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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第二章:囚われの猛獣編
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55. 結界陣

 体中に浅い切り傷を作りながら、止まることなく浴びせられる攻撃をなんとか防いでいるエイド。

 苦戦するエイドの表情を見ながら、左へ右へと素早く動き、幻覚を利用しながら翻弄するクラウンは楽しそうに追い詰めていく。

 

「おいおい、さっきまでの威勢の良さはどうした!?」


 不気味に笑いながら攻撃を仕掛けてくるクラウンに、エイドは剣を振って牽制する。

 

「まだまだこっからだ……!」


 自分を奮い立たせるように声を上げると、逃げるクラウンい追撃する。

 しかし、剣を振るった相手は、空気に溶け消えてしまう。瞬間、背後に気配を感じ取ったエイドはそのまま水平に一回転するように剣を振る。

 背後には驚いたクラウンが、急停止している。

 剣の切っ先がわずかにクラウンの頬をかすめ、薄っすらと血を流す。

 すかさず、後ろに飛んで距離を取ったクラウンは、舌打ちをしながらエイドを睨む。


「お前、今何した?」


 エイドは鼻で笑いながら答える。


「ようやく、お前の気配の感覚つかめてきたぜ」


 エイドのこの言葉は、決してでまかせで言ったものではない。五感を捨てて、魔力の感知にのみ特化させたのだ。

 その結果、五感によって狂っていた感覚がなくなったことで、純粋にクラウンの魔力を感じ取ることができるようになっていたのだ。

 思いつきでできるような芸当ではない。それを、エイドは無意識でやってのけたのだ。

 クラウンは鬱陶しそうにため息を吐く。


「本当に、お前は鬱陶しいな」


 少し怒りを含んだ口調でエイドにナイフを投げる。

 エイドは剣で弾くと、ナイフは遠くへ弾かれ、地面に突き刺さった。


「まあ、これで終わりだから、別にいいけど」


 不気味に笑いながら、クラウンは見えない何かを思い切り引っ張った。

 何が起こったのかわからなかったエイドだったが、命の危機がそうさせたのか、無意識のうちに《第六感》を全力で発動させた。

 意識が部屋全体に広がっていくような、些細な音も、振動すらも感じる。

 そして、気が付いた。クラウンは幻覚で隠していたが、手には細いワイヤーのような糸の束が握られていた。

 全方位から聞こえてくる、風を切る音。

 周囲に散らばったナイフには、糸が仕込まれていたのだ。それが、クラウンが糸を引いたことによって、一斉にエイドめがけて飛んでくる。

 刹那、意識が部屋全体に広がり、溶けていく感覚がした。

 飛んでくるナイフの本数、距離、形、全てがわかっていても、体が追いついてこない。

 全てを弾き落とすことはできないとわかったエイドは、目の前のナイフを大きな一振りで全て弾き落とす。

 しかし、背後から飛んでくるナイフには対応できていない。


「終わりだ」


 水が広がっていくように、口元を歪ませ、笑みを浮かべるクラウン。

 しかし、エイドは余裕そうな笑みを浮かべている。


「そうでもねえよ」


 背後から飛んでくるナイフには目もくれない。

 すぐそこまで迫るナイフ。しかし、そのナイフはエイドに刺さることはなかった。

 キンッ!とナイフが弾かれる音とともに、ふわっと軽い足取りで着地する人影。

 エイドは、さっきナイフを探知したとき、正体に気がついていた。


「助かったぜ!ミネット!」


 ナイフを弾いたのは息をふぅ!っと吐いて、呼吸を整えているミネットだった。


「なんとか間に合ったな!ッて、かなりボロボロじゃんか。大丈夫か?」

「なんてことねえよ……」


 強がるエイドの瞳を見て、ミネットは確信した。


「毒くらってるな。あともって、三十分ってとこかな」


 驚いた顔をするエイドに、未ネットは端的に説明する。


「瞳孔が小刻みに揺れてるし、手が震えてる。それに、耳からの出血。これはヴェレーノスパイダーの毒が回っている証拠だ。この毒は体内に入って五分で命を落とすって言われてるんだけど、なんで立ってられるの?」


