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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第二章:囚われの猛獣編
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56. 正義の対立

 禍々しい魔力を放つクラウンは、ほぼノーモーションでエイドとの距離を一瞬で詰めた。

 目で追いきれなかったミネットはわずかに反応が遅れる。

 しかし、エイドはわかっていたかのように剣でナイフを受け止める。

 正面から受け止めた斬撃は、エイドの背中に切り傷を付ける。魔法の仕組みがわかっていても、体が勝手に反応してしまう。

 これがこの魔法の厄介なところだ。簡単故に反応ができない。

 エイドはすかさず反撃の剣を振るが、肩をかすめただけで、いともたやすくかわされてしまう。

 宙に舞うクラウンを、エイドの背後に隠れていたミネットが飛び出し、首を狙って短剣を振る。

 しかし、クラウンは避ける動作は一切しない。

 ミネットの短剣は、クラウンの首に直撃し、首の三割を切り裂く致命傷を与える。同時に、クラウンは回転しながらミネットの背中に踵落としを決める。

 腹に唐突に現れた鈍い痛みに、ミネットの動きが止まる。

 クラウンは着地すると、動きが止まっているミネットの頬を裏拳で殴り飛ばす。

 吹き飛ばされたミネットは、壁に激突してとまると、休むことなく、《加速(ラピッド)》で再び突撃する。それに合わせて、エイドはクラウンの背後から襲いかかる。

 同時に迫る二人に、クラウンは余裕の笑みを浮かべていた。

 向かってくるミネットに、魔力で作り出したナイフを投げ飛ばす。同時に、迫るミネットにナイフで斬りかかる。

 すると、斬りかかっていたエイドは、何かを感じ取り、咄嗟に剣を振る。キン!と金属がぶつかる音がなると、ミネットに襲っていたナイフが真横に弾け飛んだ。

 ミネットはナイフを交わすために、減速していた。そこへ、ナイフを構えたクラウンが全速力で迫ってくる。

 クラウンのナイフがまさに、腹に刺さる寸前、ミネットはまるで早送りしたようなあり得ない動きで、ナイフを交わし、クラウンの背後に回ると、二回斬りつける。

 切り終えると、エイドを抱えて、一気に距離を取る。


「ごっほ!がはっ!はぁ………はぁ………」


 膝をついて、咳込み名がら息を荒げるミネット。

 エイドは喋ることはできないが、ミネットの背中に優しく触れ、心配する。


「大丈夫……《加速》を一気にかけすぎただけ……」


 《加速》は、身体機能を加速させることで、常人よりも素早い動きをする。しかし、意識を加速させることはできないため、体の加速に意識の速さがついてこれない。そうなると、通常の倍以上で呼吸をしなければならないのに、通常時のまま呼吸をする。だから、酸素を取り込めなくなり、このような減少が起きる。

 その反動がミネットに襲いかかったのだ。

 ミネットはゆっくりと立ち上がると、クラウンを見る。

 血をダラダラと流すクラウンの傷が徐々にふさがっていく。首の傷も、ミネットがつけた傷も感知してしまったのだ。


「今なんかした?」


 笑いながらミネットにいうクラウン。


「チッ!まじでバケモンになっちまったのか」


 苛立ちを含んだ口調でいうミネットに、エイドはクラウンをよく見るように合図する。

 すると、ふさがった傷の中に、一つだけ傷が治っていないものがあった。


「ああ?なんだ?傷が塞がらねえな」


 クラウンも何があったかわからない様子だった。それは、肩をかすめたエイドの攻撃だった。

 エイドはミネットに錆びついた聖剣を見せる。


「まさか、その剣ならダメージを与えられるのか?」

 

 可能性が見えたミネットは少し明るい表情になる。

 エイドはうなずくと、「俺が攻撃する。合わせろ」と、ジェスチャーを送る。 

 ミネットはなんとなくその意味を理解し、二人は剣を構える。


「ああ……ああ、ああ、ああ、ああ!!本当に、お前はイラつくな!!」


 自分の思い通りにならないことに、苛立ちを隠せないクラウンは、声を荒らげながら、滅茶苦茶に攻撃を仕掛けてくる。

 エイドを集中的に攻撃しながら、クラウンは続ける。


「お前らは正義を語り、俺らからすべてを奪う!知らねえだろ、俺らがどれだけひどい境遇にいたか、その中で、俺らが幸せに生きてこれたか!だから、お前らが何も奪えねえように、俺らが正義になる国を作る!それには、お前らが邪魔なんだよ!!」


