64. 知られたくない過去
グリンティアについた一同は、新たなる地に心を躍らせていた。
「ここがグリンティアか~!なんか、ぽかぽかだ~」
朗らかな笑みを浮かべるエアリア。
そうなるのも無理はない。ここは、一年中、春のような柔らかく、温かな風が吹き、人が暮らすには、快適すぎる穏やかな環境だ。
「さてと、私は準備に行かなきゃだから、ここで」
エリナは背伸びをすると、エイド達に言った。
「チケットありがとうございました!明日のライブ必ず見に行きますね!」
エアリアは、嬉しそうエリナに手を振った。
後ろ姿を最後まで見送ると、ここに来た本題に戻る。
「それじゃあ、試験の受付にでも行こうか!」
張り切るミネットに続き、全員が動く中、エイドだけはその場にとどまっていた。
「なあ、ホントに行くの~?」
「当たり前でしょ!何のためにここに来たと思ってんの、ほら、さっさと行くよ!」
エイドはミネットに引きずられながら受付のある、街中のギルドに向かった。
ギルドにはかなりの行列ができていた。並んでいる皆の顔は、険しく、話す余裕もないのか誰もが静かに順番を待っていた。
しかし、そんな空気をぶち壊すようにエイドは大きな声で駄々をこねる。
「ねえ、やっぱやめない?俺、別になりたくねえよ」
「ガキみたいに駄々こねてんじゃねえよ。旅すんのには金がいるんだ。仕方ねえことだ」
「なんだよ。お前もミネットの味方か!」
フラムは駄々をこねるエイドをなだめようとするが、更に怪訝を損ねてしまった。
「わかった。じゃあ、ついてくるだけでいいから」
「本当だろうな?」
「もちろんだよ~」
ミネットは軽い返事をすると、納得したのかエイドがようやく黙った。
それを一緒に並んでいてエアリアは呆れた様に笑っていた。すると、その時――
「あれ?エアリアじゃねえか?」
「なんでこんなとこにいんだよ?」
エアリアの知り合いなのか、馴れ馴れしく話しかけてくる男が二人。二人の男の胸元には銀色のプレートがつけれらている。
「知り合いか?」
「う、うん……冒険者の育成所で一緒だった人……」
エイドがエアリアに聞くと、エアリアは目を逸らして不器用な笑みを浮かべていた。こんなエアリアの顔を見るのは初めてだ。
「聞いたことある。確か、冒険者を育成する学校みたいなとこだって。エアリアってば、そこ出身の冒険者だったんだね」
ミネットは過去に聞いた話を思いだしながらエアリアに聞いた。すると、浮かない顔で一言だけ答える。
冒険者の育成所とは、ミネットが言う通り、学校のようなもので、魔獣に対する知識や戦い方を教えてくれる場所だ。
そこで、最短でも半年の教育を受け、卒業試験に合格すると、時間はかかるが、試験を受けなくとも冒険者になることができるというものだ。
すると、エアリアに近づいた男は、馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言う。
「新聞見たぜ。お前、大活躍じゃねえか」
「あん時の落ちこぼれとは思えねえな」
男の言葉に、エイドの眉がわずかに動く。
「聞き捨てならねえな。誰が男ぼれだって?」
「エイド、いいの――」
エイドは男を睨みつけながら言うと、エアリアは服を掴んで止める。しかし、男は構わず話を続ける。
「あれ、聞いてねえの?」
「こいつ、センスなさ過ぎて卒業に四年もかかってんだぜ!過去最低の記録を更新しやがったんだよ!笑えるだろ!」
男の不快な声に腹を立てたエイドは男に掴みかかろうと、一歩前に出ようとする。しかし、エアリアが掴む服で止められてしまう。
その手は、少し震えているような気がした。
「この新聞の記事も、こいつらのおかげなんだろ?」
「そうに決まってる。どうせ、体でも売って取り入ったんだろ?見た目だけは白金等級だもんな!」
「お前ら、いい加減に――」
「そうなんだよ~!!」
エイドが殴りかかろうとした瞬間、エアリアは大きな声で割って入る。
驚いたエイドはピタリと動きを止め、ゆっくりと振り向く。
「私一人じゃ、こんなことできるわけないじゃん!」
「やっぱそうだったのか!やっぱ、落ちこぼれは落ちこぼれだったな!」
笑われながら、作った笑みを浮かべるエアリアは、拳を握り、ただ罵倒に耐えるだけだった。
男たちは飽きてしまったのか、
「んじゃ、俺らはお前と違って忙しいから行くわ」
「せいぜい頑張れよ。落ちこぼれ」
と言って、その場を離れようとする。
「うん…………君たちも気を付けてね…………」
エアリアはこらえきれず崩れた笑みで、男たちに言った。
その顔を見たエイドは、真直ぐに男に向かって行く。
