41. 涙
ココの目の前には、フード付きの黒いロングコートのような衣装に身を包んだミネットがいた。
三年が経って、少し背が伸びた気がした。顔つきも以前の優しい顔つきとは違い、大人びたというよりは、目つきが怖い感じだった。
自分は孤独になってしまったという悲しみに暮れていたココの前に現れたミネットに、一人じゃないという喜びと、急に出て行ったことに対する怒り、そして、父の最後の雄姿も見ず、よくものうのうと帰ってこれたという怒りに感情はぐちゃぐちゃになっていた。
そして、感情をぶつけずにはいられなかったココは、ミネットの胸倉に掴みかかる。
ろくにご飯も食べられなかったココは押し倒すつもりで掴みかかったが、ミネットは大樹のようにピクリともしない。
「なんで……なんで黙って出て行ったの……!」
「…………………………」
ミネットは黙ったまま俯く。ココはそれでも責め続けた。
「ミネットお姉ちゃんがいたら、お父さんを止められたかもしれない……!ミネットお姉ちゃんがいたら、あんのことしようとはいわなかったかもしれない……!」
「…………そうだね…………」
「そうだよ!ミネットお姉ちゃんは、お父さんを見殺しにしたんだ……!」
「………………うん…………そうだね」
「それなのに、なんで帰ってきたのさ…………なんで、今…………帰ってくるのさ…………」
ココはその場に崩れ落ち、忘れようとしていた、父の記憶。そして、ミネットの記憶がよみがえり、出し切ったはずの涙が止まらない。
足元で泣くココを見て、ミネットは歯を食いしばった。そして、しゃがんでそっと抱き寄せた。
「ごめんね……私のせいだよね……私が、出て行ったから、おじさんは死んじゃったんだよね……」
その言葉を聞いて、ココはハッと我に返った。
そんなつもりで言ったわけじゃない。つい、感情があふれ出し、誰かのせいにしたくなった。そのほが楽になれると思ったから。
ミネットは悪くない。なにも悪くない。父が死んだのはこの国のせいだ。
「ち、違う!ミネットお姉ちゃんは悪く――」
「大丈夫。おじさんが大好きだったこの村も、ココも、この国も――私が守って見せる。今度こそ、約束を果たしてみせるよ。おじちゃんのためにも」
ミネットはココの肩をそっと掴んで、悲しそうに笑っていた。
そして、振り返ると足早に外に出て行ってしまった――
ココはエイド達に話しているうちに、自然と涙が頬を伝っていた。
「これが、私の知っているミネットお姉ちゃんの話――
私は、あの時、お姉ちゃんを止めるべきだった……そうすれば、今頃こんなことには――」
ココが飲んでいたカップに、力が入っているのがわかる。
話を聞き終えたエイド達は何と声を掛けていいかわからなかった。
すると、隣に座っていたエアリアが、黙ってココを抱き寄せた。
「辛かったよね……寂しかったよね……思い出させてごめんね……」
ココは驚いた顔をしていたが、目の周りを赤くして、わんわんと泣き始めた。
(本来なら、父親に甘えたっていい歳だ。それなのに、こんな過酷な状況で生きてきたんだ。今こうして生きているだけでも、本当に凄い子だな……)
エイドはココの姿を見て、胸が苦しくなった。
話を聞いていたフラムはエイドを見て言う。
「で、どうするよ。なおさら放っておけなくなったわけだけど」
その後にヒスイも続く。
「私は、この村も、国も、ミネットも救いたい」
エアリアもココを抱き寄せたまま、首を縦に振った。
覚悟を決めた様子でエイドは言う。
「もう、なりふり構ってる場合じゃないよな」
エイドは顎に手を当てて何かを考える。そして、数秒で思いついたかのように言う。
「よし、俺らが採った飯持って村に行こう」
「でも、それじゃあ、前と同じじゃない。闇ギルドに見つかっちゃうよ」
エアリアは言った。
「いや、やっぱり、村の人達の助けが必要だ。そのためには、村人たちに元気になってもらわないと」
何を考えているのかわからないが、何か策があるのだろうと、エアリア達は、エイドの作戦に従うことにした。
村に食料を運んだエイド達は、さっそく焚火を起こし、肉やらを焼き始める。
それを不安そうに村長が見守っている。
「ありがたいのですが、村のもの達を危険に晒すことになるのでは……」
エイドは自信満々に言う。
「安心しろ!この村の人達は俺らが守る」
その言葉は、はったりでもなんでもないと、村長の長年の勘が言っていた。
すると、焚火の薪をいじりながら、エイドは言う。
「ごめんな、最初っからこうしてればよかったんだ」
「いや、そう思ってくれるだけでもありがたいよ」
村長はエイドの言葉を聞き、胸がいっぱいになった。
その時、村の入り口の方から子供が走ってくる。
「大変だ!ミネットお姉ちゃんが――」
エイド達はその声を聞いて、ロケットのように走り出した。
村の入り口には、顔を赤くして、大量の汗を流したミネットが倒れていた。
エアリアは、負ぶっていたヒスイを下す。
ヒスイはそっと額に手を当てる。そして、脈をはかり、瞼を開ける。体の隅々を調べると、足にかすり傷のようなものがあった。
「多分、毒だと思う」
「とにかく、今は村に運ぼう」
エイドはミネットを負ぶると、村の中に戻っていった。
暗闇の中で、何やら話し声のようなものが聞こえる。
それに、肉が焼ける香ばしいいい匂いが、辺りに広がっている。
