63. 歌姫と村人
慌ただしい雰囲気だったが、席につき、何とか落ち着いた一同は、どこから話していいか戸惑っていた。
「え、ええっと、エイドとエリナさんはどういう関係なんですか?」
口元をぴくぴくとさせながら、引きつった笑みを浮かべるエアリアは、目の前でエイドにベッタリくっついているエリナに聞いた。
「見ての通り、相思相愛よ?」
「どこがだ。てか、べたべたすんな」
「いいじゃない。将来を約束した仲なんだし!」
「将来って――!?」
思わず大きな声を上げて立ち上がるミネットに、周りが冷たい目で見つめてくる。
その隣に座っていたミネットは、この状況を楽しむよう笑みを浮かべながら、エアリアを座らせた。
するとエイドは鬱陶しいそうに、大きなため息を吐きながら言う。
「最初から説明した方がよさそうだな」
そう言うと、エイドはエリナと出会った時のことを語った――
今から四年ほど前、スタルト村に一人の冒険者が訪れた。
椅子に座っているその姿は可憐だったが、それだけでオーラというか、存在感が全く感じられなかった。というのも、何か考え事があるのか、浮かない顔で俯いていたため、そう見えても仕方がない。
そう、今と姿は全く変わっていないが、彼女が当時のエリナだ。
周りの冒険者や村の人達は、何とか声を掛けようと出方を伺っていたが、その雰囲気になかなか手が出せないでいた。
しかし、そんなことを気にしない、デリカシーゼロの男が彼女前に立つ。
「おい、飯食わないならどいてくれ。席が空いてないんだ」
不機嫌そうな顔でエリナにそう言ったのは、エイドだった。
エリナは不服そうな顔をしながら、飲んでいたコップで目の前のテーブルをコツコツと叩く。
「前が空いてんだろ。座りたきゃ勝手に座りな」
「嫌だね。辛気臭い奴の前なんて、せっかくの飯がまずくなる」
「生意気だなお前。この私が誰だか知ってんの?」
エイドの態度に腹を立てたエリナは、鋭い眼光で睨みつける。刹那、一瞬にして建物内が凍り付くような冷気で満たされる。
そこで、周りにいた冒険者はようやく思いだす。彼女が白金等級者だということを。
巻き込まれることを恐れた冒険者は、一目散に建物を飛び出していく。
しかし、エイドは動じることなく、エリナを睨んでいた。
すると、次の瞬間には気の抜けた顔になって、
「さんきゅー、おかげで席空いたわ」
心にもないことを言うと、開いた席に座る。
そして、何事もなかったかのように、店長に料理を頼む。
そんなエイドの姿を見て、エリナは何やら文句を言いたげな表情をしている。席を立つと、料理をまつエイドの前に座る。
「なんだよ?」
「あんた、何者?」
「どっからどう見ても、ただの村人だろ。それ以外何に見えるんだ?」
「うそ。だって、あれだけの威圧に全然ビビんないし、何より、私がそうするように誘導したでしょ?」
「ああ。あんたのそれ、冒険者がつけてるランクみたいなやつだろ?しかも、ここら辺では全然見ないプレートだ。てことは、そのへんの初心者とは違ってそれなりに実力があるか、何か特別な称号を持ってるやつってことだろ?まあ、俺、冒険者嫌いだから詳しいこと知らねえし」
エイドの説明に、エリナは目を丸くしていた。
あの一瞬でそれだけの情報を得るだけでなく、推測まで的確だった。
エリナはまるで面白いおもちゃを見つけたかのように、笑みを浮かべた。
「君、面白いな。名前は?」
「冒険者に名乗る名前なんてねえ」
「私がここにいる間、飯代おごってあげるよ?」
「エイド・フローリア。一二歳、好きなものは――」
「ちょろいな」
エリナは思っていたことをそのまま口に出してしまった。
こうして、二人はしばらくの間共に過ごすことになった。
ある時は、共に魔獣を討伐し、ある時は、エリナに戦い方を教わり、ある時は、共に風呂に入った。
そんな日々が数か月続いた時だった。
風を感じながら、村の外を眺めるエリナは、隣に座るエイドに問いかけた。
「なあ、生きる意味ってなに?」
「なんだよ急に、哲学者にでもなるつもりか?」
「それも悪くないね」
いつもなら冗談に対してないか返すエリナだったが、何か雰囲気が違った。
「私、今やってることに疲れてここに来たんだ」
(そういえば、皆の前で歌と踊りを披露してたけど、あれが本職だって村長が言ってたっけ)
「今やっていることが正しいのかわからなくなって、途端に自分が何で生きてるのかわからなくなって、何がしたいかもわからなくなって――」
エリナは自分の膝を自分の胸に引き寄せ、うずくまるように小さくなった。
「私、生きてる意味あるのかな?」
その問いに、エイドはうんざりとした顔をしながら答えた。
「生きる意味なんて考えるからそんなことになるんだ。最初から考えなくていいんだよ」
