50. もう一つの姿
一方その頃、フラムとグリズリーの戦いは激しさを増していた。
その様子を、草むらに隠れて見ている村長とココを含む村人たち。
村人たちは、ばれないようミネットの治療を進めていく。しかし、これだけの重傷を負っては、時間がかかる。
「ミネットお姉ちゃん……」
ココは心配そうに涙を浮かべながら、ミネットの手を握っている。
その横で、フラムとグリズリーの戦いを見ていた村長は、拳を握り悔しそうにつぶやく。
「くそ、わしらもなにか出来ることはないのか!?」
その時だった。
「引っ込んでろ……私の問題だ……」
いつの前にか目を覚ましたミネットは、消えそうな声でそう言った。
「ミネット!」
「ミネットお姉ちゃん!」
二人の声を聞いたミネットは顔には出ていないが、驚いていた。
「ココ……それにみんな……早く逃げなよ……ここは危ない……」
「嫌だ!!私、もうお姉ちゃんと離れたくない!大事なものを失いたくない!」
ココは大粒の涙をボロボロと流しながら、ミネットを見つめる。
その言葉を聞いたミネットは、自分の目的を思いだす。
(こんなところで寝てるわけにはいかない……)
ミネットは無理に起き上がろうとするが、痛みで思うように動かない。
「無理をするでない!今、皆が治癒魔法をかけているところだ!」
「通りで、少し楽になったわけだ……みんな、ありがとうね……」
治癒魔法をかける村の人達は、集中して声を出す余裕もなく、ただ頷いていた。
すると、ミネットはココに視線を移す。
「ココ、大事な話がある」
「なに!?なんでも言って……」
「村の裏にある崖の上、そこに私の隠れ家がある……そこから薬を持ってきて欲しいんだ。確か、キッチンの棚に入っていたはず……」
「わかった!それを持ってくればいいんだね!」
「ああ……頼む……」
ココは勢いよく草むらを飛び出す。
「ミネット、お主何を考えて……って寝とるし……」
ミネットはココを見送った後、安心したように眠りにつく。
村長は呆れた様にため息をついた。
しかし、危険が去ったわけではない。今も、村ではフラムとグリズリーが戦っているのだ。
「『不知火』!!」
フラムが声をあげ、剣を振るうと、ゆらゆらと無数の触手のような炎がグリズリー目掛けて襲う。
「がっはっは!効かんと言っているだろう!」
グリズリーは両腕に力を込め、腕を前で交差させる。
みしみしと筋肉が音を上げ、徐々に固くなっていく。鉄のように固くなった腕を、勢いよく開くと、フラムの炎はいとも簡単にかき消されてしまう。
大きく手を開いたグリズリーまでフラムは一気に距離を詰めていた。
フラムは、こうなることを予想して、あえて視界を奪うように広範囲の『不知火』を使ったのだ。
背中に着くほど引いた剣を、勢いよくグリズリーの脇腹目掛けて振るう。
普通なら、こんな大剣で切られれば胴体と下半身は引き離されてしまうが、目の前の男は違った。
フラムの大剣がグリズリーの脇腹を捉える。皮膚に当たったとは思えない、ガギィン!と鉄がぶつかる音が響き渡る。
「がっはっは!俺に傷を付けたきゃ聖剣でも持ってこい!」
グリズリーは動きが止まったフラムに拳を振り下す。
間一髪のところで攻撃をかわすフラム。追撃に備えようと、顔を上げると、前の前には鉄の塊が迫っていた。
比喩などではない。グリズリーの皮膚は異常な程固く、拳は鉄の塊に匹敵する。
フラムは咄嗟に剣を自分の前に構えて防御する。
拳は巨大な剣を砕き、フラムを後ろへ吹き飛ばす。
地面に線を引きながら数メートル後退し、ようやく動きを止める。
フラムは武器を壊され、立ち尽くしていた。
「がっはっは!武器を壊されたくらいで絶望すんなよ!」
戦いを楽しんでいるような口ぶりでフラムを励ますグリズリー。
しかし、フラムが俯いているのは別の理由だった。
