44. 作戦開始
パーティー当日、エイド達は作戦決行のため準備を進めていた。
しかし、これから敵の本拠地に乗り込むとは思えない程、緊張感がなかった。
「「ぶっはっはっはっはっは!!」」
エイドとエアリアは、フラムのタキシード姿を見て、腹を抱え転がりまわっていた。
しわひとつなく、きっちりと整った服装に身を包んだフラムは、怒りにプルプルと怒りで震えていた。
「似合わねえ!って言うか、逆に似合いすぎて、あひゃひゃひゃひゃ!」
エアリアは涙を流し爆笑していた。その時、フラムの血管が切れたような気がした。
次の瞬間には、エアリアは焚火の上で、豚の丸焼きのように吊るされていた。
「ごめんごめん!冗談だってばさ、フラム!だから、丸焼きは勘弁して~!」
「さて、これからの作戦だが、そろそろ城の方に貴族が集まるころだろう」
エイドはさっきまで笑っていたとは思えない程、真顔になって冷静だった。
エアリアがバタバタと後ろで暴れいている中、エイドはフラム、ヒスイ、ミネットに作戦を伝えた。
「まず、俺とフラムそしてヒスイが裏の窓から侵入する。ミネットとエアリアは一緒に行動して、援護をしてくれ。侵入が成功したら、エアリアは俺らと合流。ミネットはもともと計画していたどおりに動いてくれ」
「いいのかよ」
不安そうに聞くフラムに、エイドは即答する。
「ああ。作戦が二つあれば、片方が失敗してもそっちに移せるし、相手の動揺を誘うきっかけにもなる」
「ちょっと、作戦会議の前に降ろしてくれない!?服燃えてるんですけど!」
フラムは舌打ちをしながら、エアリアが吊るされている棒を担ぎ、そのままみんなが囲う円の真ん中に置いた。
「ねえ、私これからたべられるの?」
「ミネットは潜伏しながら、大臣を捉える機会を探る。絶対に殺すなよ?」
「わかってるよ。手荒にはなるかもしれないけどな」
エアリアを気にすることなく、エイドは作戦内容を確認していく。
「俺らは貴族のふりをしながら、大臣に近づき、捕らえる」
「その後はどうするの?闇ギルドは黙ってないと思うけど」
「大臣を城の外に出したら、城下町の真ん中にでも放っておけばいい。そのうちだれかがみつけるからな。そうなった後、闇ギルドの連中をぶちのめす!」
「いよいよだな。手応えある奴がいればいいけどな」
ワクワクしながら、フラムは拳を握る。
「それじゃあ、準備出来次第、城に向かうぞ!」
エイドの掛け声に、フラム、ヒスイ、ミネットの三人は準備に取り掛かる。
「ねえ~私のこれ解いてよ~!!」
作戦会議から、一時間ほどたった。
紳士の服に身を包んだエイド、タキシードに身を包んだフラム、エイドの背中にしがみつくドレスアップしたヒスイは、城に一番近く、城壁より高い見張りの塔のようなところから、城の中の様子を伺っていた。
城壁の内側を沿って巡回している衛兵が四人いる。エイドはその巡視の規則性を見ていた。
その少し離れた家の屋根の上では、髪を団子のように頭の上で束ね、キラキラとしたドレスに身を包んだエアリアと黒いフード付きのコートに身を包んだミネットが息をひそめている。
ミネットは呼吸音を最小限まで消し、呼吸による動きすらもなく、ピクリとも動かない。更には、魔力を体外に放出しないようコントロールし、限りなく存在感が薄くなっていた。
注意して見ていないと、エイドも見失うほど、存在感は消えていた。
そんなミネットも凄いのだが、エアリアも負けてはいない。
呼吸法も魔力を体外に出さないようにする魔力操作も、エアリアは少し見ていただけで、完ぺきとはいかないが、侵入するには十分すぎる程に、自分のものにしていた。
「ホント、エアリアは凄いね~。羨ましいよ~」
「私はただ真似をしてるだけ。本当に凄いのは、その技術を身に着けたその人だ。褒められるような特技じゃない。むしろ、怒られてもいいくらいだ」
「真面目だね~それは君の個性で、君にしかできないことだよ。もっと誇りに思ってもいい気がするけどね」
「ミネットは優しいね」
純粋無垢なエアリアに褒められたミネットは思わず頬を赤くした。
その時、エイドがこちらに向かって手を振っている。
「おっ!そろそろだね!」
エアリアはエイドに手で色々な形を作り、合図を送る。しかし、それは合図と呼べる代物ではなかった。
(なに?誰かを呪う儀式?)