「あ~すんません。なんか背中についてますよ?なあ、ミネット?」
エイドは目でミネットに合図を送ると、その意図を理解して悪い笑みを浮かべる。
「あーホントだ。これなんだろうね。ちょっとじっとしててください。今取りますんで」
男たちは戸惑いながらも、エイド達の言われた通りにじっとしている。
すると、ミネットはフラムに目で合図を送る。フラムは、足元に透明の糸のようなものを見つけ、理解すると、その意図を踏む。
導火線のように炎が男二人に向かって行き、あっという間に服に炎が燃え移った。
「おい、どうなってんだ!」
「熱っ!何で火が!?」
戸惑う二人を見て、ミネットはは笑いをこらえながら、棒読みで説明する。
「わー。これ、火吹き虫じゃんかー」
「大変だ、火を消さないと。取り合えず荷物を下して――」
エイドはそう言うと、背中の荷物に手をかけるふりをして、男二人の服を掴む。そして、テーブルクロスを引き抜くように、勢いよく引き抜くと、下着以外綺麗に破けてしまった。
それを見ていた、並んでいる冒険者志願者は、ついにこらえきれず笑いを漏らす。
「てめえ、何やってんだ!」
「ごめんなさい、焦ってつい。そうだ、火傷するといけない。ヒスイ、水を頼む」
エイドは男の怒号を聞き流し、ヒスイに言った。
掌にこれでもかと水を作り出すと、容赦なく男二人に浴びせる。
びしょびしょになった二人を見て、その場は笑いに包まれた。
「て、てめえら、よくもやってくれたな!」
男の一人がエイドに掴みかかろうとした瞬間、足を何かに掴まれたように動かず、その場に転んでしまった。
男二人の足は、いつの間にかひものようなもので固く結ばれていた。
「どうなってんだこれ!?」
「お前何とかしろよ!」
二人は慌てて紐をほどこうとするが、これはミネットが用意した頑丈な紐。そう簡単に解けないし、斬ることもできない。
エイドはミネットの方を見て親指を立てると、それにこたえてミネットも親指を立てた。
「「ち、ちきしょう!覚えとけよ!!」」
男二人は、その場にいることに恥ずかしくなったのか、何度も転びながらその場を後にした。
すると、一連の騒ぎを見ていた冒険者志願者達から、エイド達に拍手が浴びせられた。
ミネットは「どうも~」と言いながら、皆に手を振る。
すると、受付の人から騒がないようにと、注意を受け静まり返ってしまった。
「見たか、あいつらのマヌケっぷり!」
思いだして笑いながらミネットは言った。
すると、フラムも楽しそうにミネットに言う。
「それにしても、流石だったな。あの一瞬で足に紐結ぶなんて」
「ふっふ~ん、あんなのおちゃのさいさいよ!ヒスイもナイス魔法!」
「もっとすごいのやっても良かったんだけどね」
物騒なことをさらっというヒスイに、エイドは冗談交じりに言う。
「ヒスイ、それじゃあ、あいつらが死んじまうぞ」
「ちげえねえ!」
フラムがそう言うと、四人は大きな声で笑い始める。そんな楽し気な皆にエアリアは聞いた。
「どうして、あんなことしたの?」
その問いに、四人の顔からは笑みが消える。
すると、エイドが不満そうな顔をしながら答えた。
「冒険者でうざかったから」
それに続き、ミネット、フラム、ヒスイも答えていく。
「生理的に無理だった」
「マヌケ面に腹が立った」
「調子に乗ってるのが頭に来た」
その問いを聞いて、エアリアはいつも通りに笑いながら、嫌味っぽく言う。
「何で理由が私じゃないのよ」
「それはついでだ」
「言ってくれるじゃないの」
冗談まじりに言うエイドに、エアリアは肩を軽く殴った。
すると、エイドはエアリアの方を見て、
「大体、お前は落ちこぼれなんかじゃない。お前は十分強いんだから、言い返してやればよかったのによ」
頭をチョップしながら言う。
エアリアは鬱陶しいハエを払うように、エイドの手を払い除ける。
それに続いて、気遣うようにミネットが言う。
「それに、知られたくない過去何て、誰にだって一つや二つあるもんだよ?」
「いいの。私一人じゃここまで来れなかったのは事実だし」
エアリアは笑いながら言うと、受付を待つ長蛇の列尾見る。
「まだかかりそうだね。退屈だから、私、ちょっと街の方を見てくるね」
「待て。ヒスイも連れてけ。お前一人で街をうろつかれたら探し出せなくなる」
「エアリアの御守りは任せて」
「私は五歳児か」
エアリアは不満そうにぼやくと、エアリアと共に街の方へと消えて行った。
しばらくして、街を一緒に歩くエアリアがやけに上機嫌なことに気が付いた。
「エアリア。ご機嫌だね」
「まあね~」
それ以上は何も言わず、エアリアは鼻歌を歌いながら、スキップ交じりに街を歩いた。




