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村人が世界を救って何が悪い  作者: まよねえず
第二章:囚われの猛獣編
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49. 憤怒の勇者

 エアリアは前を走るエイドの後を追いながら、怒りをぶつける。


「いい加減にして。いくら冒険者が嫌いだからって、あんな風に傷つけるのはエイドだからって、私は許さないよ」


 エイドは言われても仕方がないかと思いながら、エアリアに言う。


「あいつはやばい。これ以上関わらない方がいいかもな」

「だから、その態度をやめろっていってんの」

「お前こそ、気付かねえのか?あいつの気持ち悪さに」

「そりゃあ、確かにずっと笑ってたけど、そこまで言う必要はないじゃん」

「だってあいつ、自分の手にナイフ突き立てたのに、へらへら笑ってたんだぞ?」

「確かに、おかしいけど……」

「それに、あいつの気配、気持ち悪いんだよ。内側に住む何かを無理やり抑え込んでるような、何かを隠しているような感じが」

「そんな感じした?」


 エイドは首を傾げるエアリアを鼻で笑う。


「これだから鈍感は」

「うるさいな!エイドだって人の事言えないじゃん!」

「そんなどうでもいいこと話してないで、急いでくださいよ!」


 エアリアに抱えられたケニーは二人に怒鳴った。

 怒鳴られたエイドは反射的に言い返す。


「だったらてめえで走れ!」

「それが出来たらとっくに走ってますよ!」

「まあまあ、ケニーくん!ちゃんと私が連れて行くから、大船に乗った気で――」


 刹那、エイドとエアリアの脳内に、魚が引っかかった釣り竿のように、緩んだ糸が一気に張り詰める感覚が走る。

 エアリアは右手で腰の剣を引き抜きながら、ケニーをエイドに投げる。

 ケニーが宙に浮いた瞬間、エアリアに何かがぶつかったように周囲に衝撃が走った。


「うわああああああ!?」


 乱雑に投げられたケニーは、情けない声を上げながら宙を舞う。エイドは、軽く飛んでケニーを掴む。

 エイドはエアリアを心配して慌てて振り向く。

 エアリアは額に汗を流して、攻撃を受け止めている。

 相手は和服に身を包んでいる女、御琴だった。

 御琴は目にもとまらぬ速さでエアリアに近づき、掌打を繰り出したのだ。しかも、ただの掌打ではない。受け止めたエアリアが両腕で受け止め、ようやく止まり、それでも力みすぎで震えるほどの威力だ。

 食らっていたら、ただでは済まなかったかもしれない。


「へぇ、この攻撃止めるんやぁ」

「エイド!」

「はい!!」


 余裕のないエアリアの声に、エイドは思わず姿勢を正して返事をしてしまう。


(服を作るときに怒鳴られすぎて変な癖がついてしまった……)


 エイドはそんなことを思っていると、エアリアは目だけを向けて言った。


「こいつは私が止める!先を急いで!」

「冷や汗を流して、余裕のない状態で言われても説得力はないけど――」


 エイドが無駄な話をしていると、御琴はエアリアの前から姿を消す。

 油断したエイドにとっては、目の前に突如現れたようにしか見えなかった。

 慌てて腰にある剣を抜こうと、手を回す。

 しかし、いつもとは違うごつごつとした感触が手に伝わる。

 手の中では、鬱陶しそうな顔をしたケニーが顔だけで手を払っている。

 エイドの顔は一瞬で青ざめていき、顎が意思に反して落ちていく。

 その間にも、目の前の女は目をギラギラと光らせ襲いかかってくる。


(あ、お母さん、お父さん。俺、彼女出来る前に死んだわ)


 全てを諦めたエイドの顔からは感情がなくなり、全身が真っ白になっていた。

 エイドの顔面に御琴の拳が襲いかかる――はずだったのだが、急に視界が晴れた。

 エアリアが御琴の横から蹴りをかましていたのだ。


「この馬鹿!油断すんな!」

「エアリア~!!」

「エアリアさ~ん!!」


 エイドとケニーは涙を流しながらエアリアに感謝する。

 