ミネットはそんなことを思いながら、奇妙にして珍妙な動きをするエアリアを見て不安になる。
それは、フラムも同じだった。エアリアの合図に答えるように、エイドもまた、気持ちの悪い動きを繰り返す。
「おいおい、それちゃんと伝わってんのか?」
フラムは心配のあまり思わず聞いてしまった。
「さあ?俺はあいつの合図の意味は全く理解できねえ」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「まあ、なるようになれさ。それと、一つこれだけは共通してある合図だ」
エイドは手を縦に二回振った。
「これはノーの意味だ。覚えときな」
「いや、そんなどや顔で言われても使わねえよ」
フラムは呆れた顔をしながら即答した。その後、ミネットこと思いだし、あっちも大変だなと心配していた。
そして、城壁の内側をぐるぐると巡回していた衛兵が、逆から回ってきた衛兵と出会い、何やら雑談を始めた瞬間、エイドは待っていたかのように笑う。
「時間だ――」
フラムはタキシードのネクタイをキュッと締め直し、ニヤリと笑う。ヒスイはしがみつく腕にぎゅっと力を込める。
エイドは指を空に向け、二回回した後、進行方向に指を指した。
エアリアは唯一理解できたエイドの合図に、気合を入れる。
「「作戦開始!」」
エイドとエアリアは同時に言うと、二組は作戦通り、城に一直線に向かう。
ミネットとエアリアは、目にもとまらぬ速さで、城壁へと向かう。
先についてミネットとエアリアは、城壁を軽々と飛び越え、下で雑談をしている衛兵にとびかかる。
反応に遅れた衛兵は、声を出す間もなく、ミネットとエアリアで無力化した。
近くにいた衛兵が気が付き、左右から挟むように現れる。
しかし、助けを呼ぼうと息を吸った瞬間、衛兵は背後に鈍い痛みを感じる。
動くことができなくなった衛兵二人は、その場に倒れこむ。
「ふぅ、危なかったな」
小さな声で、エイドはホッと胸をなでおろす。
安心しているエイドに、ミネットはすぐさま合図を出す。
その合図は、『私は中に入る。お前たちは早くいけ』と言っていたが、エイドには理解できなかった。しかし――
「任せとけ!」
と、実際に言ったわけではないが、自信満々にうなずいた。
伝わったと信じたミネットは物音ひとつ立てずに、姿を消す。
エイドは残った三人と目を合わせて頷いた。その意味をくみ取った三人も頷いた。
しかし、エイドには一つ気になることがあった。これだけ貴族が集まるというのに、見張りが四人だけ。しかも、大したことのない下っ端だったのだろうか。
とにかく、今は侵入することが先だと、近くにある窓から様子を見て、城内に潜入することに成功した。
エイド達は城内に潜入し、貴族が集まる、玉座の前にいた。
向かう前に、かつらをかぶり、目立つ黒髪を隠し、ちょび髭を付け変装していた。
エアリアは髪と服装を整え、口紅がなかったため、色の強い木の実を口紅代わりに塗り、変装をしていた。元の顔立ちがいいエアリアはそれだけで十分だった。
ヒスイはエイド達の子供だという設定で同行していた。再びトラウマで体調を崩してしまう恐れがあり、エイドは止めたが、どうしても行きたいと、ついてきたのだ。
緑色のドレスに身をまとい、エアリアと同様、顔立ちのいいヒスイは化粧をすることなく、髪を整えるだけだった。