 エイドはミネットに言われて初めて気がついた。耳を触ってみると、ねっとりと血が指に絡みついてくる。

 言われてみれば、右耳の聞こえが悪い気がする。体力の限界も近いと思っていたが、まさかそこまで限界が近いとは思っていなかった。


「ガキの頃に毒で死にかけた。多分抗体でもあるんじゃねえか?」

「そう。まあ、いいさ。急いで蹴りつけて、解毒しないと、まじで死ぬよ」


 ミネットは短剣を両手にもち、クラウンを睨みつける。

 クラウンは頭をワシャワシャと掻きむしりながら、苛立っていた。


「どいつもこいつも、邪魔なやつばっかりだな……」


 クラウンは大きなため息を吐いて、二人にいう。


「面倒だ。そろそろ本気出させてもらう」


 全身の力を抜いて、続ける。


「展開陣って知ってるか?魔法の効果を広げる高等魔法だ。だがな、これには更に上のランクがあるんだぜ」


 エイドはその話を聞いてジェラードのことを思い出す。

 確かに、あれは魔法の範囲が、体から数メートルの範囲だったが、部屋の床に魔法陣が広がり、魔法の範囲が広がる驚異的なものだった。


「展開陣は平面でしか広げることができない。だが、それを空間全体に反映させることができたらどうだ?」


 その言葉を聞いたエイドはわずかに表情をこわばらせる。

 クラウンは自分の目の前に手を構えると、勝ち誇ったように笑う。


()()()『ミラーワールド』」


 刹那、クラウンの足元から、一気に部屋全体に魔力が張り詰める。同時に視界がゆらぎ、安定したと気づいた瞬間に、エイドは目を疑った。


 自分が天井に立っていたのだ。


 周囲を見渡すと、まるで全てが左右反転されたようになっていた。

 後ろにいたミネットも、天井に足を付き、まるで猫が威嚇するように、地面スレスレまで体を低くしている。


「驚くことねえだろ。さっきまで散々見てきた幻覚みてえなもんなんだからよ」


 エイドたちと同じように、天井に立っているクラウンは、ナイフを手の中でくるくると回している。

 

「まあ、今までのとは少し違うけどよ」


 体を左右にだらしなく揺らし、攻撃の軌道を読ませないようにしながら、身を低くして突撃する。

 エイドの横を通り過ぎたクラウンはまっすぐにミネットを狙う。

 しかし、ミネットは常に警戒をしていたため、短剣でクラウンの斬撃を防ぐ。 

 金属がぶつかる音とともに火花が散る。


 ――刹那、ミネットの背中から血が吹き出した。

 

 何が起きたのかわからないエイドとミネットは目を見開き、驚いている。対して、クラウンは不気味に笑みを浮かべている。

 エイドはクラウンを引き離すために、すかさず剣を振る。

 体を大きくそらして、バク転をしながら距離を取るクラウンは、ナイフを振って血を払う。


「言うの忘れてた。反転したのは、見えてる世界だけじゃない。ダメージそのものも反転してる」


 エイドはクラウンを警戒しながら、負傷したミネットを気遣う。


「おい、大丈夫か?」

「あんたに比べればなんてことない。それに、私毒効かないし」


 こいつも大概に丈夫だなと、エイドは心の中で思ったが、言葉には出さなかった。

 しかし、この状況は非常にまずい。

 二体一という、数で有利になったにも関わらず、相手の魔法に翻弄され、逆に追い込まれてしまった。


「さて、この状況、どうしたもんか……」


 苦笑するミネットに、エイドは息を整えていう。


「なあ、俺に命あずけられるか?」


 突然の質問に困惑するミネット。


「いきなり何言い出すの?毒が回ったのか?」


 ミネットはエイドの目を見て言う。その目は、すでに見えていないのか、光を失っていた。


「わかった。何するか知らないけど、策があるっていうならのってやる」


 エイドはその言葉を聞くと、笑みを浮かべて目を閉じた。

 どうせ見えないのなら、見る必要もない。耳も聞こえにくくっているのなら、音に集中する必要はない。嗅覚も、肌の触感も感じなくなってきている。舌もしびれてきた。

 なら、今感じ取れる感覚に全てを委ねるしかない。

 暗闇の中に立っているような感覚がエイドを支配する。

 しかし、不思議と周りの状況がよく見える。

 部屋の距離感、ミネットの位置、息遣い、緊張感。

 そして、クラウンが放つ、異色な魔力が、目に見えるように感じ取れる。

 クラウンは目をつむるエイドに呆れたように言う。


「なんだ?諦めちまったか?なら、望み通りお前から殺してやるよ」


 急加速するクラウンに、エイドは動かない。

 動こうとしないエイドを守るため、ミネットが前に立とうとしたその時、エイドが腕でミネットを抑える。

 そして、目の前にクラウンが迫った瞬間、エイドはクラウンに背を向けて剣を振った。

 瞬間、虚空を切ったはずの斬撃は、迫ってきたクラウンの肩をかすめ、鮮血を吹き出させる。


「ッ――!?」


 完全に意表をつかれたクラウンは、一度距離を取る。

 しかし、そこへミネットが距離を詰める。

 振りかぶった斬撃をクラウンに繰り出すが、最小限の動作で交わされる。続けざまに、短剣で斬りかかるミネットは、距離をとるクラウンに詰め寄ると、短剣に魔力を込め、斬撃にして背後へ飛ばす。