 怒号とともに発せられた魔力に、エイドは吹き飛ばされてしまう。

 ミネットは加速し、エイドの背後に回って受け止める。


「大丈夫か!?」


 エイドは、問いかけに答えることなく、口を閉じてもごもごとしている。

 すると、口いっぱいに含んだ血を吐き捨て、ミネットにいう。


「おい、さっきの《加速》俺にかけられるか?」


 エイドは舌をわずかにかみ、そこから血とともに毒を吸い出したことで、なんとか舌を動かせるようにしたのだ。


「バカ言え!いくら抗体を持っていても、毒の周りも加速する!今のお前じゃ、一分ももたな――」

「うるせえ!できるかどうか聞いてんだ!」


 ミネットの言葉を遮り、怒鳴るエイドは更に続ける。


「俺は、あいつを死んでもぶっ飛ばす!!」


 執念にも似たような気迫に、ミネットは渋るように言う。


「できる。でも、私の魔法は対象を見たり、近くに感じていないと、他人に付加させることはできない。ありったけをかけるなら、私が認識できるよう近くにいないと……」


 すると、エイドは自分の背中を指さした。


「しがみつけ。それなら問題ないだろ?」

「本気で言ってる?私を背負ったっまま、まともに動けると思ってるの?」

「お前が重ければ無理だろうな」

「失礼ね!私はこうみえてもスタイルが――」


 ミネットの言葉を遮るように、二人の目の前にクラウンが迫る。

 エイドは、咄嗟にミネットの腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。


「時間がねえ!」

「…………ん~ああ!もう、分かった!ただし、死にそうになったらすぐ止めるから!」


 目と鼻の先に迫ったクラウンを睨みながら、エイドは答える。


「問題ねえ!」


 刹那、エイドはクラウンの横を通り過ぎ、背後に回っていた。

 気がつくと、クラウンは両肩から鮮血が吹き出していた。

 反応に遅れたクラウンは、後ろを振り向く。

 そこには、死にかけているはずなのに、今にも噛みついてきそうな猛獣が二匹、こちらを睨みつけている。

 充血からか、瞳孔を赤くするエイドはその眼光を光らせる。

 直後、クラウンの動体視力では到底捉えられない速さで、エイドはクラウンに斬りかかる。

 しかし、クラウンは紙一重で、手に持ったナイフで受け止める。

 背中から血を流し、苦痛の表情を浮かべながらも、エイドに斬りかかる。捉えたはずのエイドは、虚空に消え、足に切り傷が生まれる。

 エイドは背後に回り込み、剣を強く握って、斬りかかる。

 完全捉えたと思っていたエイドとミネット。しかし、目で追えるはずのない二人を、クラウンが首を動かし、こちらを睨みつけている。

 あまりのさっきに、エイドは急停止して、クラウンの周囲を高速で移動し、相手の出方を伺う。

 そして、すきがおおきい右から回り込む。

 エイドはクラウンの胸めがけて剣を振った。だが、剣は届くことなく、きれいに受け流された。

 不気味に笑うクラウンの目が紫色にギラついている。

 それに気を取られたエイドはわずかに動きが止まった。

 動かなければ――そう思った瞬間には、クラウンのナイフの先が、右目に突き刺さろうとしていた。

 右目を潰される覚悟をしたエイドは痛みに耐えるため、歯を食いしばる。


「うんんぬううううう!!」


 両手両足でしがみついていたミネットが全体重を後ろにかけ、全魔力を使った《加速》で上体を後ろに引っ張った。

 腰が急激に曲がり、痛みに悶ながらも、エイドは咄嗟に地面に手をついて、クラウンの顎を蹴り上げる。

 動きが止まったすきにエイドは距離を取る。

 同時に、体が急に自分の反応速度に追いつかなくなる。足元がふらつき、その場に膝をついてしまう。

 直後、体が呼吸の仕方を忘れたかのように、呼吸が乱れる。

 背中にもたれかかっているミネットも、咳込み、呼吸が乱れる。


「欲しいなら奪い、殺したきゃ殺す。お前らが掲げる正義も似たようなもんだろ?善人を殺した悪人は

は死で償う。正義の名目で誰でも人を殺せる、素晴らしい制度じゃねえか。それが誰でも自由にできるようにする。殺されたのなら殺しても良い。奪われたのなら奪い返せば良い。目には目を、歯には歯を。これ以上ない公平で平等なルール聞いたことあるか?」


 呼吸を整えている二人に、歩み寄りながら、クラウンは問いかける。

 その問いに、エイドは怒りを含んだ口調で静かに答える。


「それのどこが正義だ。そんなもん、自分の我儘を正当化させるために言い訳にすぎねえだろ」


 エイドは立ち上がると、剣を構えて続ける。


「お前のやってることは、何もわかっちゃいねえガキの我儘なんだよ。そもそも、この世界に正義だの悪だのってのはありゃあしねえ。俺にとってお前は悪で、お前にとって俺は悪だ。