「生きる意味がわからないまま生きてるなんて、それって、生きてるって言えるのかな?」
「じゃあ、お前には、今の俺が死んでるように見えんのか?」
「そんなことはないよ」
「そう。理由がなくたって生きていけるんだ。俺たち人間ってのは。それでも、生きる理由が欲しいって言うなら、作ればいいじゃないか」
「作るって、そう簡単に言わないでよ」
「お前は難しく考えすぎ。理由なんて適当でいいんだよ。明日は甘いもの食べようとか、明後日は散歩をしようとか。そのために今日を生きようって思えれば何でも」
「そんなんでいいのかな…………」
エイドの言葉にも曖昧な反応しかしないエリナに痺れを切らしたエイドは、その場に立ちあがる。
「俺はお前の歌が好きだ」
「は、はあ!?何を急に――」
「ダンスも好きだ。誰かを放って置けずに、手を差し伸べる優しさが好きだ」
「ちょっと、そんな恥ずかしいこと急に言わないでよ!」
顔を赤くするエリナは周りをきょろきょろと見渡す。すると、塀の下で話を聞いていたおじいさんが、にやにやと笑っている。そのせいで余計に恥ずかしくなったエリナは更に顔を赤くする。
しかし、エイドは止めずに続ける。
「そんなに生きる理由が欲しいなら、俺がその理由になってやる」
エリナは無邪気に笑うエイドの顔を見て思いだす。何故自分が歌を歌い、踊っているのかを。
目の前にいる少年のように、嬉しそうな顔を見たかったからだ。
「何度でもいうぞ、俺はお前の歌が、ダンスが好きだ。それは、きっと俺だけじゃなく、皆思ってる」
エイドはエリナの目を真直ぐ見ながら思っていることを全てぶつける。
「エリナの歌とダンスは皆を幸せにする。それはきっと、誰かの生きる理由なんだ。だから、俺もエリナの生きる理由になる」
エイドは銀色に輝くネックレスを外してエリナに渡す。
「これは?」
「母さんが誕生日にくれたものだ」
「それって、すごい大事なものじゃない!?」
「そうだ。だから、絶対に肌身離さず持っとけよ。そんで、ちゃんとした生きる理由を見つけたら返しにこい。それまで、それがエリナの生きる理由だ」
エリナは温かい言葉に思わず目頭が熱くなっていた。
受け取ったネックレスを付けると、エイドに笑顔で聞いた。
「どう?似合う?」
「ああ。俺がつけるより数倍にあってるよ」
今までぽっかりと開いた穴が埋まったような感じがしたエリナは、少しだけ微笑んだ。
この時、本人すら思ってもいなかったが、エイドに恋をしてしまったようで、村を出るまでの二か月の間、エイドは猛アピールを続けられることになった。
そして、村を出るとき、エリナはエイドにとあるものを渡した。
それは、魔法水晶のネックレスだった。
「これ、この前のお礼。肌身離さず身に着けて、それを見るたびに、私を思いだしてね♡」
「お、おう。ありがとよ…………」
苦笑いするエイドに対し、少し暗い顔をしながら、エリナは村を後にした――
「と、まあ、こんな感じで出会ったわけで、別に将来を約束した仲じゃねえの」
「そう、私達は運命によって引き合わされた特別な存在ってわけ」
エイドとエリナの話を聞いたミネットは、隣に座るフラムにこっそり聞いた。
「ねえ、エイドってもしかして…………」
「ああ、薄々そんな感じはしてたが、今ので確信したよ」
エイドが天然の女たらしだということに。
すると、運転手のアナウンスが車内に広がる。
『あと数分でグリンティアに到着します。お降りのお客様は、明日れ物のないよう、荷物をご確認ください』
過去の話をしているうちに、気づけば目的の駅の近くまで近づいていた。
「よし、みんな。こんなのほっといて、降りる準備すんぞ」
エイドは腕にしがみつくエリナを強引に引きはがしながら、その場の皆に言う。
「あ~ん♡そんな乱暴しないで~!でも、そんなエイドも……デュフフ……♡」
快楽に満たされたように唾液を口から漏らすエリナに、エイドはドン引きしていた。
すると、急に我に返ったように、エリナは何かを思いだした。
「そうだ、君たちにこれをあげる。エイドの大切な友人のようだしね」
そう言って懐から四枚の小さな紙を取り出して、それぞれに配った。
その紙は、華やかなデザインでエリナが一面に描かれていた。
「これって――!」
「そう、私のライブのチケットさ!うちは特等席とか無いから、優遇とかはできないけど」
驚くエアリアに、エリナは笑いながら説明する。
その話に、エイドの表情が曇っていく。
「ちょっと待て、ライブってどこでやるんだ?」
「グリンティアに向かってるんだから、そこでやるに決まってるでしょ」
エイドは大きなため息を吐きながら、その場に項垂れてしまった。
この先どうなってしまうのか、不安を抱えながら、エイド達はグリンティアの地にたどり着いた。