猫飛爪(びょうひそう)!!』


 すると、背後に飛んだはずの斬撃は、何もない空間で弾けとぶ。

 同時に、目の前では衝撃に顔を歪めているクラウン。

 その背後から、エイドが剣を振りかざし、襲いかかっている。

 舌打ちをしながら、エイドの剣の平にナイフを当てながら、体をひねって攻撃を受け流す。

 回転によって受け流された斬撃は、地面を斬り裂く。

 しかし、斬撃のあとは、エイドが斬った場所とは真逆の位置にできていた。

 クラウンは、地面に着地すると、すかさず、隙だらけのエイドの顔面にナイフを突き刺そうとする。

 そうはさせないと、ミネットは《加速(ラピッド)》で自分を加速し、クラウンの背中を斬りつける。

 背中を斬られたはずのクラウンは、胸のあたりから血を吹き出す。

 痛みのあまり、動きが一瞬止まったクラウン。

 ナイフの直撃を間逃れたエイドは、勢いそのまま足元に剣を足元に突き刺し、腕で体を持ち上げると、体を捻り、クラウンの顔面に蹴りを入れる。

 右の頬を蹴られ、左に飛ぶはずのクラウンは勢いよく右へ飛んでいく。

 地面を一回はね、体を起こすクラウンは、蹴られた方とは反対の頬を腫らしている。

 それを見たミネットはクラウンの魔法について理解した。


「聞こえるかエイド。あいつの魔法について分かったぞ」


 エイドは息を整えながら、かろうじて聞こえる耳で聞く。


「一つ目に、魔法や魔力は、空間を対象に効果が反対になる。だから、エイドがさっき斬った斬撃が反対にいたクラウンにあたったし、私の斬撃が反対側にいたあいつにあたった。でも、自分に効果を与える魔法はこれの対象外っぽい。《加速》使えたし。

 もう一つは、物理攻撃は、攻撃した対象の中心を軸に反対に効果が現れる。私が正面から斬られて背中に傷ができたのはそういうことだ」


 声を出せないが、エイドはそういうことかと、うなずいていた。

 ミネットはエイドが理解したとわかると、ふらついているクラウンに再び警戒する。その最中、ミネットは横にいるエイドに目を向けた。

 ここにいるエイドという男は一体何者なのだろうか。

 何も合図をしていないのに、自分が望んでいた行動をとり、自分が攻撃しなければいけないタイミングが手にとるように分かってしまう。更には、これだけの毒を受けながらも、ここまで動くことができる。


(こいつ、なんか気持ち悪いな)


 ミネットは心のなかで思いながら、エイドを見る。

 エイドは目をつむりながらも、まるで聞こえていたかのように落ち込んだような顔をしていた。

 その時だった。


「ああ~!どいつもこいつも、なんで邪魔ばっかしやがる!?なんでこーも思い通りにいかねえ!!」


 クラウンは頭をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら、怒りのままに叫び始める。

 すると、服の中にしまっていた注射針のようなものを取り出す。

 容器の中には、気味悪く光る紫色の液体。それを、躊躇なく自分の首に突き刺した。

 一気に体内に流れ込んだ液体。同時に、クラウンの体は一瞬波打ったように全身を大きく動かし、ぐったりとうなだれている。


「なんだ?」


 姿勢を低く、相手の出方を伺うミネット。しかし、手の震えが止まらないことに気がついた。

 その隣で、息を荒げているエイド。二人の限界は、すでに目と鼻の先にまで迫っている。

 

「薬の効果が切れ始めてる……まずいな……」


 ここに来る前、ミネットはココにある薬を取ってくるように言っていた。その薬は、一時的に体のダメージも疲労も感じなくさせるものだった。

 しかし、ダメージと疲労がなくなる訳では無い。当然、薬の効果が切れれば、それ相応の反動が押し寄せる。そうなれば、きっと今、立つこともままならないだろう。

 そうとわかれば、すぐにでも決着をつけなければならない。

 ミネットは《加速》を自分にかけ、クラウンとの距離を詰める。

 目の前に迫ったミネットは一気に力を込めて斬りかかった――

 

 ヒュン――!

 

 目の前にいたクランが突如消えたのだ。刹那、背後を蹴られたことに気がついたミネット。しかし、衝撃は腹に襲いかかる。


「クッ!」


 宙で回転しながら、着地するミネット。顔をあげると、さっきまでの雰囲気とは全く異なるクラウンが、息を荒げていた。

 それだけではない。胸にあった傷も、あちこちにあった切り傷も、失ったはずの指も、全てが再生していた。


()()()()の思い通りになるのは気に入らねえが、お前らを殺せるならまあいいか」


 両手を広げ、愉快に笑うクラウン。しかし、その姿に、気配にエイドとミネットは冷や汗を流す。

 クラウンから発せられる魔力が、蛇のように二人に絡みついている。

 一歩でも動いたら殺される。そんな気迫が、クラウンから伝わってくる。


「今のお前らにできることは、精一杯の命乞いか、ピエロ見てえに戯けて死ぬかだ」


 ナイフを何もない空間から作り出し、手の中でくるくると回すクラウン。


「せいぜい楽しませてくれよ」

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