45. 本当の目的
現れた大臣は、肥えた体をゆっくり、ゆっくりと、玉座の方へと運び、地面が揺れたと感じる程、勢いよく座った。
「ええ、諸君。この時がとうとうやってきたのだ」
貴族たちは、大臣に注目し、話を聞いている。
玉座の間の窓の下には人が一人通れる足場があり、その柱に隠れて、ミネットも機会を探っていた。
今にも飛び出して、その首を切り落としてしまいたいほどの殺意をこらえ、息を殺す。
「明日、正式に発表されるだろう。この国の王は私だと」
その言葉に、会場は自然と拍手が巻き起こっていた。
エイドは怒りを抑えながら、周りに合わせて拍手をする。
「さあ、皆の者!今日は宴だ!存分に楽しむがよい!」
すると、貴族たちは再び食事を始める。
エアリアは周りに気づかれないよう、エイドの後ろに隠れ話す。
「大臣の目的って、まさか……」
「ああ。恐らく、自分に都合のいい国をつくるつもりだ」
小さな声でエアリアに言う。
すると、目の間にいたジェルミアが、嬉しそうに笑って言う。
「ようやくだな。だが、二年も待ったかいがあったというものだ。これで、我々が権力を握る国が出来上がるのだからな」
ジェルミアは上機嫌なまま、手に取ったハンバーグを口に運ぶ。すると、目をカッと見開いて、勢いよく吐き出した。
「ぺっぺっ!これはキノコが入っているではないか!こんなクソまずいもの食えるか!一体誰がこんなところにこんなものを……!」
ジェルミアは地面にハンバーグを捨てると、それを足で踏みつける。
それを目の前で見せつけられたエイドは、今にもはち切れそうな怒りを、必死にこらえていた。
その後ろで、エアリアとヒスイは、こらえてくれと、必死に願う。
そこへ、使用人に扮したフラムが、血管を浮かべながらやってくる。
「いかがなされました?」
「一体、これはどうなっている!これも、これも!キノコが入っているではないか!私に対する当てつけか!?」
そう言うと、料理の皿を腕で払い、地面に撒き散らしてしまう。
その様子を、大臣は楽しそうに見ていた。
「相変わらず、あいつは好き嫌いが多いなぁ」
大臣はそう呟くと、深く玉座に腰掛ける。
周りは、ジェルミアに気を取られている。大臣は、気を緩め、完全に油断している。
(今しかない――!)
隙を見つけ出したミネットが、柱から飛び出そうとした瞬間、何とも言えない嫌な予感がした。
動きを止め、柱の陰から気配がする方を見る。そして、ミネットは頭を抱えた。
(あのバカ……!)
そこには、怒りに満ち溢れたエイド、エアリア、フラム。そして、ヒスイまでもが怒りを爆発させていた。
フラムは片付けるふりをして、地面に転がるハンバーグを拾い上げる。
エイドはジェルミアの背後に回り込むと、身動きが取れないように、腕を押さえつける。
「貴様、何を――!!」
開いた口を狙い、フラムがハンバーグを勢いよく詰め込んだ。
「お客様、好き嫌いはいけませんね~」
「そうですよ、ジェルミア様~この機に克服しましょ~う」
エイドとフラムはニヤニヤと不気味に笑っている。しかし、その眼の奥は全く笑ってはいない。
こぼした料理を、拾い上げたエアリアは、フラムの横から更に口の中に突っ込んでいく。
「それに、食べ物を粗末にするのは、紳士としていけませんわよ~」
「たべものだけじゃ喉が詰まる。飲み物も必要」
ヒスイは、エイドにワインを渡すと、腕を抑えたまま、ジェルミアの口にワインを突っ込む。
ジェルミアは吐き出そうとするが、フラムが溢れないよう、強引に口を押える。
一気に流れ込む嫌いな食べ物、そして、アルコールが、ジェルミアの意識を徐々に奪っていく。
そして、食べ物と酒をすべて飲み終えた頃には、ジェルミアの意識はなくなっていた。
地面に倒れこみ、泡を吹くジェルミアにエイド達は軽蔑の目を向けながら、手を拭いている。
全てを見ていたミネットは思わず大きなため息をもらす。
(やっちまった~……)
これだけの騒ぎを起こしたのだ。当然、衛兵に扮した《狂った道化師》の連中も黙ってはいない。
武器を手に取り、すでにエイド達の周りを囲んでいた。
「騒ぎはなるべく避けたいんだけどな」
「大丈夫だ。見たやつ全員倒しちまえばいい」
エイドとエアリアは服の中に隠していた剣を取り出し構える。
フラムの剣は料理を並べる長い卓の下に隠していた。
全員臨戦態勢をとり、相手の出方を伺う。その時、大臣は自分の身に迫る危機を感じたのか、慌てて席を立つ。
「逃がすかッ――!」
ミネットは、何とか大臣だけでも何とかとらえようと、柱の陰から飛び出そうとした。しかし――
「それはこっちの台詞ぅ~」
背後から聞こえる不気味な声に、ミネットはわずかに動きを封じられた。刹那、巨大な針のようなものが、いとも簡単に柱を貫いた。
粉塵を巻き上げ、部屋全体を揺らす出来事に、貴族たちは我先にと部屋を飛び出していく。
「なんだ!?」