「ごめんな。俺が下手なばっかりに、こんな簡単に壊れちまってよ」
フラムは自分が持っていた剣の柄に謝っていた。
鍛冶氏にとって、自分が作った武器が相手に通用せず、更にいとも簡単に破壊されてしまうことは、自分が負けるよりも悔しいことだった。
しかし、悔やんだところで絶望的な状況は変わらない。
相手は武器を持っていることに加え、更には刃物を通さない皮膚。そして、鉄の塊を砕く腕力。
ただでさえ厄介なのに、武器を失ったフラムに残るのは己の拳のみだった。
フラムはグリズリーの持つ剣をよく見る。形状は剣だが、その大きさはフラムが使っていたものと同じくらい大きく、少し違和感を感じる。
何かと言われれば、具体的なことは言えない。しかし、気配のようなものを感じていた。
「その剣、いい剣だな」
「ほう、これに気づくとは凄い奴だ。これは神機の一つ《有為転変・インフィニティ》だ」
「通りで、気配を感じるわけだ」
「しかし、どう形状を変えていいものか、わからんのだ」
その時、フラムはヴェルフの言葉を思い出す。『人が武器をを選ぶんじゃねえ。武器が人を選ぶんだ』
その言葉の通り、あの武器はグリズリーを選んでいないのだ。だから、使い方もわからない。ただ振り回しているだけに過ぎないのだ。
それに気が付いたフラムはグリズリーに言う。
「お前には宝の持ち腐れだ。俺がお前にかったらその神機、貰い受ける」
「がっはっは!威勢がいいな!お前には無理だと思うぞ!この武器はかなり重い!男が十人がかりで運ぶほど重い!それをお前みたいなひょろがりが持てるとは到底思えん!」
そう言って、大笑いしているグリズリーに腹が立ったのか、フラムはこめかみに血管を浮かべる。
「なら、試してみるか?」
フラムはそう言って、一気に間合いを詰めると拳を固く握りしめる。
拳には炎をがまとわりつくように燃えている。
グリズリーは慌てて腹に力を込める。しかし、次の瞬間には、そのことを後悔した。
ふぅっと息を吐き、拳に力を込めるフラムは、ためた力を一気に解き放つように、腹目掛けて拳を突き出した。
拳はメリメリと音を立てながら、めり込んでいく。
グリズリーは予想外の威力に、汗を流し、口からは唾が噴き出した。
フラムは拳を突き刺したまま、拳に魔力を集めていく。限界まで留められた魔力は、あふれるように、爆発を起こす。
炎をの渦に吹き飛ばされながら、吹き飛んだグリズリーは壁に激突する。
フラムは煙が上がる手をぶらぶらとしながら、グリズリーに言い放つ。
「力に自信があるのはお前だけじゃねえんだぜ」
フラムは自信ありげに笑っていると、グリズリーが埋まった壁に亀裂が広がり、一気にはじけ飛んだ。
「がっはっは!やるじゃねえか!久しぶりに本気で遊べそうだ!」
グリズリーは、腹にやけどを負ったにもかかわらず、先程よりも楽しそうに笑っている。
その時、フラムの耳にギシギシと、何かが軋む音が聞こえた。それは、グリズリーの筋肉が収縮している音だった。
攻撃が来ることをしったフラムは、軽く宙に飛ぶ。
刹那、肉体の大きさからは考えられない程の速度で、グリズリーが突撃してくる。
しかし、それを知っていたフラムは、軌道を読み、グリズリーの顔面に膝を突き刺す、見事なカウンターが決まった。
自分の速度に加えて炎を纏った膝での攻撃は、グリズリーの頭を跳ね上げた。
その隙を見逃さないフラムは、宙で体を回転させ、こめかみの辺りを狙って蹴りを放つ。
グリズリーは顔面から地面に倒され、巨体がひっくり返る。
それでも、フラムは攻撃の手を緩めることはない。再び拳に炎を纏い、力をためていく。
顔面の土を払いながら起き上がったグリズリーは、慌ててフラムの方を警戒する。
しかし、目の前にあったのはメラメラと燃え上がる灼熱の拳だった。
