ただしく建物を出る。