エイドは驚きの声を出すと、煙のなかからミネットが飛び出してくる。
「チッ!なんだ今のは!?」
「ああ!ミネット!」
エイドはミネットを見て名前ぶと文句を言う。
「お前、派手にやりすぎだろ!これじゃあ、作戦の意味なくなるじゃねえか!?」
「お前が言うなドアホ!!」
ミネットは心の底から思った言葉を、エイドにぶつけた。
そして、ミネットは目を大臣の方に向ける。そこには怯えて震える大臣が逃げ遅れていた。
ミネットは躊躇うことなく、腰につけていた短剣を大臣の足目掛けて投げる。
真直ぐ飛んで行った短剣は見事に大臣の足を捉えた――瞬間、霧のように大臣の姿が消えた。
その場にいたミネットだけではない。エイド達も目の前の光景に目を丸くしていた。
「おどろいた?道化師と名乗るには、ピッタリな演出でしょ?」
エイド達の表情を見て、バカにするように笑いながら、玉座の後ろから現れたのは――
「クラウン……てめえの仕業か!」
エイドは怒りを含んだ口調でクラウンを睨みつける。
今にも襲いかかってきそうなエイドに、クラウンは両手を広げて笑う。
「お~、怖い怖い。俺への口の利き方は気を付けた方がいい~」
まるで合図を出したかのように、クランがパチン!と指を鳴らす。
「――――ッ!?」
瞬間、エイド達は一瞬だけ呼吸を忘れていた。
さっきまで周りを囲んでいた連中は姿を消し、十人の男たちが、エイド達の首、そして、心臓の位置に刃を突き立てていた。
エイド達だけではない。ミネットの周りにも、いつの間にか男たちが囲んでいたのだ。
第六感をもってしても気が付かなかったことに、エイドとエアリアは驚きを隠せない。
冷や汗がエイドの頬をゆっくりと伝う。
すると、クラウンは玉座に座り、エイド達に言う。
「いや~勇者も大したことが無くて助かったよ~もうちょっと楽しみたかったけどね」
一体何をされたのか、全くわからないエイドは、この状況を打破することも出来ず、ただ命を握られたウサギのように動くことはできなかった。
クラウンはエイドを囲う連中に命令する。
「そいつら、牢獄に連れてけ。殺すなよ?まだ利用価値は残ってる」
エイド達に刃を向ける男たちは、歩くように体を押す。
今は従うしかないエイド達は、反撃することもなく、命令されるまま地下牢へと誘導された。
一人残ったクラウンは、座席に座ってにやけていた。こんなにも自分の思い通りに事が運ぶのかと、こんなにも世界はちょろいものなのかと。
しかし、ここで油断しては必ず失敗することを知っていたクラウンは、誰かを呼ぶように指を鳴らした。
すると、霧が晴れるときのように、目の前の空間がキラキラと輝き、光の粒が流れていく。そして、その光の粒の中から。御琴、グリズリー、ドルーニの三人が現れた。
クラウンは三人の姿を確認すると、御琴に聞く。
「大臣はどうだ?」
「拘束して物置部屋に閉じ込めてるわぁ」
「よくやった。それじゃあ、最後の仕事に取り掛かるとするか」
クラウンはゆっくりと玉座から立ち上がると、ゆっくりと部屋を後にする。その後に続き、御琴達三人もクラウンのいう、最後の仕事に取り掛かるため、後に続いた。
エイド達が案内された場所はじめじめと、体にまとわりつくような空気が充満していた。
壁は少し湿っていて、カビの匂いが微かにする。
閉じ込められた檻は、わずかに錆びているが、流石に人力で壊せるような程脆い作りではない。
手かせを付けられたエイド達は、装備を奪われて牢に放り込まれていた。
「くっそ~、捕まっちまった!」
エイドは悔しそうにしていると、ミネットはエイドに向かって言う。
「あと少しだったのに、エイドが騒ぎを起こすからだ!」
「でも、あいつ偽物だったじゃん」
ミネットは確信を突かれ、黙り込んでしまった。
胡坐をかき、不満そうにそっぽを向いたミネットは、牢の奥に誰かがいることに気が付いた。
「ねえ、見てよ。誰かいるよ」
エイド達はその声に、ミネットが指す方を見る。影で薄っすらとしか見えないが、子供が横になっているように見えた。
みんなはその正体を確かめるため、子供をのぞき込む。
灰色の髪をして、体中は小さな傷と泥で汚れている。手首には枷によってできた傷跡がある。恐らくエイド達が来る前からここにいるのだろう。
そして、全員の頭の中に一つの可能性が浮かび上がる。
「もしかして、国王か!?」
エイドが声を出して驚くと、少年はようやく気が付いたのかゆっくりと目を開ける。
ゆっくりと体を起こし、目をこすると、まるで捕まっているとは思えない程、落ち着いた口調で言う。
「あなたたちは?」
「俺らは通りすがりの旅人だ。大臣をぶっ飛ばそうと思ってきたが、捕まっちまった」
「…………そうですか……まだ、あなた方のような行動力ある人がいたのですね」
少年は少しだけ嬉しそうに笑っていた。
そして、改まったようにエイド達に言う。
「申し遅れました。私の名前はケニー・ラットワップ。第十七代国王です」