「やかましい!泣いてる暇あったらさっさと行け!」


 鬼の形相で怒鳴るエアリアに、エイドはすっと我に返り、城に向かって走り出しエアリアに叫ぶ。


「エアリア!」

「もう、なに!?」

()()しなくていい、暴れろ!」


 思わぬ言葉に、キョトンとするエアリア。そして、答えるときには自然と笑っていた。


「もちろん、そのつもりよ!」


 その顔を見て安心したエイドは、目の前に見える城へと走る。

 そのやり取りを見ていたケニーは微笑みながら言う。


「エイドさんはいい仲間をお持ちですね」

「そうか?」

「はい。お互いを信頼していなければ、ここまでたどり着くことすらできなかったかもしれませんからね。本当に羨ましいです」

「何でお前が羨むんだよ」

「僕は城の中にいることがほとんどでしたし、地下に閉じ込められて外を知ることも出来ず、友達と呼べる人なんていなかったから」


 少し寂しそうな顔で話すケニーに、エイドは少し笑った。


「友達になれそうなやつならここにいるぞ」

「え?」

「今戦ってるやつも、きっとなってくれるぜ。だから、この戦いに勝って、みんなに言ってみなよ。僕の友達になってくださいって」


 ケニーは嬉しそうに笑うと小さく頷いた。


「そうですね。エイドさん、改めてお願いします」

「なんだ?早速友達になってくださいってか?」

「それもありますが、この国を救うために力を貸してください!」


 その眼は子供のものとは思えない程、はっきりとした覚悟があり、迫力あるものだった。

 エイドは口の端を吊り上げるように笑う。


「当たり前だ!友達が困ってんだ!助けないわけねえだろ!」


 初めて友情というものを感じたケニーは嬉しくなり、笑みをこぼす。すると、自分の体を抱えるエイドの腕に力がこもった。


「だったら急ぐぞ!舌噛まないように、歯食いしばっとけ!」


 身をかがめて、地面を蹴る。バン!と弾けるような音と共に一気に加速するエイドに、ケニーは驚き顔をしかめる。

 エイドの姿が完全に見えなくなったことを確認するエアリアは、目の前で砂埃を払う御琴に集中する。

 御琴は着物の埃を払うと、首の骨を鳴らしながら言う。


「たく、ほんま、鬱陶しいのぉ。通すな言われとったんやけど、しゃあないか」


 エアリアの蹴りが全く効いていないのか、ぴんぴんしている御琴に、エアリアは一層緊張する。

 結構な力を込めて蹴ったにも関わらず、ダメージがない。それだけ相手が手練れであるということだ。

 そうなると、一瞬の気のゆるみが命取りになることを理解したエアリアは、呼吸を忘れる程相手に集中していた。

 しかし、御琴はそんなことなど知らず、のんきに話しかける。


「それにしても、あんた、ほんまに勇者の血引いとるんか?今の一撃、子供のデコピンかと思ぅたわ。楽しめると思っとったのに、正直残念や」


 多分相手は本気でそう言っている。エアリアはひしひしと感じていた。しかしながら、馬鹿にされたことに腹が立ち、思わず言い返してしまう。


「あら?その子供のデコピンで吹き飛んでいるなんて、あんたも意外と大したことないのね」


 鼻で笑いながら言ったエアリアは、一瞬で後悔した。

 馬鹿にされ、怒りに満ちた御琴はエアリアを睨む。同時に、エアリアの体を飲み込むように膨れ上がる魔力。

 ――気が付いた時には、御琴はいつの間にか目の前で拳を握り、顔面目掛けて殴りかかっていた。

 咄嗟に剣を拳の間に挟み、押し返しながら後ろに飛ぶ。しかし、それよりも早く、そして圧倒的な力でエアリアを吹き飛ばした。

 大砲のように吹き飛んだエアリアは家の壁を突き破る。家は衝撃でエアリアを巻き込み倒壊する。

 その様子を見下ろすように御琴は立つ。


「私は御琴。《狂った道化師》ではマスターの次に強い。お前ごときが、私に勝てるわけないやろ。身の程をわきまえろ、メス豚が」


 ごみの中で(うごめ)(うじ)をみるような目で、エアリアがいるであろう場所をみる御琴。

 すると、瓦礫を家ごと吹き飛ばして、エアリアは立ち上がる。体中に擦り傷が出来ているが、闘志は消えていなかった。


「ラッキーパンチが当たったのがそんなにうれしいの?」


 エアリアは足元にある家の柱をへし折り、一歩踏み出す。

 瞬間、御琴は全身に鳥肌が立ち、後ろへ飛ぶ。

 その時、御琴は理解した。エアリアのこれは闘志なんかじゃない。

 自分へ向けられた、純粋な怒りだと――


「ずっと我慢してきたけど、もう我慢しなくていいよね。本気で怒ってもいいんだよね?エイド」


 エアリアはずっと感情を押し殺してきた。

 飢餓で苦しんでいる村の人達に会った時も、ヒスイの過去の話を聞いた時も、ミネットの過去の話を聞いた時も、この国に来てからは怒りが募るばかりだった。

 エイドにはばれていたが、冷静さを保つため、ずっと怒りを押し殺してきた。

 でも、我慢の限界だった。それに、エイドも言っていた。我慢しなくてもいいと。

 だったら、思う存分ぶつけるだけだ。


「あなたにも伝わってるよね?私の怒り、そして、この国の怒りが」


 エアリアは身をかがめて、御琴目掛けて一直線に突撃する。

 瞬きすら許さぬ速度で加速したエアリアは、容赦なく剣を振るう。

 御琴は冷や汗を流し、振袖に仕込んでいた小手で受け止める。しかし、受け止めた小手は簡単に砕け散り、踏ん張っていた足が宙に浮いた。

 それに気が付いた時には、後ろに吹き飛び、壁に激突していた。


「がはっ……!?」


 一瞬、全身に力を入れるのが遅れていたら、完全に気を失っていた。

 御琴は完全に見誤っていた。エアリアの実力を。

 怒りとは時に本人も気が付かない力を引き出す。際限なくあふれ出すその力は、エアリア自身が気が付いていない潜在能力、そして、勇者の力。

 つまり、それが何を意味するのか、御琴はようやく気が付いた。

 目の前にいるのは、世界を滅ぼす力を持つ魔王を倒した、勇者だということに――

 エアリアはゆっくりと御琴に近づいていく。


「立てよ、乳でか。メス豚ごときに負けないんだろ?」


 エアリアは動きやすいよう、ドレスを破る。


「私たちの怒りはこんなもんじゃないぞ」


 圧倒的な威圧を放つエアリアに、御琴は解けたチーズが広がるように不気味に笑う。


「そうこなくっちゃな!」

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