ミネットはゆっくりと体を起こすと、額には冷たいタオルが乗っていた。
そこで、自分がどうなったのかをおもいだした。
(そうだ、毒を食らって、倒れたんだっけ……)
と、周りを見ると、そこは見覚えのあるところだった。
「おじさんの、家?」
ボロボロだが、面影を感じるには十分の輪郭は保っていた。
そして、隣には椅子にもたれかかって眠るココの姿があった。
ミネットはココが看病してくれたのだろうと、微笑み、頭をそっと撫でた。その時、さっきから聞こえる話し声のことを思いだした。
慌てて窓を覗くと、空は真っ暗なのに、やけに明るい。
そこで、ミネットは焚火を起こしているのだと気が付いた。
ベッドから飛び起き、扉をけ破る勢いで外に出ると、大きな焚火を囲むように村人が集まっていた。
「これは……どういうこと……?」
村人たちは、何人かのグループに分かれ、フラム、ヒスイ、エアリアの元に集まって、何やら真剣に話を聞いていた。
寝起きで、何が起きているのかわからないミネットは経ち呆けていた。そこへ、骨付き肉を頬張っているエイドがやってくる。
「目覚めたか。これでも食えよ。この前の礼だ」
エイドはミネットに骨付き肉を渡す。ミネットは訳も分からず受け取ってしまった。
そして、頭が冴えてきたミネットは、エイドに怒鳴る。
「私は言ったはずだ!邪魔をしたら殺すって!」
「ああ。言ったな。殺したきゃ殺せばいいだろ?ほら、今は隙だらけだ」
エイドは両手を広げてミネットに言う。その行動にミネットは戸惑っていた。
戸惑っているミネットに、エイドは続けて言う。
「俺を殺したきゃ好きにしろ。でも、俺はお前に殺されるまでに、この村をもとに戻す」
「は?何を言ってるの?」
エイドの突拍子の無い言葉に、思わず言葉が漏れるミネット。しかし、エイドの顔を見ると、それが本気だということが伝わってくる。
エイドは、笑って村人が集まっている方を指す。
「あいつら、結構すげえんだぜ。フラムは建築もできる鍛冶氏だし、エアリアはどんなこともまねできる。ヒスイに関しては、魔法の知識も並外れてるけど、それ以外に、衣食住を確立するための知識も備えてる」
ミネットはそこで彼らが何をしているのかを理解した。
自分が持つ知識を、技術を、村の人達に教えているんだ。
「誰かが守ってくれる。誰かが何とかしてくれる。みんなそう思っていた。でも、それじゃだめだ。それじゃあ、明日を生きる力にはならない。
みんな言ってたぞ。ミネットの力になりたいって」
「え………………?」
ミネットは驚きのあまり、声が漏れる。
「だから、俺らは一緒に戦うために、力を上げる。その代わり、俺らに、ミネットに協力してくれってお願いしたんだ。
そしたら、みんな張り切っちゃってさ。こんな時間まで真剣に話を聞いてる」
村の皆が話を聞いている姿を見たミネットは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
すると、ミネットの姿に気が付いた村長が、近づいてくる。そして、目の前に立った村長は勢いよく頭を下げた。
「すまなかった!」
「な、何をしてるの村長!私、謝られることなんて――」
「わしらは、全てお主一人に背負わせた!」
頭を下げる村長に、ミネットは思わず後ずさりしてしまう。
(やめて、こんなこと――)
戸惑うミネットに、村長は続けて言った。
「この旅のものに諭された。わしらは、自分たちへの不遇を言い訳に、何もしてこなかった。そして、お主に全てを背負わせておった。戦いもせず、ただ人に任せて、明日を願っていた――」
(お願い、これ以上は止めて。私は一人で戦うんだ。もう誰も失いたくない!誰も巻き込みたくない!だから一人になったんだ!)
「間違っていた!わしらは、ただ逃げていただけじゃ!だから、今は少しでもお主の力になりたいのだ!守られるだけではなく、守りたい!せめて、帰る場所だけでも作ってやりたい!何も気にすることなく、気を休める場所を作りたいのじゃ!」
村長の言葉に、歯を食いしばり、必死にこらえるミネット。すると、村長の言葉に気が付いた村人たちが、いつの間にか村長の後ろに並んでいた。
(やめて、こんなことされたら……私は――)
「昔のように、モントが好きだった村の時のように!わしらはこの村を再建する!だから頼む、わしらもともに戦わせてくれ!」
村長は地べたに座り、額をこすりつける。それに続き、後ろの村人たちも一斉に頭を下げる。
ミネットは胸を抑えて、必死にこらえる。
それを見たエイドは、優しく言う。
「もういいんだ。お前はもう、一人じゃないんだから」
刹那、ミネットの中で何かが弾けた。
復習という鎖に、心を囚われ、猛獣のごとく戦ってきたミネット。
その鎖が弾けると同時に、鎖の内にとどめていたものがあふれ出す。
だれにも頼ることなく、ただ一人戦ってきた。誰かに寄り添うこともなく、ただ一人、寂しく――
ミネットは膝から崩れ落ちると、胸を抑え込むように小さくなって、叫んだ。
「うわあああああああ!」
涙があふれ出す。
涙は流さないと決めていた。それは、自分の弱さだと思っていたから。どんなにつらくても、どんなに悲しくても、この村を救うまでは絶対に流さないと決めていた。
そんな、二年間ため込んできた涙が、とめどなくあふれ出す。
村の中には、ミネットの声が、今までの悲しみと苦労を語るように広がっていった――




