59.新天地を目指して
翌日、準備を終えたエイド達は村の皆に挨拶をしていた。
「それじゃあ、ありがとな、みんな、それに村長さん!」
「せっかちじゃのぉ、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「冒険が私達を呼んでるので、のんびりはしてられないんです!」
ワクワクと目を輝かせるエアリアの顔を見て、エアリアがどういう人なのかを村長は知ったような気がした。
すると、遠くから誰かが走ってくる音に気が付いたフラムは、遠くを見る。
みんなはフラムに気づき、同じ方向をみる。しばらくすると、それが誰なのか分かった。
「ケニーじゃん、そんなに慌ててどうした?」
衛兵を二人つれたケニーが慌てて向かってきていたのだ。
「どうしたじゃないですよ!まだお礼もちゃんと言ってないのに!」
「別にいいよ。前の国の王様も堅苦しくてしつこかったし」
「お前はただ城の修繕費請求されるのが怖いだけだろ」
フラムに心を読まれたかと思うほど、図星を突かれたエイドは全身を震わせ驚く。
すると、ケニーは笑いながら言う。
「恩人からそんなものはいただきませんよ!」
ケニーは改まった様子で頭を下げた。
「この度は、我が国を救っていただき感謝します。このご恩は一生をかけて返していくつもりです」
エイドとエアリアはお互いに顔を見合わせ、戸惑っていた。
すると、エイドは少し面倒くさそうに言う。
「だから、その堅苦しいの止めろよ」
「ですが、私はこの国の王で――」
「王なんて知らねえよ。それ以前に、俺ら友達だろ」
その言葉に、ケニーは驚いていた。
この人たちは、友達のためにこの国を救ったに過ぎない。だからこそ、当然のことをしただけで、礼など求めてはいないのだ。
それに気が付いたケニーは思わず笑ってしまった。
「そうでしたね。今の僕には何もできないけど、エイドさんが困った時は、全力で力になりますから」
ケニーはエイドに握手を求める。エイドも笑ってそれに応じた。
「ああ。今度来たときは死ぬほど飯食わせてくれよな」
「はい!是非!」
二人は友情を確かめ合うように固い握手を交わす。
挨拶を終えたエイド達は魔導車に道具を詰め込み始める。
宿屋に預けていた魔導車は奇跡的に無事だった。宿屋の主人が命がけで守ってくれたらしい。
すると、少し寂しそうな顔をしながらミネットが近くにやってくる。
「みんなには助けられたよ。本当にありがとうね。次あった時は飯おごらせてくれ!それまでに料理の腕上げとくからさ!」
ミネットは力こぶを見せつけるように話す。
エイドは話が飲み込めないのか、首を傾げている。すると、エイドは隣にいるフラムに合図を送る。
フラムは黙ってミネットに近づいていく。
「え?ちょっと、何すんの!?」
フラムはミネットを軽々と担ぎ上げると、魔導車の方へ運ぶ。
「ちょっと、これどういうこと!?」
「どうもなにも、お前も行くんだよ」
「はぁ!?私は、村を守んなきゃ」
「心配ねえよ。皆見て見なよ」
ミネットはエイドに言われるがまま、後ろを見る。村の人達の目つきは、頼もしい目つきに変わっていた。
それを見たミネットは、ようやく気が付いた。この村は、私がいなくても大丈夫だと。
エイドは見送る村長の方を向き、大きな声で言う。
「村長!こいつ、連れてくぜ~!」
「好きにせえ!」
「村長!?」
止めてくれると思った村長の言葉に、ミネットは思わず声を漏らした。
「ただし、そいつを泣かせたときは、村の皆を集めて奪い返しに行くからな!」
「ああ!わかった!」
本人の意見を無視して話が進められていくことに、ミネットは諦めたのか大きなため息を漏らした。
「わかったよ、お前らの冒険に付き合ってやる!だから、降ろして!恥ずかしいから!」
ミネットはおしりを隠しながら、顔を赤くしている。
強引に魔導車に乗せられると、窓の中から皆に手を振る。
それに笑顔で手を振り返すココ。
「よかったのか?」
村長は隣にいるココに確かめるように言った。
こうなるとは思ってもいなかったが、ミネットがエイド達と行くように勧めていたのはココだった。
「うん、だってお姉ちゃん、あの人達といるとき、凄い楽しそうだったもん。それに――」
ココは過去を思い出す。それは、ミネットが姿を消してしまった時のことだった。
しかし、今はあの時のように、消えてしまうような、悲しい気持ちにはならなかった。何故なら――
「今回は、絶対に帰ってくるって信じられるから」
優しい笑顔に見送られながら、エイド達は村を後にする。
こうして、この国の事件は幕を下ろした。
村を出てすぐ、落ち着いたミネットはエイド達に聞いた。
「で、これからどこに行くんだ?」
その言葉で、みんなはどこに行くか決めていなかったことを思い出す。