エイドは貴族のふるまいをしながら、周りの警備の数、大臣までの距離、そして、いざとなった時の逃げ道や、扉の数を確認していた。
「それにしても、ここまでとは――」
「うん、国のみんなから集めてたのはこのためだったんだね」
玉座の間には、これでもかと食料が並べられていた。それは、今いる貴族一〇〇人でも、三割食べられたらいい方だと思うほどに、あらゆる食事が並んでいた。
貴族たちは、それを一口食べたら次の食事に、次を食べたら次へと、気が赴くままに食事を楽しんでいた。
口をつけたものは、もう食べることはなく、使用人がゴミ箱に捨てていく。
その使用人の中に、かつらをかぶったフラムが混じっていた。
遠くから見ていたエイドは、フラムのこめかみに薄っすらと血管を浮かべているのに気が付いた。
(あいつも我慢してるんだ。俺も我慢しねえとな)
エイドは呼吸を整え、怒りを鎮める。
すると、貴族の男が一人近づいてきた。
「おやおや、初めて見る顔だなぁ」
ぽっちゃりとした顔に、ちょび髭を生やし、ワインを飲む男だ。胸元から飛び出したハンカチには、名前が書いてある。
エイドは即座にスイッチを切り替えると、紳士らしく振る舞う。
「申し遅れました、ジェルミア様。私、エイディと申します。つい最近誘われたもので、今日初めて、皆様方の前に顔を出したのです。もちろん、あなたのことも、大臣から聞いておりますよ」
エイドは字目から知っていたかのように話を進めていく。
(見るからに自分が大好きそうなクズ野郎だな。適当に話を合わせて機嫌とっときゃあ何とかなるか)
咄嗟の対応にも、冷静に対処していくエイドに、エアリアとヒスイは感心していた。
すると、ジェルミアは、鼻の下を伸ばし、エアリアを上から下までなめまわすように見る。
「そちらの方は?」
「ああ。こちらは私の妻のエア……エア………」
(やべえ!なんだっけ!?)
顔には出ていないが、内では心臓が弾けそうなほどに焦っていた。
見かねたエアリアは、横から口を出す。
「エアリザルベスと申します。夫はいつもエアと呼んでくださるので、癖で咄嗟に出てこなかったのでしょう」
エイドは後ろに組んでいた手でエアリアに親指を立てる。
「仲睦まじいのだなぁ。いや~、えらい別嬪さんで羨ましいよぉ」
「ジェルミア様の奥様だって十分すぎる程お美しいではございませんか」
「あの豚のどこが美しいというのだ」
舌打ち交じりに言うジェルミアが見る先には、さぞ美味いものを食ってきたと思える、ぶたっぱなの女性が飯にがっついていた。
「え~っと……あっははは……」
エイドは何と声を掛ければいいのかもわからず、取り合えず愛想笑いを浮かべていた。
と、その時だった。玉座の近くに現れた執事が、マイクを取った。
「皆さま、お集まりいただき、ありがとうござます。これから、大臣がお見えになられますので、ご注目願います」
瞬間、エイド、エアリア、ヒスイ、フラムの目線は、一気にそちらに向けられる。
すると、ジェルミアは近くにあったステーキを手にとっていう。
「ようやく我々の国が誕生するわけか」
エイドはジェルドの言葉を聞いて、大臣の目的を初めて理解した。
すると、脂っこいねっとりとまとわりつき、胃もたれしそうな、不快な気配を感じとったエイドとエアリア。
正体は見なくてもわかった。視線を移したその先には、不気味に笑う大臣がいた。