お前みたいなのが一番腹が立つ。自分の境遇を言い訳に、他人を傷つけることを正当化する」


 呼吸を整え、エイドはクラウンを睨みつける。


「どんな理由であれ、お前は仲間(ミネット)を泣かせた!大切な友達や仲間が傷つけるやつは、世界を敵に回そうが、誰であろうと俺は絶対に許さねえ!」


 後ろに背負われているミネットは、驚いたあと、少しだけ微笑んだ。


「お前、やっぱうぜえよ。ここで死ね」


 直線的な殺意に、エイドとミネットは再び身構える。

 さっきまでの速度より、明らかに速い速度で距離を詰めてくるクラウン。謎の注射により、急成長を遂げたクラウンは最大出力の《加速》にも対応しうるほどの反応速度と瞬発力を手に入れていた。

 ならば、今のエイド達にできることは一つだけ。


「ここで限界を超える。耐えろよ、エイド!」


 エイドはミネットの掛け声と同時に、全身に力を込める。力みからか、二人の目が紅く変化していく。

 目の前に迫ったクラウンのナイフをいなしては反撃していく。

 たったの数秒のうちに何十回もの攻防が繰り返され、どちらかが距離を取れば距離を詰めて追撃する。

 衝撃が部屋中に響き、壁に、地面に、天井にとヒビを入れていく。

 たった数分が、永遠に感じるほど意識が集中した攻防が繰り返される中、先に限界を迎えたのはエイドとミネットだった。

 エイドは呼吸を忘れ、毒が回り、目から血が流れ出す。

 ミネットはうまく呼吸ができず、意識が遠退いているのか、視界がぼやけ始め、腕と足に力が入らなくなっていた。

 このままでは負ける。気づいたエイドは勝負を仕掛ける。


「ミネット、根性見せろよ!」

「当たり前だ!こんなとこで死ねるか!」


 エイドは、剣を握る手に力を込める。聖剣は淡く光り、魔力が溢れ出す。

 その場で一回転し、水平に剣を振るうと、円を描くように斬撃が放たれた。

 クラウンは軽く飛び、容易に交わす。

 同時に、エイドも高く飛び、歯を食いしばっている。

 宙にい、大きく回転しながら剣を振る。

 剣から放たれた斬撃は、真っ直ぐにクラウンに飛んでいく。

 しかし、この空間では避けることが必要ないと、クラウンは避けずにまっすぐエイドを見ていた。

 そして、次の瞬間、目を見開き驚いていた。

 《加速》で回転速度を増したエイドは、次々に斬撃を飛ばしていく。

 それは、たったの一瞬で二、三十は放たれ、まるで斬撃の花火のようにエイドを中心に放たれる。


「『ブレイブエッジ・アトランダム』!!」


 クラウンは凝縮された時間の中で、一瞬にして斬撃の位置を把握し、安全なルートを探る。


「こんな子供だましが、俺に――」


 刹那、鉄骨が肩に落ちてきたような重く、鈍い痛みが走る。


(位置を見誤ったか!?)


 瞬時に安全な位置を把握し、右に飛ぶ。しかし、次は背中に同じように鈍い痛みが襲いかかった。


「がはッ!?」


 何が起きたかわからなくなったクラウン。瞬間、全身に四方から痛みが絶え間なく飛んでくる。

 次々と鉄の塊で殴られているような痛みに、クラウンの思考は追いつかなくなる。

 いかに動体視力がよくとも、この結界のなかではたりない。

 斬撃を見切れても、その攻撃が来る方向は逆になる。それを全て判断し切ることは、いくら魔法に慣れているとは言え難しい。

 更には、次々と降り止むことのない斬撃。


(これは……判断が追いつかない……!)


 全身に浴びせられる攻撃に、クラウンは耐え続ける。自分には再生能力があるからと、相手の体力が尽きるのを待つ。

 しかし、その望みは一瞬で絶たれてしまう。

 どういうわけか、切り傷ではないものの、衝撃によるダメージが回復しない。

 次々と蓄積されるダメージに、クラウンの意識は次第に遠のいていく。

 エイドの斬撃がピタリと止まった。その頃には、クラウンの意識はすでに消え失せていた。同時に、周囲の空間がゆらぎ、数秒後には上下左右がもとに戻っていた。

 力を出し切ったエイドは全身に力は入らず、真っ逆さまに落ちていく。

 背中に捕まっていたミネットは、最後の力を振り絞り、腰に隠していた、返しの付いた針を天井に投げつける。

 針にはワイヤーのようなものがついていて、地面スレスレで止まる。


「はぁ……はぁ……ギリギリセーフって、おい!大丈夫か!?」


 エイドは手足をぶらぶらさせ、呼吸もままならない。全身からの出血もひどく、生きているのも不思議なくらいだった。

 今回ばかりは、死を覚悟していた。これだけの無理をして、無事に助かるはずがない。

 定まらない視界の端で、ミネットが意識のないクラウンの体を探っている。

 そこで、エイドの視界は真っ暗になった。

 


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