ミネットは呆れたようにため息を吐くと、ある紙を取り出して提案する。
「じゃあさ、ここから北の国、《グリンティア》に行こうよ。そこで、もうじき冒険者採用試験が行われるんだ。私、冒険者の資格持ってないからちょうどいいと思って」
ミネットが出した紙には、冒険者採用試験が行われる日時、そして場所が記載されていた。
話を聞いたエイドは、明らかに不機嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。
「けっ。お前も冒険者になりてえのか」
「いいじゃんかよ。この中で冒険者の資格持ってるの、エアリアだけなんだろ?旅には金がかかるんだ。取っといて損はねえだろ?大体、なんでそんなに冒険者が嫌いなんだ?」
ミネットは呆れたようにエイドに聞いた。
すると、エイドはしばらく黙ったあと、退屈そうに座席に横になった。
「嫌いなもんは嫌いなんだ。深い意味はねえよ」
それを浮かない顔で聞いているヒスイ。それに気がついたエアリアは何かあったのかと、余計に気になってしまった。
しかし、エイドは話題をすり替えるようにフラムに言った。
「ていうか、お前のその剣、なんか新しくなってねえか?」
「ああ。これは敵から奪った戦利品だ」
「強盗みてえなことしてんな」
「折角の神機なんだ、使ってやらねえともったいねえだろ」
「へえ、それも神機なのか~俺にも貸してよ」
「嫌だ」
「いいじゃん!」
「嫌なものは嫌だ」
「ケチ!マッチ棒!」
「うるせえ!」
そんな他愛の話をしながら、一向は次の目的地に向かうのだった。
その日の夜。
ラットワップ城下町の路地裏。
人の気配はなく、とても静かな夜。
一人の女性に、二人の男が言い寄っていた。その手にはナイフが握られていて、女性は酷く怯えている。
「マスターが捕まっちまったが、逆に言えばこれで自由の身だ」
男の首筋には道化師のタトゥーが彫られている。《狂った道化師》の残党だ。
男は息を荒げて女性に寄っていく。
「俺はな~弱い奴をいたぶるのが大好きなんだ~。その服ひん剥いて遊んでやるから、いい声聞かせてくれよ~?」
女性は恐怖で言葉も出ず、その場に座り込んでしまう。
と、その時だった。
「楽しそうだね。僕も混ぜてくれよ」
後ろから声が飛んでくる。
そこには腕を組んで立つサマダの姿があった。
「ああ?なんだおまえは?」
「そんなのどうでもいいだろ?僕も好きなんだよね~、自分よりも弱い奴いたぶるの。それも、吐き気がするような、くそ野郎なら更にいい」
サマダは男二人に歩み寄る。すると、ようやくサマダが冒険者であることに気が付いた男二人。
「チっ!残党狩りにでも来たか!?正義のヒーロー気取りのとこ申し訳ないが、こっちは二人だぜ。この状況理解できてるか?」
「うん、君たち二人がかりで、か弱い女の子をいじめてる。それ以外になんかあるの?ていうか、面倒くさいからさっさと来なよ。それとも、こっちからいった方がいいかな?」
両手を広げ、余裕の笑みを浮かべるサマダに男たちは苛立ちを募らせている。
一人の男が怒りを爆発させ、雄たけびと共に突撃する。腰に付けたナイフを構え、サマダの腹目掛けて一直線。
しかし、サマダは何もしない。いや、何もする必要がなかったのかもしれない。
男のナイフがサマダの腹に届くまであと数センチだった。
――グシャッ!!と、肉と骨がねじ切れる不快な音が響いた。
「ぐああぁあああぁあああ!?」
男は腕を抑えながら、大きな声を上げその場に倒れこむ。男の腕はまるで何か物凄い力でねじられたように、ぐしゃぐしゃになっていた。
「野郎!!何しやがった!?」
もう一人の男は、サマダを警戒し、後ろに下がる。そして、女の背後に立ち、首元にナイフを当てる。
「来るな!こいつがどうなっても――」
直後、人質を取った男のナイフが一瞬にして粉々に砕けた。
何が起きているか理解できない男は、恐怖のあまり、その場に座り込んでしまう。
「さあ、お嬢さん。今のうちに逃げな?」
「は、はい!ありがとうございます!」
女性は急いでお礼を言うとその場を走り去ってしまった。
「て、てめえ!何者だ!?」
「僕?僕は――」
サマダが一歩踏み出した瞬間、男は後ろの壁に大の字になって激突した。
「通りすがりの冒険者さ」
サマダは呟くように言うと、路地裏を後にする。
そして、腰のポーチにしまっていた、手紙のようなものを宙に投げる。
宙にひらひらと舞う手紙を目で追いながら、パン!と両手を合わせる。
瞬間、目の前の手紙は一瞬で消え去ってしまった。
「さてと、エイド達も本格的に足つっこんだことだし、そろそろ動くとするか」
サマダは自分に言い聞かせるように言うと、一歩踏み出す。
しかし、そこにサマダの姿はなく、ふわりと風を巻き上げ消えてしまった。