反応する余裕もなく、フラムの拳が顔面に突き刺さる。
自分の顔の皮膚に焼けるような痛みに加え、鈍い痛みが走る。
頭部を狙われたグリズリーは、体に力が入らず、踏ん張りがなくなり再び吹き飛ばされる。
数メートル転がった巨体は、岩を砕きながら地面を抉り、ようやく動きを止めた頃には、体中に痣が出来ていた。
その姿を見て、フラムは確信した。
「思った通りだ。いくら皮膚が固いとはいえ、熱には弱い。それに、意識しなきゃ皮膚を固めることもできない。炎のダメージで意識をそらせば、皮膚も固くできないみたいだな」
フラムは倒れこむグリズリーに近づいていく。そして、握っている神機を取ろうと、手を伸ばした――
「いいパンチだ!」
不気味な笑みを浮かべるグリズリーは、そう言いながらフラムの腕を掴んだ。
「…………ッ!?」
驚きながらも、フラムは何とか振り払おうと腕を引っ張った。それが間違った判断だと気づかずに。
グリズリーはフラムの腕を強引に引く。引っ張られたフラムはいとも簡単に宙に浮く。無防備になったフラムの脇腹にグリズリーの拳が突き刺さる。
骨が砕ける音が、全身に響き渡り、遅れて激痛が一瞬にして駆け巡った。
「うぐぅ…………!?」
歯が砕けるほど食いしばり、痛みに耐えたフラムは何とか離れなければと、捕まれた腕全体に魔力を集中させる。
相手の腕を肺にするつもりで、渾身の炎を腕から放出させる。
グリズリーの手は、肉が焼ける音を立てながら、皮膚がただれていく。
「ぐおおおぉおおぉお!?」
たまらず手を放したグリズリーは、地面をのたうち回る。その間に、フラムは後ろに飛び距離をとる。
着地した瞬間、膝の力が一瞬で抜け、その場に膝をついてしまう。
脇腹の痛みが、動くたびに全身に響く。見てみると、皮膚は青紫色に変色していた。
「完全に砕けてんじゃねえか……」
フラムは脇腹を抑えながら、ゆっくりと立ち上がると、のたうち回っているグリズリーを見る。
(結構ダメージ与えたつもりだったんだが、思ったよりもぴんぴんしてやがる。それに比べて、こっちはダメージもらいすぎだ……この状態で、あいつに勝てるか?)
勝つための策がないかを考えるが、全く思い浮かばない。
考えている間に、冷静さを取り戻したグリズリーが、ゆっくりとたちあがった。
「がっはっは……これは効いたぜ。こっちも、本気を出さないとやばそうだ」
「まるで今までのが本気じゃねえみたいな言い方だな」
「その通りだ」
声でわかる。グリズリーは嘘を言っていない。
「なあ、お前、《獣人》って知ってるか?」
突拍子のない質問にフラムは戸惑いながらも、回復ため会話をすることにした。
「ああ。確か、西の大陸《西の死島》に住む、人間嫌いの種族だったか?それがどうした?」
グリズリーは一度大きく深呼吸をして答える。
「獣人ってのはな、獣の力を宿した人の事を言うんだ。特徴は、人間に比べて、耐久力があり、宿した獣の力を使いこなせるんだ」
フラムの耳には、グリズリーの会話は入っていない。それよりも、グリズリーの体内からなる、異様な音が気になって仕方がない。
筋肉が膨れ上がるような音に、骨がギシギシときしむ音。そして、ザワザワと毛が風になびくような音。
すでに、音を聞かなくてもわかるほど、グリズリーの見た目に変化があった。
十分に大きかった躯体は更に一回り大きくなり、体中に茶色の分厚い体毛が生えてくる。
口から覗く牙は、鋭く、骨をも砕きそうだった。
「ちなみに、俺が宿した獣は『熊』だ。俺にピッタリだろ?」
グリズリーの本気じゃない。その意味を今ようやく理解したフラムは大きなため息を漏らす。
(クソが。獣人がなんでこんなとこにいんだよ)
疲れた表情をするフラムに、グリズリーは不気味に笑う。
「がっはっは!さあ、続きをしようか!」




